表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SEVEN~警視庁特務課~  作者: 桂木 京
第6話:人間の可能性

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

67/111

絶望

厳重に貼られたガムテープを、虎太郎はどこか訝しげな表情で剥がしていく。


「しっかし、ただの贈り物にしてはデカすぎるし、妙に重いな……。北条さん、本当にこれが犯人からの手がかりなのか?」


「わからない。だが、この執拗な梱包自体が、送り主の異常な執着を感じさせるね」


「うーん、大掛かりなサプライズプレゼントとか?」


悠真が冗談めかして覗き込むが、虎太郎は鼻で笑った。


「俺の誕生日は半年も先だよ」


ようやくガムテープをすべて剥がし終え、虎太郎が外箱を持ち上げる。


「箱の中に、また箱……。マトリョーシカじゃねぇんだからよ」


厚手の段ボールを剥ぎ取った中から現れたのは、鈍い銀光を放つ巨大なジュラルミンケースだった。


「箱……というよりは金庫だな。人が丸ごと一人、すっぽり収まっちまいそうなサイズだ」


「このサイズのジュラルミンケースを特注するとなれば、相当な費用がかかる。愉快犯の悪戯にしては、あまりに手が込みすぎているね」


北条の観察眼が、ケースの四隅に刻まれたわずかな擦過傷すら逃さない。


ケースには頑強なチェーンロックが巻き付けられており、中央には四桁のダイヤル式錠前が鎮座していた。


「暗証番号かよ。そんなの分かるわけねぇだろ。犯人の勝手な思い入れなんて、俺たちが想像できるはずも――」


文句を言いながらダイヤルに指をかけた虎太郎だったが、横から覗き込んでいた志乃が、ケースの天面に刻まれた小さな刻印を見つけた。


「虎太郎くん……ここ。『今日は何の日?』って、手彫りで書いてある」


「今日? ……水曜日だろ」


「そういう意味じゃないわ。虎太郎くん個人に関係のある『特別な日』なんじゃない?」


「特別な日……あ」


虎太郎の指が止まる。 今日、十二月十三日。

それは虎太郎と奈美が付き合い始めた記念日だった。

記念日など無頓着だった虎太郎だったが、毎年この日になると奈美が豪華な手料理を振る舞い、それに報いるために虎太郎が馴染みの花屋で薔薇を贈るのが、いつしか二人の「約束」になっていた。


(今日も仕事が終わったら、あの花屋へ寄るつもりだったのに……)


