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SEVEN~警視庁特務課~  作者: 桂木 京
第7話:破滅へのドライブ

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出発

「……んで? なーんでお前がいるんだよ」


「来たくて来たわけじゃない。だが、稲取さんの命令だ。逆らえるわけないだろう」


結局、ツアーに潜入することになった虎太郎。

不測の事態に備え、特務課は彼を全面的にバックアップする体制を敷いた。


司令室では司が采配を振り、志乃と悠真がリアルタイムのデータ解析でサポートに回る。

あさみは大型バイクを駆り、バスに付かず離れずの距離で追走、緊急時の突入に備える。

その後方では、辰川が車で待機。

爆発物や化学兵器といった最悪の事態に対処するための装備を積み込み、静かに牙を研いでいた。


そして、北条は――。


「僕は飛び交う無線を聴きながら、最善の一手が打てるように動かせてもらうよ。……まあ、これがただの豪華なツアーなら、それに越したことはないんだけどね。刑事の取り越し苦労なんて、最高の結末だよ」


浅草駅前。

ツアーバスの出発を見守る北条は、虎太郎の隣に立つ人物を見て、意外そうに眉を上げた。


「しかし驚いたよ。まさか、香川くんまで一緒だなんてね」


「稲取さんが言うんっすよ。『特務課の若造がこれだけ手柄を立ててるのに、お前はやけに余裕だな』って……」


「あー、確かに。お前を現場で見たの、あの女性連続殺人事件以来だもんな。その後は北条さんと一緒だったらしいけど、これといった見せ場もなかったみたいじゃねーか」


虎太郎の追い打ちに、香川は顔を真っ赤にして叫んだ。


「う、うるさい! だから今回、稲取さんに押し付けられたんだよ。『一課としての意地を見せてこい』ってな!」


香川は忌々しげに舌打ちをする。


「でも、稲取くんにしては珍しいね。このツアーの胡散臭さに気づくなんて。彼にそんな嗅覚があったかな?」


「え、ええ……まあ、体育会系ではありますけど、今はあの人が捜査一課長ですから。捜査官としては間違いなく一流ですよ」


「うん、僕もそう思うよ。彼は根っからの現場人間だからね」


北条と香川が稲取の評価について語り合っていると、秋の冷たい空気を震わせる声が響いた。


「ツアー参加の皆様! バスが出発いたします、どうぞご乗車ください!」


恰幅の良いバス運転手の呼びかけに応じ、周囲から次々と「客」たちが集まってくる。


「おーおー、これはそうそうたる面々だ。あっちに見えるのは次世代のホープと言われている都議会議員じゃないか」


北条は、バスに吸い込まれていく権力者たちの背中を見て、低く口笛を吹いた。


「まあ、刑事が二人も同乗するんだ。滅多なことは起きないと思うけど、油断は禁物だよ。あと、移動中につまらない喧嘩はしないように」


「へいへい、分かったよ」


「まあ、こいつの態度次第ですがね」


「……あぁん?」


「ほら、言った端から始めない。有力者が揃っているんだ、警視庁の威信を泥で汚さないでくれよ?」


北条は苦笑しながら、不穏な空気感を漂わせる虎太郎と香川の背中を、バスのステップへと押し出す。


こうして、嵐の予感を孕んだ「夢の国ツアー」は、静かに走り出した。



「みなさん、本日運転手を務めさせていただきます、田中一郎です。安全運転で、皆様に楽しいひとときを過ごしていただこうと思っております。そして、こちらが……」


「ツアーガイドの和田ユキ子です! 皆様の素敵な思い出作りのお手伝いができれば幸いです。どうぞ、よろしくお願いいたしますね」


バスが浅草を出発して数分。

ツアーの定番とも言える、運転手とガイドによる和やかな挨拶で「夢の国ツアー」は幕を開けた。


「まずはここ、浅草を出発いたしまして、すぐ近くの東京スカイツリーとその周辺で自由時間を取ります。その後は屋形船で優雅に昼食、午後は都内を巡り、豊洲で豪華な夕食を。夜景を楽しみながら再び浅草に戻るという行程となっております。小規模なツアーゆえ移動範囲こそ限定的ですが、東京の粋を存分に味わっていただきたいと思っております」


