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SEVEN~警視庁特務課~  作者: 桂木 京
第7話:破滅へのドライブ

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解決に向けて

一方、バスを追走するあさみと辰川。


「犯人の釈放と人質の命を天秤にかけるなんて、ふざけた真似してくれるじゃない! さっさとバスに飛び移って、アイツを外に蹴り出してやりたいわ!」


付かず離れずの絶妙な距離を保ち、漆黒の闇を切り裂いて走るあさみのバイク。

そして、その数台後方を追走する辰川の覆面パトカー。


「……嬢ちゃんなら物理的には可能だろうが、今回はやめときな。あの爆弾、どうも嫌な予感がするんだ」


辰川は無線から流れる虎太郎と香川のやり取りを聞きながら、その構造を頭の中で組み立てていた。


「現物を見ねぇと断言はできんが……衝撃で誘発するタイプだとしたら、並大抵の火薬量じゃねぇ。時限式なら回路を遮断すれば済むが、衝撃感知式は厄介だ。一定のGがかかった瞬間に発火するよう、液体火薬の配合や起爆剤のバランスがミリ単位で調整されているはずだ。無理に手を出せば、その瞬間にこの国道ごと吹き飛ぶぞ」


「悠真くん、ドローンの映像をもっと鮮明にできないの!?」


辰川の解説に焦りを募らせた志乃が問うが、悠真は苦渋の表情で首を振る。


「やってるよ! でも夜間の移動体相手じゃフォーカスが追いつかない。このまま高速に乗られたら、ドローンの操作限界距離を超えちゃう。一刻も早く解析用の画像を出したいんだけど……」


バスは広めの国道を、まるで獲物を探す獣のように都内を大きく旋回し続けている。


「東京からは出ない、だが目的地も掴ませない……。徹底的にこちらの裏をかいてくるね」


すべてにおいて後手に回っている現状に、北条が深く重い溜息を吐いた。

このままではバスの燃料が尽きる。

それは、人質の安全が保証される「執行猶予」の終わりを意味していた。


「北条さん! 何か策はあるのかよ!」


稲取が、縋るような声を上げる。

しかし、北条はモニターに映し出された都内のロードマップを凝視したまま、石像のように動かない。


「おい、北条さん!」


「……聞こえてるよ。そう簡単にポンポン策が出てくるなら、今頃この事件は解決してるさ。犯人側も実に周到だ。こちらが打つはずの『穴』を、一つ一つ丁寧に埋めてきている」


バスを止めれば、射殺。

香川を刺激すれば、大爆発。

長期戦で疲弊を待とうにも、燃料切れという非情なタイムリミットが立ちはだかる。


「……こうなると、もう『あの策』しか残されていないじゃないか」


北条の脳裏に、たった一つだけ残された選択肢が浮かび上がる。

しかしそれは、警察としての誇りを、そして法治国家としての威信をすべて投げ打つに等しい、あまりにも危険な諸刃の剣だった。


「司ちゃん、あんまり使いたくなかったんだけどさ……この手は、君にしか頼めないんだ」


北条の声には、いつもの軽薄な余裕が消え、苦い沈黙が混じっていた。


「……北条さんが私に泣きつくなんて、珍しいですね。まあ、それだけの状況だということは、言われずとも理解しています」


「あはは……司ちゃんにそんな汚れ役を押し付けちゃって、本当に申し訳ないね。解決したら、駅前に新しくできたおしゃれなイタリアンでもご馳走するよ。何でも好きなものをリクエストして」


