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SEVEN~警視庁特務課~  作者: 桂木 京
第6話:人間の可能性

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北条の罠

その夜、二十二時。


志乃は北条の指示通り、特務課の司令室に留まっていた。


「……なんかごめんね。仕事も終わって、本当なら今頃は家でゆっくりしていただろうに」


「いいんです、北条さん。私の身の安全を考えてくださってのことですから」


「うん、ありがとう。逮捕に繋がればこの待機も報われるよ。残った分はちゃんと残業申請していいからね。司ちゃんには僕から言っておくよ」


北条は志乃の不安を和らげるように、努めて軽やかな口調で語りかける。

結局、司、辰川、悠真の三人も「仲間の危機を放っておけるか」と帰宅を拒み、悠真は司令室のバックアップに、司と辰川は志乃のマンション周辺の暗がりに潜んで、その時を待っていた。


「北条さん……本当に、私を狙ってくるのでしょうか……?」


志乃が、膝の上で組んだ指を白くなるほど握りしめて尋ねる。


「僕の予想では、最有力候補が志乃ちゃんだ。もし外れたら次は悠真くんが狙われる。あっちには捜査一課をつけてあるけど……君たちがここに残ってくれているなら手間が省けるよ。一課にはこのフロアの護衛を厚くするよう頼んでおこう」


北条は迷いのない手つきで、一課長・稲取へメールを送る。


「どうして……私が狙われるんですか? 恨みを買うような覚えは、何もないのに」


「それはね……犯人がここに到着してから答え合わせをしよう。すべてを暴いてやるから」


北条はそう答えると、もう一件、別の番号を呼び出した。


「……もしもし」


スピーカーから漏れたのは、魂の抜け殻のような、低く乾いた声だった。 虎太郎だ。


「ちゃんと、食べてるかい?」


「……腹が減ったらな」


「ちゃんと、寝てるかい?」


「……わかんねぇよ」


まるで、世話焼きの母と反抗期の息子のようなやり取りだ。

それでも北条の声には、深い慈愛が滲んでいた。


「今すぐ戻ってこいなんて言わないよ。君のペースで、君の心に何かの変化が起きたとき、その時は胸を張って帰ってくればいい。……大切な人を失ったんだ。すぐ立ち直れなんて、そんな酷な話はないからね」


「…………」


電話の向こうで、虎太郎の息が詰まる音が聞こえた。


「……一つ、報告をしておこうと思ってね」


北条の瞳に、鋭い冬の月のような冷徹な光が宿る。


虎太郎と奈美。

二人の仲睦まじい姿を間近で見ていたからこそ、変わり果てた姿となった奈美を目の当たりにした虎太郎の絶望が、北条には痛いほど解っていた。

そして、その悲劇を「演出」した犯人への、静かな、だが逃れようのない怒りの炎が。


「今夜、必ず犯人を逮捕する。僕の命と、刑事生命を賭けてでもだ。……奈美ちゃんを君から奪った犯人を、僕は決して許さないし、逃がしはしない。……まあ、逮捕したからって君の悲しみが消えるわけじゃないけれどね」


時計の針が、刻一刻と死の時間を刻んでいく。


「……仇は、必ず僕が取る。虎、君の代わりに」


通話を切ると同時に、北条は窓の外、都会の闇を見据えた。

特務課の「知性」が導き出した答え。

それは、犯人が特務課そのものを「観客」に、そして「素材」にしようとしているという、あまりに傲慢な悪意だった。


その時、悠真のモニターが異常なパケット通信を検知した。


「北条さん! 志乃さんのマンションの管理サーバーに侵入者! 遠隔でオートロックが解錠されたよ!」


北条が静かに立ち上がる。


「あさみちゃん、聞こえるかい? ……『客』が来たよ。最高のおもてなしをしてあげておくれ」


戦いの火蓋は、音もなく切って落とされた。



「……すまねぇ、北条さん」


虎太郎は、消え入りそうな声でそれだけを呟くと、通話を切った。


「今の……虎太郎くんですか?」


「うん。仇は必ず取ってやるからな、って伝えておいたよ」


北条は事もなげに答えたが、志乃の不安は拭えない。


「でも、本当に今日……犯人が来るんでしょうか」


「今日、ここで仕留めなければ、奴は永遠に闇に消える。犯人は今、『自分が疑われているはずがない』という全能感に酔い痴れている。その傲慢さを逆手に取るのさ」


北条は、潜伏しているあさみ、司、辰川に一つの奇妙な『鉄則』を命じていた。

それは――『虎太郎を含めた特務課メンバーの所在については、一切知らない、分からないと答え続けること』。


ただそれだけのことが、犯人の本性を引き出す鍵になると北条は確信していた。

その時、北条のスマホが短く震えた。

あさみからの着信だ。


「もしもし?」


『あさみよ。……「一人だけ」、志乃さんの部屋を訪ねてきたわ。でも北条さん、本当に……あの人なの?』


「ああ。予想通りだね。訪ねてきたのは何分前だい?」


『ついさっき。五分前くらいよ』


「なら、ここに着くのは十分後か。ありがとう、あさみちゃん。もう撤収して構わないよ」


北条の計算通り、罠の歯車は音を立てて回り始めた。


『私もそっちへ向かうわ。もし「あの人」が犯人だとしたら、私たちはとことん舐められていたってことだもの。絶対に逃がさない。司令と辰川さんも一緒よ』


「それは心強い。でも、悟られないように慎重に来ておくれ」


通話を切った瞬間、北条の柔和な面持ちから一切の温度が消えた。

彼は間髪入れず、捜査一課の稲取へダイヤルする。


「十五分後、協力を要請する。包囲してほしいんだ……ここ、警視庁特務課司令室をね」


『おう、了解した。後のことは知らねえぞ、北条さん!』


「もちろんだ。すべての責任は僕が取る」


志乃と悠真の間に、心臓の鼓動が聞こえるほどの緊張が走る。

北条は二人に、慈しむような声をかけた。


「二人とも、隠れていて。……『犯人』とは、僕一人で話をしよう」


北条は二人をそれぞれのデスクの下に潜ませると、自らは中央の椅子に深く腰掛けた。

あさみからの連絡から、ちょうど十分。

静まり返った深夜の廊下に、軽い足音が響き、司令室の扉がノックされた。


「失礼するっス。誰か、まだ働いてるっスか?」


扉を開けて入ってきたのは、桜川雪だった。


「はいよー。……ああ、雪ちゃんか。びっくりしたよ」


「こんな遅くに申し訳ないっス。例の連続変死事件、被害者から検出された薬物について、どうしても補足しておきたいことがあって……」


雪の手には、厚みのある茶封筒が握られている。

北条は、親愛の情を込めた笑顔を浮かべ、彼女を近くのデスク……今は主のいない、虎太郎のデスクへと手招きした。


「わざわざありがとう。とりあえず、そこに座ってくれるかな」


「了解っス」


桜川雪は、北条に促されるまま、虎太郎がいつも座っていた椅子に、静かに腰を下ろした。


司令室の空気は、今、極限の密度に達していた。

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