ガイドの和田は淀みない口調で話し、運転手の田中は極めて滑らかなハンドル捌きを見せる。

車内の空気は、どこまでも平穏そのものだった。


「あー……なんか、拍子抜けするほど普通のツアーだな」


「ああ。これが凶悪な組織の資金源だとか、犯罪の温床だなんて、今はまだ信じられないな……」


バスの最前列。

虎太郎と香川が並んで座る光景は、別の意味で異様な緊張感を放っていた。


「なぁ、これだけ席が空いてるんだ。お前が隣の列に移れよ、香川」


「僕がここに座る。お前こそ後ろへ行け」


「なんだとぉ!? なんで俺がお前のために動かなきゃならねぇんだ!」


「そっくりそのまま、その言葉を返してやる!」


低い声で火花を散らす二人。

バディとしての相性は、出発早々から最悪と言わざるを得ない。


『やれやれ……先が思いやられるね……』


『本当に。もし不測の事態が起きた時、この二人で本当に対処できるのかしら……』


無線越しに、北条と司の呆れた溜息が漏れ聞こえてくる。


「うるせぇな……やるときはやるよ、俺だってさ……」


『ま、そいつが使えなくても、私がすぐにバイクで突っ込んで、華麗に片付けてやるわよ』


『爆発物関係なら俺が控えてる。その辺の心配はいらないだろ』


虎太郎のぼやきに、後方を追走するあさみと辰川が軽口で応じる。

いがみ合いつつも、いつでも動けるよう研ぎ澄まされた特務課の連携は、無線機を通じて確かに繋がっていた。


『乗客たちの様子はどうだい?』


司令室の司から問いが入る。


「なーんにも不審なところはねぇっす。偉そうなオッサンらが、さらに偉そうにビール飲んで盛り上がってるだけだ」


「こ、こら! 言葉が過ぎるぞ!」


無線越しの無遠慮な報告に、香川が慌てて虎太郎を制するが、当の虎太郎は鼻を鳴らした。


「聞こえちゃいねぇよ。あっちを見てみろ」


虎太郎が親指で示したバス後部のサロン席では、有力者たちが互いに名刺を配り、顔を赤くして大笑いしながら酒を酌み交わしている。

彼らにとってこれは、単なる親睦を兼ねた接待ツアーでしかないようだった。


「このまま軽ーーく東京を一巡りして、何事もなく終われば最高なんだけどな。参加費も経費で落ちることだしよ」


だが、特務課の面々は知っている。

北条が目をつけたこの「夢の国」という名が、ただの偶然であるはずがないことを。



「……まぁ、それに越したことはないんだけどね」


耳元の通信機をなぞりながら、北条は独りごちた。

浅草駅前でバスを見送った際の、ガイドと運転手の残像を脳裏で再生する。


(運転手とガイドは、おそらく『夢の国プロジェクト』に雇われただけの、何も知らない外部スタッフだ……。不審な点は見当たらなかった)


これから犯罪に加担しようとする人間特有の、視線の揺らぎや指先の微細な強張り。

それらが一切なかった。


(もしあの振る舞いが演技だとしたら、彼らは相当な手練れの犯罪巧者ということになる。だが、さすがにそれは考えすぎか……。だとしたら、狙いは参加客の側か?)


北条の深層心理にある「警報」が、静かに、だが執拗に鳴り続けている。

派手なテロ計画ではないにせよ、この贅沢なツアーの裏側に、確実に「何か」が潜んでいる。


「……ま、僕の勘も、老いと共に鈍ってくれていれば幸いなんだけどねぇ」


取り越し苦労ならそれでいい。

いや、その方がいいに決まっている。

だが、その万が一を潰すために、彼は虎太郎をあの密室へと送り込んだのだ。


「頼んだよ、虎太郎くん。……さて、まずはスカイツリー周辺での自由行動だ。虎、観光気分に浸りたいのは山々だろうけど、君は運転手とガイドの様子をマークしてくれないかい?」


北条が無線を通じ、一つ目のチェス駒を動かすように指示を出す。


「自分の生活圏内で観光なんて、鼻から期待してねぇよ。了解だ」


虎太郎が、雑踏に紛れるような低く短い声で応じる。


「香川くんには、参加者の誰でもいい、単独行動を取る人物に張り付くよう伝えて。不審な動きをする奴の『抑止力』になってもらう」


「香川に、か」


「うん。乗客は虎と香川くんを含めて17人。スタッフを入れて19人。虎が運営側を抑え、香川くんが客を抑える。サロン席であれだけ群れて酒を飲んでいた連中だ。自由行動でわざわざ一人になろうとする奴がいれば、それは明確な『裏の目的』がある証拠だからね」


「なるほどな……。合理的だ、わかったよ」


虎太郎は北条の意図を正確に香川へ伝えた。


「……さすがは北条さんだ。死角を作らせないつもりか。了解した」


虎太郎とは反りが合わない香川だが、実務に関しては私情を挟まない。

彼は一課の刑事らしい鋭い眼差しで頷いた。


「運転手とガイド……もし『夢の国プロジェクト』が『神の国』と繋がっているなら、お前の役割は重大だぞ。任せた。俺は、あの議員たちの群れから誰かが『離脱』しないか、徹底的に洗う」


「……ああ。了解だ」


特務課の野性と、捜査一課の規律。

北条という稀代の策士の手の平の上で、二人の若きホープが一時的な共闘を開始した。


「さあ、皆様! 東京スカイツリーに到着いたしました。ここから一時間の自由行動となります。お戻りの時間に遅れないよう、ご注意くださいね!」


ガイドの晴れやかな声が、潜入捜査の「開始の合図」となって雑踏に響き渡った。

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