「ふふ、楽しみにしています。……では、行ってきます」


司は短く通信を切ると、署内を迷いのない足取りで移動した。

司令室を稲取に託し、彼女が向かった先は……。


「……失礼します、高橋警視監」


司や稲取よりも遥か上階、警視庁の頂点に近い一室。

そこに座るのは、白髪の混じった、一見すると気の良さそうな老人――高橋警視監だった。

かつては現場で「火の玉刑事」と恐れられ、数々の難事件をその執念で解決に導いてきた、現場叩き上げの最高幹部である。


「新堂か。特務課の活躍は耳に入っているよ。……それで、わざわざ君が直接ここに来たということは、まあ、そういう相談なんだろうな」


高橋は机の上に広げられた資料から目を上げ、司を静かに見据えた。

すでに大型ビジョンの映像も、特務課の動きもすべて把握している。


「警察の威信に関わることだとは重々承知しております。ですが……」


「……十五人の命、か」


高橋が司の言葉を遮った。


「同僚と乗務員を合わせればもう少し増えるか。彼らを救うために、指名された二人の凶悪犯を野に放て……君たちの要求は、要約すればそういうことだよね?」


「はい」


「本宮和也は十人近くを殺し、桜川雪もまた凄惨な事件を起こした。新堂、彼らを野放しにすれば、必ずまた別の誰かが犠牲になる。警察の本分は困った人を救うことだが、新たな『困る人』を生み出す申し出を、私の一存で簡単に頷くわけにはいかんのだよ」


重く、鋭い言葉。

社会に再び殺人鬼を放つ恐怖。

それは司も痛いほど理解していた。

だが、今この瞬間に天秤に乗っているのは、目の前で刻一刻と死に近づいている仲間たちの命なのだ。


「分かっています。分かっているからこそ、私は順序を飛ばし、直接『高橋警視監に』相談に上がりました」


事務的な手続きを踏めば、議論の空転を招き、人質の命が尽きるのを待つ結果になる。

司は、かつて誰よりも現場の熱を知っていた高橋の「魂」に賭けたのだ。


「……新堂。一つだけ聞こう。これは北条の策か?」


「はい」


「あの男が、ただ指をくわえて犯人を逃がすはずがない。奴は釈放のその瞬間に、何をするつもりだ?」


高橋の問いに、司は一瞬だけ唇を噛み、そして真っ直ぐに応えた。


「――物理的な終止符です。犯人が『勝利』を確信し、指先が緩むその刹那。それこそが、香川さんの爆弾を無力化できる唯一のチャンスだと。その舞台を作るために、警視監のお力が必要なのです」


高橋は深く椅子に背を預け、天井を仰いだ。

沈黙が流れる中、高橋はかつての自分、そして現場で散っていった仲間たちの顔を思い出していた。


「……よかろう。新堂、私は君たちに……いや、北条の『悪運』に賭けてみることにする。責任はすべて私が取ろう。上層部には私から圧力をかける。ただし、一時間だ。一時間以内に本宮と桜川を移送車に乗せろ」


高橋が受話器を手に取り、鋭い目つきで続けた。


「その『物理的な終止符』とやらが不発に終われば、私は辞表を出す。だが、その前に君たちの首も飛ぶ。……いいな?」


「……感謝いたします、高橋警視監!」


司は深く一礼し、嵐のような勢いで部屋を飛び出した。

特務課の背後に、最強の「後ろ盾」が、血の通った覚悟と共に加わった。


「おいおい、新堂……私のことを買い被りすぎてはいないか? いくら若手の頃に元気があったからと言って、それはもう大昔の話だよ」


高橋は苦笑しながら、部屋の隅にある冷蔵庫からコーヒーのペットボトルを取り出し、司の手元へと差し出した。


「ええ。もし私が、かつて捜査一課の最前線で戦っていたという実績だけを求めていたのなら、まずは警視正や警視のところへ伺ったでしょう」


司は渡されたボトルを握りしめ、冷たさが掌に伝わるのを感じながら言葉を続けた。

警視庁内には、かつての精鋭たちが数多く肩書きを並べている。

しかし、あえてこの最上階の扉を叩いた理由は、階級の高さだけではなかった。


「……貴方が、北条さんを育てた刑事であるということ。それが、私が警視監を訪ねた一番の理由です」


「……やっぱり、ね」


高橋は少しだけ目を細め、遠い記憶を辿るような表情を見せた。

そう、高橋は捜査一課時代、当時まだ尖っていた新人刑事の北条とコンビを組み、彼に刑事としての「いろは」を叩き込んだ男だ。

北条の天才的な頭脳を認めつつも、現場での泥臭い現実を教え、その才能を正しい方向へと導いた、北条にとっての恩師。


「……で、北条はなんて言っている?」


「北条さんから具体的な作戦は聞いていません。ただ、私に『頼む』とだけ……」


「それで、私のところに来たと言うのかね」


「はい」


北条が司に「頼む」と言うとき、それは司にしかできないこと――すなわち、一刑事の権限を遥かに超えた「政治的判断」や「超法規的な措置」を必要とする事態であることを意味していた。


