捜査
「戻ったよ」
司令室の重厚な扉が開くと同時に、北条の低い声が響いた。
「おかえりなさい。……今朝、さらに二人の遺体が見つかったわ。長島さんの捜索の時に一度は潰した場所のはずなのに。まるで、後から置かれたみたいに」
司が苦渋に満ちた表情でモニターを指差す。
間髪入れず、志乃の手によって二人目、三人目の凄惨な画像が巨大な画面に映し出された。
「おや……」
「こりゃ、ヒデェな……」
思わず目を覆いたくなるような光景だった。
二人目の被害者は、両腕を。
三人目の被害者は、両足を。
それぞれ、関節から先を奪い去られた状態で横たわっていた。
「被害者三人の共通点は、今のところ一切なし。二人目は吉野礼子さん三十一歳、看護師。三人目は君島妙さん二十九歳、家事手伝い。年齢も職業もバラバラだわ」
画像を見る限り、不必要な損壊はない。
ただ「目的の部位」だけが、執拗に、かつ整然と奪われている。
「でも、今回はハッキリと分かる『致命傷』があるね」
北条が冷徹な眼差しで、吉野と君島の胸元を指差した。
「相変わらず冷静ですね、北条さん。ええ、今回の二人には、明確な殺意が刻まれている。致命傷はどちらも一箇所。心臓をアイスピックのような鋭利な刃物で一突き。一切の迷いがない、熟練の犯行ね」
司の言葉を、志乃が瞬時に記録し、画像にタグ付けしていく。
「……で、今回も検出された? 睡眠薬」
「ええ。どちらも用法を遥かに超えた量が検出されているわ」
「……同一犯で、間違いなさそうだね」
北条の表情が、これまでにないほど険しく歪んだ。
「そして……なーーんとなくだけど、犯人の目的が分かってきたような気がする。ま、被害者の周辺を洗ってみてからだけどね」
北条が奥歯をぐっと噛み締める。
その、ギリ……という骨の軋む音が、隣に立つ虎太郎の耳にもはっきりと届いた。
(なんだよ、このおっさん……。凄い迫力じゃねぇか……)
普段ののんびりとした、だらしない昼行燈のような雰囲気は、もうどこにもない。
(これが……元捜査一課のレジェンドの、本当の顔かよ)
背筋が凍りつくような威圧感に、虎太郎は思わず息を呑んだ。
「悠真、ちょっと調べてほしいことがあるんだ」
「なになに? 北条さんの頼みってことは、ある程度の『アテ』があるってこと?」
「うーん、思い過ごしならそれに越したことはないんだけどさ……」
北条は悠真のデスクに、一枚のメモを置いた。
悠真はそのメモを一瞥した瞬間、唸るように考え込んだ。
「……何となく分かったかも。これ、後味悪いなぁ……」
「ごめんねぇ。あと、これも」
北条が、さらにもう一枚のメモを差し出す。
その時、彼は声を極限まで潜め、悠真の耳元で囁いた。
「……『こっちの件』は、僕がいいよって言うまで他言無用だ。もちろん、ここのみんなにもね」
「……りょーかい」
悠真は、北条の瞳に宿る真剣な光を正面から受け止め、同じように引き締まった顔で頷いた。
「虎、捜査に行くよ」
悠真に極秘の調べ物を頼んだ北条が、上着を手に取って虎太郎を促した。
「え? もう行くのかよ。聞き込みなら一通り終わったじゃねぇか。二人目、三人目の方は、今頃捜一の連中が走り回ってるんだろ?」
「まぁ、ね。でも、僕たちが行くのは違う場所だよ」
「違う場所……?」
北条が浮かべた薄笑いに、虎太郎は怪訝な表情を隠さない。
「三人の被害者には、今のところ共通点が一切ない。でもね、虎。共通点がないこと自体が、最大の共通点なんだよ」
「……は? 何言ってんだよ」
煙に巻くような北条の言葉に、虎太郎はますます眉をひそめた。
「志乃ちゃん、画像を出してくれるかい?」
北条の指示に従い、志乃が素早く三人の被害者の画像を並べて表示する。
「うっわ……。こうして並ぶと、改めて正気じゃねぇな……」
凄惨な光景に虎太郎が不快感を露わにする中、北条はモニターに映る三つの遺体を指差した。
「ここに、犯人が隠しきれなかった『共通点』が浮かび上がる。……さぁ、何だと思う?」
自分なりの答えを確信している北条は、まるで新人刑事を試す教官のように問う。
「……みんな、睡眠薬を飲まされてる」
「うん、それは手口だね。まぁ、そこも重要なポイントではあるけど」
