北条の思惑
「ただいま~」
捜査一課から戻った北条の足取りは、どこか軽やかで、それでいてひどく不気味な静けさを湛えていた。
「あ、お帰りなさい」
真っ先に声をかけた志乃に、北条は柔和な笑みを向ける。
「ただいま。ねぇ志乃ちゃん、今日は何時に帰れるかな?」
「私ですか? ちょうど二十一時には片付く予定ですけど……」
「そっか。……ひとつ、お願いがあるんだけど」
申し訳なさそうに両手を合わせる北条。
その様子を訝しげに見ていたあさみをも手招きで呼ぶ。
「志乃ちゃんとあさみちゃんに、少しだけ協力してほしいんだ。……志乃ちゃんの部屋を、貸してほしい」
「え……?」
志乃が目を丸くする。
北条は言葉を継いだ。
「なあに、僕が汚したりはしないよ。あさみちゃんを少しだけ、君の部屋に入れておきたいんだ」
「北条さん、言ってる意味がさっぱりわからないんだけど……」
あさみが不満げに口を尖らせるが、北条の瞳に宿る光は冗談のそれではないことに気づき、言葉を飲み込んだ。
「最近の連続殺人犯の『次のターゲット』。それは、志乃ちゃんだと僕は踏んでいるんだ」
「わ……私ですか?」
志乃の顔から一気に血の気が引く。
それでも、北条は確信を込めて続けた。
「うん。僕が犯人なら、次は志乃ちゃんを狙う。だからあさみちゃん、志乃ちゃんのふりをして、彼女の部屋で待機していてほしいんだ」
「なるほど! 囮ってことね。私なら、よほどのヒットマンでも来ない限り、返り討ちにしてあげるわ!」
あさみが拳を鳴らす。
北条はその耳元で、犯人を炙り出すための具体的な「作戦」を囁いた。
「……それだけで、いいの?」
「うん。きっと犯人には『それしかできない』はずなんだ」
「わかりました。……北条さんを信じます。あさみちゃん、これが私の部屋の鍵です」
志乃は震える指でキーケースから鍵を取り出し、あさみに託した。
「ありがと。絶対に最高の形でバトンを渡してあげるから!」
あさみは鍵を握りしめると、弾かれたように司令室を飛び出していった。
静まり返った司令室で、司、辰川、悠真が北条を見つめている。
「北条さん、いよいよ確信に迫ったのね。私たちにできることは?」
司の問いに、北条は穏やかに、だが断固とした口調で答えた。
「三人は……いつも通りに仕事をして、いつも通りに上がってほしいんだ」
「何だって? 犯人逮捕のチャンスなんだろう?」
食い下がる辰川を、北条は手で制した。
「うん。だからこそ、『いつも通り』でないといけない。不自然な動きは、奴を警戒させる。特務課の日常という名のカモフラージュが必要なんだ」
三人に普段通りの業務を続けるよう命じた北条。
その言葉の裏には、冷徹なまでの計算があった。
犯人は見ている。
自分たちの動揺を、自分たちの日常を。
「……とにかく、今夜。すべてを終わらせるよ」
北条は窓の外、暮れなずむ街並みを見つめた。
その視線の先には、奈美を失い、闇に沈んだままの虎太郎のマンションがあった。




