表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SEVEN~警視庁特務課~  作者: 桂木 京
第7話:破滅へのドライブ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

85/111

作戦

「さて、では我々の要求を発表するとしよう」


大型ビジョンに映る蠍の紋章が、あざ笑うかのように明滅する。

都内の警察署、そして警視庁本部の至る所で、全警察官の視線がその映像に釘付けになっていた。


「くそ……完全に足下を見やがって……!」


稲取が拳を血が滲むほど握りしめ、怒りに震える。


「落ち着いて、稲取さん。相手は一方的な映像配信よ。今ここで私たちが興奮しても、火に油を注ぐだけだわ」


司が冷徹なまでに冷静な声で稲取を制しながら、モニターの隅々まで分析の目を光らせる。


『我々『神の国』は、本宮和也と、桜川雪の釈放を要求する』


「……え?」


「まさか……あの二人だけ、だと?」


志乃と悠真が顔を見合わせる。

以前の銀行立てこもり事件では、組織関係者の大規模な釈放を求めてきた『神の国』が、今回は名指しで、たった二人の身柄を要求してきたのだ。


「……僕は一度、司令室に帰るよ。どうも雲行きが、予感以上に怪しくなってきた」


浅草の雑踏でスマホを握りしめていた北条が、翻るコートを抑えながら駆け出した。

タクシーに飛び乗り、司令室へと急ぐ。


(本宮と雪ちゃん……。無差別に仲間を助けるのではなく、あえてあの『特級の凶悪犯』二人に絞ってきたか。これは単なる人質交換じゃない……)


北条の胸を、言いようのない嫌な予感が支配していた。


「ふざけるな! あんな凶悪犯を二人も野に放てだと? そんな要求、呑めるわけが……」


「……検討いたします」


稲取の怒号を遮り、司が通信マイクに向かって、淀みのない声で答えた。


「おい新堂! お前、気が狂ったか!」


詰め寄る稲取。

だが司は表情一つ変えず、彼の手元に一枚のメモを滑らせた。


『即答は得策ではありません。安易な拒絶は人質の命を縮めます。今は検討を装い、時間を極限まで引き延ばしましょう。』


「……っ」


稲取は吐き出すような溜息をつき、渋々と頷いた。


『特務課の司令官殿は優秀だ。申し出を断ればどうなるか、よく理解しておいでだ』


バス車内のスピーカーから、香川の不敵な嘲笑が漏れる。


「……それで、私はどう動けばいいの?」


司は、先ほど北条が無線で放った言葉の真意を、今この瞬間に理解した。


(私が交渉するのは、警察の上層部……。つまり、現場の反対を押し切ってでも『二人の釈放』を形式上進めるための、内部交渉をしろということなのね……)


だが、司の心にはまだ迷いがあった。


(それでも……北条さんが本当に、あの二人の釈放を許すなんて、あり得るかしら……)


誰よりも冷徹に、そして誰よりも熱く事件を追ってきた北条。

彼が、多くの血を流して捕らえた犯人を簡単に手放すはずがない。

司は一つ、深く息を吐き、自分に言い聞かせた。


「北条さんを信じるしかないわね」


「……『上階』に行ってきます。稲取さん、取り乱さずにこの場を維持してください。もうすぐ北条さんがここへ戻りますから……」


司は一瞥をモニターに投げると、警視庁の権力者たちが集まる会議室へと向かうべく、司令室を後にした。



『――期日は特に設けない。設けないが……現状を考えれば、自ずと答えは出るだろう。バスはあとどのくらい走れるのか? 負傷者がいる場合、あと何日持つのか。優秀な諸君なら容易な計算のはずだ。つまり……それが期限だ。さぁ、賢明な判断と迅速な行動を期待するよ……』


不気味な声が消えると同時に、都内の大型ビジョンは一斉に砂嵐へと変わった。


「畜生……っ! どこまで舐め腐りやがって!!」


稲取が力任せにデスクを叩き、通信機が跳ねる。


「一課長、落ち着いてください。……ここは、あなたにかかっています」


激昂する稲取の隣で、志乃がその眼差しを真っ直ぐに向け、静かに、だが峻烈に告げた。


「香川さんと対話し、彼を現世に繋ぎ止められるのは、長年共に歩んできた一課長、あなただけなんです。彼が完全に血迷う前に、言葉を届けてください」


「……そんなこと、分かってる。分かってんだよ!」


稲取は振り絞るように答え、肩を震わせた。


「それなら、いいです。……現在、バスは首都高を避け、国道を低速で走り続けています。同じ経路を周回しているところを見ると、現時点で明確な目的地はありません。おそらく、バスは止まりません。燃料が尽きるか、要求が通るか。そのどちらかまで」


志乃の指先がキーボードを叩き、モニターにはバスの予想航続距離と、負傷者の容態悪化曲線をシミュレートしたグラフが非情なまでに赤く表示される。


「一課長。あなたの言葉一つ一つに、人質の命、そして私たちの仲間である虎太郎くんの命がかかっているんです」


「……っ」


稲取は息を呑み、言葉を失った。

司令官としての重圧が、物理的な重さとなってその背中にのしかかる。


「大丈夫です。私たちが全力でサポートします」


志乃の声に呼応するように、悠真が複数のウィンドウを次々と立ち上げる。


「バスの予測経路、周辺の遮蔽物、さらにはSNSでの世論の過熱度……すべてリアルタイムで更新していきます。一課長、あなたはこの情報の海を見据え、現場の指揮を執ってください」


「おい、ちょっと待て……。俺がやるのか?」


「そうです。稲取一課長。あなたには『特務課司令官代理』として、この事件の指揮を執っていただきます」


志乃の揺るぎない言葉に、稲取は狼狽した。


「北条さんが戻ってくるんだろう!? 彼が戻れば……」


「北条さんは戻ってきます。ですが、彼はあなたに留守を任せた。それは現場の全権をあなたに託したということです。北条さんには、彼にしかできない別の『役割』があるはずですから」


稲取は、改めて司令室を見渡した。

目まぐるしく流れる膨大なデータ。

飛び交う無線の怒号。


(こいつら……これほどまでの情報密度の中で、常に正解を選び続けてきたのか……)


特務課という集団の、狂気とも言える高い能力と、

それを統率してきた北条と新堂の凄みを、稲取は今さらながら肌で感じていた。


「……ふん。やってやろうじゃねぇか。あいつらに『捜査一課長』の意地を見せてやる」


稲取が、ゆっくりと、だが力強く司令官の椅子に腰を下ろした。


その頃、警視庁の正面玄関に、一台のタクシーが急ブレーキを鳴らして止まった。

後部座席から飛び出してきた北条は、ネクタイを緩め、大型ビジョンが消えた後の夜空を一瞥する。


「……待ってろよ、香川くん。君の『真の目的』、僕が暴いてあげるからね」


北条の瞳には、すでにバス車内を透視するかのような鋭い光が宿っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