「じゃあ、外傷が少ないことか?」
「それも犯人のポリシーだろうね。だけど、もっとあからさまな特徴があるじゃないか。……可哀想な話だがね」
北条の言葉に、虎太郎だけでなく、司、志乃、悠真、そして辰川までもがハッとした表情で画面に釘付けになった。
「……もしかして、遺体の『欠損部位』?」
「……当たりだ」
北条の指が、それぞれの遺体の空白をなぞる。
「一人目の長島さんは、自慢の長い黒髪を。二人目の吉野さんは腕を。三人目の君島さんは脚を……。それぞれ、全く違う部位を奪われている」
北条が指し示した先を見て、司が絞り出すように呟いた。
「長島さんは、恋人の話では誰もが羨む黒髪の持ち主だった。きっと、吉野さんも君島さんも、周囲で評判になるほどの美しい腕や脚を持っていたはずだわ。……つまり犯人は」
「おいおい、まさか……」
虎太郎の顔が、みるみるうちに青ざめていく。
犯人の異常な目的に、そして、それを即座に見抜いた北条の冷徹な思考に。
「そう。犯人は奪い取ったパーツを繋ぎ合わせ、自分だけの『究極の美』を作り上げようとしているのかもしれない……。それが何人分のパーツで完成するのかは分からない。だが、まだ奪われていないパーツの『最高傑作』を早急に探し出さない限り、犠牲者は増え続けるよ」
「ちくしょう……! ふざけた真似しやがって!」
北条の導き出した悍ましい結論に、虎太郎は激しい憤りとともに拳を叩きつけた。
「さて、そろそろ僕たちも向かうとしようかね」
悠真との密談を終えた北条が、古びたトレンチコートを羽織る。
捜査一課は今、吉野・君島両被害者の周辺に総力を挙げて投入されていた。
一人目の長島綾に関しても、実家や友人にまで徹底的な洗いがかけられている。
「一課の連中と合流するのか?」
「まさか。それなら『僕たち』が動く意味がないだろう? 他の部署が拾えないものを拾う。だからこそ、特務課なんだよ」
「お、おう……」
北条の意図が、虎太郎にはまだ読み取れない。
「で、どこへ行くんだ?」
「うん。まずは長島さんの彼氏さんのところ。その次は……都内の整形外科を片っ端から当たってみよう」
「整形外科? 整形した患者を探すってことか?」
「そうだねぇ。患者を一人ずつ洗うとキリがないから、病院側の『特定のアクション』をピックアップさせてもらおうと思ってね」
北条は自信に満ちた表情で頷く。
まるで、既に黒幕の背中を視界に捉えているかのような口ぶりだ。
(……方針は任せます。 北条さんの勘は、時として神懸かるから。)
虎太郎はかつて司が漏らした言葉を思い出し、その背中に付いていくことに決めた。
長島綾の住んでいたマンションは、署から徒歩で二十分ほどの場所にあった。 二人は足早に向かい、その一室のドアの前に立つ。
「ごめんくださーい」
「本宮さん、いるか?」
二人が代わる代わるノックをすると、やがて、重く沈んだ声が漏れ聞こえてきた。
「……どちら様ですか?」
「警視庁の北条です。こんな時に何度も申し訳ない。少しだけ、追加でお話を伺いたくてね」
北条はいつもの、どこか緊張感のない調子で応じる。
だが、本宮は頑なにドアを開けようとはしなかった。
「もう、お話しすることは全て伝えました。刑事さん、もう僕を放っておいてください……」
「彼女さんの――『秘密』についても、全て話してくれたのかな?」
「……っ!」
ドアの向こうで、息を呑む気配がした。
虎太郎は隣で、確かな違和感を感じ取っていた。
北条は今、確信犯的にカマをかけた。
ある一つの『仮説』を弾丸にして。
そして、本宮という的は見事にそれを射抜かれた。
「……入ってください。中で、話しましょう」
ゆっくりと、吸い込まれるようにドアが開く。
北条の口元に、薄い笑みが浮かんだ。
「おい北条さん……本当に『秘密』なんてあるのかよ」
玄関を潜る際、虎太郎が北条の耳元で囁く。
「触れられたくないからこそ、秘密は秘密と呼ばれるんだよ、虎。……その領域に足を踏み入れるってことは、僕たちにもそれ相応の覚悟が必要だ。いいね?」
北条は明確な答えを避け、ただ底知れぬ瞳で本宮の背中を見つめた。