「北条さんは捜査一課の伝説とまで言われた人です。私が口を出さずとも、現場の捜査は彼が正解へと導くでしょう。そんな人が、わざわざ私に頭を下げて頼んできたこと。それは……今の私にしかできないこと、そう判断しました」


「それが、この『凶悪犯の釈放』という無茶な相談かい?」


高橋が司を試すように問いかける。

その眼光は、まるで獲物を狙う鷹のように鋭く、司の芯を貫こうとしていた。


(……すごい圧力。これが、あの北条さんを育てた刑事……)


空気が重く澱むような錯覚。

思わず視線を逸らしたくなるほどの迫力を前に、司は一歩も引かずに高橋の瞳を射返した。

今は、この老いた英雄の力が必要なのだ。


「……北条があの若さで大人しく誰かの下についているから、どんな()だろうと思っていたが。なぁるほど、綺麗な顔してだいぶ跳ねっ返りだなぁ、君は!」


次の瞬間、高橋は両手を叩いて豪快に笑い声を上げた。


「……恐縮です」


真意を測りかねた司が、戸惑いながらも小さく礼を言う。


「気に入ったよ! ……とは言え、私の権限を持ってしても、人殺しを野に放つような真似は道理が通らんし、私自身も反対だ。だが、それなら……」


「……それなら?」


高橋の瞳の奥に、かつての「火の玉刑事」と呼ばれた時代の熱い炎が、みるみると点っていく。


「その容疑者を『エサ』にして、奴らの犯行を完膚なきまでに叩き潰してやればいい。解放するかしないかは、あちらさんの出方……そして君たちの『腕前』を見て決めようじゃないか」


高橋は不敵な笑みを浮かべ、内線へと手を伸ばした。

特務課の「禁断の策」に、ついに最強のピースが嵌まった瞬間だった。



「……なるほど、了解」


司からの報告を受け、北条は通信を切った。

その表情は、いつもの飄々としたものから、獲物を狙う狩人のそれへと鋭く変貌していた。


「高橋のオッサンが力になってくれるなら心強いね。作戦は一歩前進、かな」


「高橋って……まさか、あの警視監のことか!?」


北条の呟きを耳にした稲取が、椅子から飛び上がらんばかりに驚愕した。


「うん、僕の師匠。言ってなかったっけ?」


「聞いたこともねぇよ! ……全くあんたは、どんだけの怪物なんだ……!」


警視監の直弟子にして、元捜査一課の伝説。

稲取は、自分の隣に座る男の底知れなさに改めて戦慄を覚えた。


「僕の素性なんてどうでもいいことだよ、今はね。この事件をいかに『綺麗に』終わらせるか。それが先決だ」


「あ、あぁ……それは分かってる」


「稲取くん、君は香川くんとの通話を絶対に切らさないでくれ。下手に刺激せず、ただ繋ぎ止める。いいかい?」


「分かった。……だが一つ、腑に落ちないことがある。香川の奴、俺の説得を聞く気がないなら、なぜさっさと通話を切らないんだ?」


その疑問は、北条も共有していた。

犯行を完遂させるだけなら、交渉など不要だ。

それなのに香川は、稲取の泥臭い訴えを拒絶もせず、ただ聞き続けている。


「確かに、それは僕も引っかかっている。直接の交渉ならジャックする必要はないし、自分の命を危険にさらす必要もない。それなのに、なぜ彼は対話を止めないのか……」


北条の脳裏に、一つの仮説が浮かび上がった。

そして、その推測が正しいとするならば。


「とにかくだ、稲取くん。君には『最後まで』彼と話し続けてもらいたい。司ちゃんがここに戻ってきても、この役目は必ず君が遂げるんだ」


「え……? 司令官が戻ってくるなら、指揮権は彼女にあるはずじゃ……」


「……いいから。今回の事件、解決の鍵を握っているのは稲取くん、君のような気がするんだよ」


北条の真剣な眼差しに、稲取は気圧された。

北条がこの顔をするとき、そこには一切の冗談も、無駄な言葉も含まれていないことを直感したからだ。


「……了解した」


稲取は短く応じ、受話器を強く握り直した。


「志乃ちゃん、悠真くん。バスを絶対に高速へ入れるな。都内の一般道に警察車両を誘導して、逃げ道を塞いでいってくれ。高速で遠くまで行かれたら、管轄の問題で各県警との連携が必要になる。それは時間を無駄にするだけだ」