「……記念日は、これだ」


虎太郎の指が、迷いなくダイヤルを弾く。

四桁の数字が揃った瞬間、静まり返った司令室に「カチリ」と、乾いた解錠の音が響いた。


「よし、開けるぜ……」


虎太郎がケースのラッチに手をかけた、その瞬間だった。


「――待て!!!」


辰川の怒号のような制止が飛ぶ。


「なんか聞こえねぇか? ……これ、何かのタイマーかアラームだぜ」


爆弾処理班出身の辰川が、鋭い目つきでケースに耳を寄せた。

静寂の中、微かに聞こえる規則的な音。


カチ、カチ、カチ……。


「……いや、大丈夫だ。爆弾特有の、機械式タイマーに混じる起爆信号のノイズが聞こえねぇ。ただの時計……あるいは、それによく似た何かの動作音だ」


あらゆる爆弾を解体してきた辰川の言葉には、絶対的な重みがある。

彼は慎重にケースの隙間を確認すると、虎太郎に短く告げた。


「よし。ただし一ミリずつ、慎重に開けろ」


「毒物やバイオハザードの可能性は?」


あさみが特殊部隊時代の経験を総動員し、ケースの継ぎ目や通気孔を凝視する。


「……目視できる範囲に液漏れやガスの流出痕はないわ。けれど、気味の悪い静けさね。……一体何なのよ、この箱」


気づけば、特務課の全員がその「銀色の箱」を囲んでいた。

中心に立つのは、暗証番号を解いた虎太郎。


運命の蓋が、ゆっくりと持ち上げられようとしていた。



「それじゃ、開けるぞ……」


粘着テープも鍵も、もはやその役割を終えて床に転がっている。

虎太郎はジュラルミンケースのラッチを外すと、その重厚な蓋に指をかけた。


「よっ……重いな、これ……」


「俺も手伝うぜ。せーの、だ」


「あ、僕も!」


辰川と悠真が加わり、三人がかりで銀色の蓋を押し上げる。

ズシリとした、単なる金属の重みではない「中身」の質量。

それが抵抗となって手に伝わってくる。


「せーの!」


「こりゃ……相当な重さだぞ!」


「大丈夫、もう少し……!」


歪な摩擦音を立てて、蓋がゆっくりと、だが確実に持ち上がる。

そして、その中に収められていた光景が、司令室の眩い照明の下に晒された。


「…………え」


「……マジかよ」


「う、うわぁぁぁぁ!!」


悠真が悲鳴を上げ、後ずさる。

そこに横たわっていたのは、薄いピンク色の液体に満たされた、女性の「半身」だった。

切断面は出血を最小限に抑えるよう、執拗なまでに精密な処置が施されている。

それが、淡い色の保存液の中で、まるで標本のように揺れていた。


「保存液……か。何かの類だろうね」


北条の表情から一切の血の気が引き、声が冷たく研ぎ澄まされる。

そんな中、遺体を直視し続けていたあさみが、驚愕に目を見開いた。


「まだ……生きてるわ!!」


その叫びに全員の視線が集中する。

そう、女性は生きていた。

下半身を失い、謎の液体に浸され、虫の息ではあったが、彼女の胸元は微かに、絶望的なほど弱々しく上下していた。


「救急車! 大至急手配して!」


「私も応急処置に入るっス! ……でも、一刻を争うっスよ、これじゃ……!」


志乃が震える手で無線を掴み、桜川が即座にケースの脇へ膝をつく。


「傷の封鎖より先に、生命維持を優先するっス!」


雪は手早く女性の口元に酸素マスクを装着し、微弱なバイタルを繋ぎ止めようと必死に処置を始めた。


「おい…………」


その時、虎太郎の思考が完全に停止した。

目の前で起きていることが、網膜を通り抜けて脳に届かない。


「おい……待てよ!! 嘘だろ!!」


喉の奥から絞り出すような絶叫。

何も考えられず、ただ名前のない咆哮を上げる。

その異様な様子に不審を抱いた北条が、改めて女性の顔を覗き込み、眉間を深く、深く刻んだ。


「……っ!!」


「北条さん……?」


珍しく剥き出しの怒りと憎悪を滲ませる北条に、あさみが戸惑いながら声をかける。


「知り合い……なの?」


まさか、という予感が司令室を駆け抜ける。

あさみが見た虎太郎は、幽霊のように真っ白な顔で、ただ一点を見つめていた。


「……奈美ちゃんだ。虎くんの……婚約者だよ」


「……え?」


北条の答えに、その場の時間が凍りついた。

志乃の指が止まり、悠真が息を呑む。


「どういうことだ……なぜ、彼女がこんな目に……!」


北条が拳を血が滲むほど固く握りしめる。

昨日、あんなに幸せそうに笑っていた、美しく若い女性。

その彼女がいま、人としての形を無惨に損なわれ、銀色の箱に詰められている。


そして、その現実という名の断頭台に立たされた男が、一人。


「お前……今朝、言ってたじゃねぇか。今日のご飯は楽しみにしてろって……。俺、これから……花屋に行くつもりだったんだぞ……」


数時間前まで感じていた彼女の温もり、交わした何気ない会話。

それが鋭利な刃となって虎太郎の心臓をズタズタに切り裂く。


「……虎……ちゃ…………」


その時、酸素マスクの奥で、奈美の唇が微かに震えた。

最期の力を振り絞り、彼女は愛する者の名を呼ぼうとした。


「う……うわぁぁぁぁぁぁ!!! 奈美!! 奈美ぃぃぃぃ!!!」


司令室の冷たい壁に、虎太郎の魂を削るような絶叫が反響し続ける。

最強の特務課が直面した、これ以上ない「悪意」の極致。

その夜、彼らの戦いは、もはや公務ではなく、血を吐くような「報復」へと変わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