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SEVEN~警視庁特務課~  作者: 桂木 京
第7話:破滅へのドライブ

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超法規的措置

「問題は、あの爆弾だねぇ……」


北条が、指先でデスクを叩きながら険しい表情を見せる。

稲取の魂の叫びは、確かに香川の心を乱した。

冷静さを欠き、揺らいでいる今なら、バスを止められる可能性は格段に上がっている。


だが、香川の身体に巻き付いた「衝撃感知式」の爆弾という物理的な呪縛が、特務課の動きを完全に封じ込めていた。

無理に身柄を確保しようとすれば、その衝撃で東京の湾岸は火の海に沈む。


「辰さーん、何か分かった?」


北条は、爆弾のプロフェッショナルである辰川の回答を待った。


『あぁ、分かったぜ。なかなか厄介な代物だ……。起爆回路が二重に組まれてやがる。衝撃だけじゃねぇ、心拍が停止しても逝くタイプかもしれねぇな。解体するには、俺が直接触るのが手っ取り早いが……』


ようやくドローンの超高解像度カメラが捉えた画像を解析した辰川が、苦々しく吐き捨てる。


『ありゃあ、爆発したらバスどころじゃねぇ、周辺一帯の被害も免れねぇぜ。絶対に爆発させちゃ駄目だ。あの小僧、跡形もなく消し飛ぶぞ』


「マジかよ……最後尾にいても助からねぇか?」


無線越しに虎太郎が尋ねる。


『虎……悪いが、後ろの方がヤバいかもしれねぇ。吹っ飛んだバスの残骸が爆風に乗って一気に襲いかかる。……鉄の雨で蜂の巣だぜ』


「……んな不吉なこと言ってねぇで、どうにかする方法考えようぜ!」


死線にありながらも、辰川と虎太郎のやり取りには不思議な熱量があった。

香川という「壁」に、わずかながらの綻びが見えたことで、特務課の連携はより一層研ぎ澄まされていく。


「爆弾の詳細はわかったわ。あとは具体的な作戦ね。今の速度のままじゃ、手出しはできないわ」


司がモニターの速度表示を指差す。


『司令〜、私ならこの速度でも飛び移れるけど〜?』


あさみが大型バイクのアクセルを煽る音が無線から響く。


「確かに、あさみなら可能でしょうね。でも今回は、香川くんへの『外的刺激』を極限まで減らしたい。何が起爆の引き金になるか分からないわ」


「そうだねぇ……バスを極めて自然に減速させ、停車させるための『何か』が必要だ……」


無線で断片的なアイデアが飛び交い、北条の頭脳がそれらをパズルのように組み換えていく。

その様子を、稲取は息を呑んで見守っていた。


「おい、姉ちゃん……いつもこうなのか?」


稲取が隣の志乃に囁く。


「ええ。特務課には会議室での検討時間はありません。現場の生きた情報と個人の経験を、司令が即座に最適解へと昇華させる。……『超現場至上主義』、それが私たちのスタイルですから」


「そのために、僕らオペレーターが世界中の情報を秒単位でフィルタリングしてるんだよね〜」


悠真が軽快にタイピングしながら、さらりと付け加えた。


「少数精鋭……とんでもねぇな、特務課……」


稲取は戦慄した。

捜査一課が数日かけて行う分析を、このメンバーは雑談のようなテンポで、数分で完遂させてしまう。


「……見えたよ。全員、よく聞いて」


北条の瞳に、勝利の筋書きが灯る。


「香川くんの『揺らぎ』、本宮たちの『引き渡し』、そして辰川さんの『技術』。これらすべてを一点に集中させる。……虎太郎くん、準備はいいかい? 次の信号、青になった瞬間に『芝居』を始めてもらうよ」


(……合点だ。ロープはもう、繊維一本で繋がってるだけだぜ)


虎太郎は、ソムリエナイフを握り込み、最後尾の座席で静かに筋肉を弛緩させた。

爆発的な瞬発力を生み出すための、嵐の前の静けさ。


運命の湾岸道路。

赤色灯の海が、すぐ目の前まで迫っていた。



「司令、内線です。……え?」


志乃が電話機のディスプレイを見つめたまま、驚愕に目を見開いた。


「司令……高橋警視監、本人からです」


「……そうかい。オッサン、相変わらず仕事が早いねぇ」


志乃の動揺ぶりを面白がるように、北条が不敵な笑みを浮かべる。

受話器を取った司も、あらかじめ用件は察していたはずだったが、聞こえてきた言葉には流石に絶句した。


「……はい、新堂です。……えっ!? ……そ、それは……。了解いたしました」


通話を切った司が、信じられないものを見たという顔で北条を振り返る。


「北条さん……本宮和也と桜川雪の二名を、2時間後に『都庁前』へ移送……そのまま引き渡しに応じるという名目で、神の国を誘い出すそうです」


「え……ええぇっ!?」


これには、常に数手先を読んでいるはずの北条も素っ頓狂な声を上げた。


「この短時間で、上層部の承認を無理やり取り付けたっていうのかい? ……いやいや、神業どころか超法規的措置のバーゲンセールだよ。いくらなんでも異例中の異例だ」


凶悪犯の外出と移送。

通常、警察組織が最も嫌う「不名誉な譲歩」が、即日決裁という形で下るなど前代未聞である。


「引き渡しという餌をぶら下げて、神の国のメンバーを都庁という巨大な舞台に引き摺り出す。現場には、古橋隊長率いるSITを極秘に配置……それが高橋警視監の描いた絵だそうです」