「了解しました」


「りょうか~い、追い込み漁の始まりだね!」


志乃が悠真と連携し、バスが走りうる全経路を瞬時にシミュレートしていく。それと同時に、志乃は各課の車両へ的確な無線指示を飛ばし、将棋の駒を動かすように包囲網を狭めていった。


「……すげぇな、この子。まるで盤面をすべて見通しているみたいだ……」


その流れるような手際に、稲取が感嘆の溜息を漏らす。


「さあ、ここからが本番だ。……悪あがきを始めようか」


北条は不敵に微笑み、メインモニターに映し出されたバスの光点を見据えた。



「さすが志乃さんと悠真だ。まるで見えない糸で操るように、運転手を誘導している……」


次々と立ちはだかる警察車両。

それらを避けようとハンドルを切るたびに、バスは特務課が敷いた網の中へと、一歩ずつ追い込まれていく。

都内の幹線道路を迷走するように走らされ、いつの間にか周囲から一般車両の姿が消えていた。


その緊迫した車内で、虎太郎は手足の自由を奪われながらも、反撃の糸口を求めて言葉を紡ぐ。


「なぁ香川……。お前さ、ちょっとは疲れただろ」


「余計な口を利くな。寿命を縮めたいのか?」


「まあ、そう言うなって。どのみち今の俺は、この事件じゃ使い物にならねぇよ。両手両足をガチガチに縛られて、爆弾抱えたお前を食い止めるなんて、漫画のヒーローじゃあるまいしな」


「……僕を怒らせるような真似だけはするな」


「へいへい。わかってるって」


虎太郎は、あえて「無力な人質」を演じながら思考を巡らせる。

ただ黙って事態を見守るだけでは、平行線のまま時間だけが過ぎていく。

ならば、隠し持った無線を通じて、少しでも多くの情報を引き出す。

それを北条が聞けば、必ずこの膠着状態を打破する「穴」を見つけ出してくれるはずだ。


「でもよ、おかしくねぇか? お前の肉親か、あるいは大切な誰かでもなけりゃ、そこまでして凶悪犯を解放させようなんて思わねぇだろ。お前にとって、あの二人はなんなんだ?」


「……本宮も、桜川も、僕とは直接的な関係はない」


香川が小さな、掠れた声で答えた。

その意外な告白に、虎太郎の眉が動く。


「……関係ない? なら、なんでそこまで命を張る必要があるんだ。お前が人生を捨てるほどの価値が、あいつらにあるのかよ」


「……僕も、恨みがあるんだ。警察という、この巨大な欺瞞に……」


「恨みだと?」


その言葉を無線越しに聞いた北条が、隣の稲取に視線を投げる。

何か心当たりはないか――その無言の問いに、稲取は困惑したように首を振った。

彼にとって香川は、首席で警察学校を卒業し、捜査一課のエースとして期待されていた「非のうちどころのない後輩」でしかなかったからだ。


「僕が警察に入った理由。それは、母さんを『殺した』警察への復讐を果たすためだ。一人でもやるつもりだった。だが、捜査一課に配属された時、僕の目的を知る『ある人』から連絡があったんだ……」


香川は、堰を切ったように、血を吐くような思いを吐露し始めた。


(香川君の母親を、警察が……?)


北条は動揺を押し殺し、耳を澄ませる。

自身の記憶にある過去の不祥事や事故を高速で検索するが、合致するものはすぐには浮かばない。


「八年前……都内で起きたあの爆発事件を、覚えているな?」


「八年前の……?」


香川の言葉は、目の前の虎太郎に向けられたものではなかった。

無線の先にいる、稲取や北条、そして警察組織そのものに向けられた、告発の銃弾。


「八年前って、お前……まさか……」


「……あの事件の、遺族なのか?」


北条と稲取が、顔を見合わせ、愕然とする。

その点と線が繋がろうとした瞬間、司令室の扉が勢いよく開いた。


「ただいま戻りました!」


高橋警視監との「取引」を終えた司が、戦場のような司令室へと帰還した。

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