「なるほどねぇ……。誘き出して一網打尽、抵抗すればSITが即座に無力化。なかなかエグい作戦じゃないか。警察の威信は守りつつ、実利ホシを獲りに行くってわけだ」


「上層部は最後まで拒絶の一点張りだったはずですが……。良くここまで無理な妥協案を呑ませたものです」


「オッサンの権力と現場での実績、それに『貸し』を最大限に使ったんだろうね。柔軟というか、剛腕というか……」


北条は驚いて見せてはいたが、その実、心のどこかでこうなることを期待していた。


(予想以上に展開が早かったが……想定の範囲内だね。高橋のオッサンが上層部を動かせないわけがない。僕が本当に心配していたのは、政治的判断にかかる『時間』の方だったんだ……)


バスは走り続けなければならない。燃料が切れる前に、このパズルを完成させる必要がある。


「虎……よく聞くんだ。あと2時間、いや、猶予を見て2時間半だ。それだけ耐えろ。そうすれば、必ず事態は『終局』へと向かう」


北条は、無線を通じて虎太郎にその「希望」という名の重圧を託した。



「……2時間半か。了解」


虎太郎は短く応じ、深く息を吐いた。

怪我人を抱え、爆弾の恐怖に晒されている極限状態での「2時間半」は、永遠にも等しい。

だが、北条が「耐えろ」と言った。ならば、その先には必ず光がある。


(ギリギリの勝負だが……持たせてなんぼだ。やってやろうじゃねぇか)


虎太郎は、自由になった手首の感覚を確かめながら、再び「縛られたままの演技」に戻った。

今はまだ、香川を刺激する時ではない。

情報の断片を拾い集め、特務課の耳となり目となり、そして背後の乗客たちを精神的に支える。

それが今の自分に課せられた、最前線の任務だ。


「北条さん……俺はジタバタしねぇよ。人質らしくどっしりと構えてやる。だから、必要なことがあったら遠慮なく言え」


「OK。さすがは虎だ、ベストな判断だよ。そっちは任せたよ」


離れていても、二人の信頼関係は揺らがない。

北条は虎太郎の「現場力」を信じ、虎太郎は北条の「絵図」を信じた。


「辰川さん、あさみ! そのままバスを追尾して。香川くんが取り乱して人質に危害を加えそうになったら……あさみ、その時は実力行使も辞さないわ。あなたの判断に任せる!」


司が鋭い指示を飛ばす。


『了解! 準備はいつでもできてるわ!』


『はいよ。俺は追走しながら、直接解体以外にあの爆弾を無力化できる「穴」がねぇか、もう少し探ってみるぜ』


『辰川さん! 私、単車のガソリンがそろそろ限界。そっちの車に乗せてよ、私が運転するから!』


『おっと、そりゃ助かる。あさみの運転なら、俺は調べ物に専念できるからな。……サイドに寄せるぜ、飛び乗れ!』


夜の幹線道路で、疾走する覆面パトカーにバイクを並走させ、あさみが鮮やかに車内へと移動する。

特務課ならではの荒業だ。


「停車中のバスの挙動、すべてこちらで追跡します!」


「最短ルート、迂回ルート、全部ナビに放り込んどくよー!」


志乃と悠真の指先が、光の速さで情報を処理していく。

その圧倒的な熱量の中、北条が静かに立ち上がった。


「さーて……僕は何をしようかな?」


とぼけた口調で司令室の出口へ向かおうとする北条の背中に、司が声をかけた。


「北条さん!」


「はいよ」


「……お願いします」


「りょーかい。全く君には敵わないね、何でもお見通しだ。まあ、僕が行くのが一番適任だろうしね」


司は、北条がどこへ向かおうとしているのかを正確に察していた。

このパズルを完成させるために、最後に必要となる「物理的なピース」を手に入れられるのは、北条しかいない。


「北条さんの動きに、今回の事件のすべてがかかっています。……頼みましたよ」


「おー、これは責任重大だ。期待に応えないとね」


不敵な笑みを浮かべ、北条は夜の闇へと消えていった。


新宿・都庁前という巨大な檻へ向かって、運命の歯車が加速していく。

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