表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SEVEN~警視庁特務課~  作者: 桂木 京
第6話:人間の可能性

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

64/105

新たな事件

その夜、平穏を切り裂くようにして「それ」は始まった。


「人が……大きな植木鉢に生けられているんです!!」


そんな、およそ現実味のない通報から長い夜の幕が上がった。

受話器の向こうで震える声を受け止めたのは、志乃だった。


「落ち着いて……ゆっくり、深呼吸しながらで構いません。状況を詳しくお聞かせいただけますか? もうすぐこちらから刑事が向かいます。あなたの身の安全は確保されています、安心してください……」


志乃の澄み渡った鈴の音のような声が、パニック寸前の通報者を包み込む。

しかし、返ってきた言葉は、想像を絶する凄惨なものだった。


「ひぃっ……人が、大きな鉢に、生けられているんだ。巨大な木の杭に縛り付けられて、足が……足が土の中に埋まっているんです!」


「その方の性別は?」


「男性です……。若い、男性……」


「その方は、まだ息をされていますか?」


「分かりません。怖くて……とても、見に行けない……!」


断片的な、恐怖に染まった言葉。

だが、志乃は冷徹なまでの冷静さで、目撃者の精神をコントロールしながら情報を抽出していく。


「虎太郎くん、到着まであとどのくらい?」


『あー、あと十分もかからねぇ!』


『僕も向かってる。十五分といったところかな』


北条と虎太郎の現在地を把握した志乃は、再び通報者へと向き合った。


「大丈夫です。もうすぐ刑事が到着します。警視庁でもトップクラスの捜査員ですから。あなたは近づかなくても構いません。ただ……その場から、少しだけ声をかけてみていただけませんか?」


被害者が生存しているのなら、一刻を争う。

だが、腰を抜かしている目撃者に無茶な救助を強いても逆効果だ。

志乃は相手の心理状態を見極め、ギリギリの「確認」を依頼する。

相手が志乃を「信じきっている」からこそできる、繊細な誘導だった。


「……反応が、ないです。でも……今、少しだけ動いたような……」


「そうですか、ありがとうございます。おかげで状況がよく分かりました。よく頑張りましたね」


その卓越したオペレーションを、司は静かに、畏怖すら覚えて見守っていた。


(……流石ね。パニック状態の相手から、ここまで詳細に情報を引き出すなんて。私でも、こうはいかないわ)


司は志乃の能力を改めて高く評価しながら、即座に司令室のギアを上げた。


「悠真くん! 各課と情報を共有。現場の正確な住所を転送して、応援を要請して!」


「りょうかい!!」


「辰川さんは半径二キロ圏内のパトロール。不審車両の有無と、住民への聞き込みを並行してお願い」


「あいよ!」


澱みのない指示が飛び、司令室が戦場の熱を帯びていく。


「ねぇ司さん、あたしは~?」


手持ち無沙汰に、あさみが頬杖をついて尋ねる。


「あさみは待機。この後、あなたの出番が来るかもしれないから」


「え~~!!」


「いいから。室内に流れる情報をすべて拾いなさい。状況次第では、あなたの力が不可欠になる」


司の瞳には、鋭い警戒の光が宿っていた。

「人間を生ける」という異常すぎる装飾。

これまでの、社会への不満を爆発させる「暴動」とは一線を画す、歪んだ芸術性。


(これは、ただの事件ではない……)


司の直感が、暗闇の奥で這い寄る『神の国』の新たな意図を捉えようとしていた。




―――――




「……ここか。通報のあった現場は」


まず先に現着したのは、虎太郎だった。

現場は、大通りから一本入った場所にある、地域住民の憩いの場となっている公園だ。

深夜とはいえ、帰宅途中の会社員や若者が足を止めるには十分な場所だった。


公園の中央には、いつの間にか異様な人だかりができていた。


「ちっ、もうこれだけ集まったか……」


虎太郎は小さく舌打ちし、野次馬の視線の中に「事件」があることを確信する。


「はい警察。ちょっとどいて。そこ、写真撮るなよ!」


警察手帳を掲げ、人の壁を強引にかき分けて中心部へと踏み込んだ虎太郎は、そこで言葉を失った。


へたり込んで震えている男性。

おそらく彼が通報者だ。

そして、その目の前に「それ」はあった。


「マジで……生けられてるのかよ……」


巨大な植木鉢。

そこに、一人の若い男性が直立した状態で固定されていた。

背後にある太い木の杭には、ワイヤーのような細い銀線が幾重にも巻き付けられ、男を磔にしている。

その両足は、膝上までしっかりと土に埋め込まれていた。


「おい、急いで救急に連絡しろ!」


虎太郎が叫ぶが、周囲はあまりの異常事態に立ち尽くすばかりだ。


「119番だ! 急げ!!」


最前列の若者を怒鳴りつけるように促すと、ようやく救急要請が動き出した。


「男二人! 悪いがちょっと手を貸せ!」


虎太郎は周囲の男性二人を呼び寄せ、無理やり救出作業に加わらせる。


「くそ、なんて固さだ……。おい、そっちを引っ張ってくれ!」


まずは身体を拘束しているワイヤーを外そうとするが、食い込むように巻き付けられたそれは、素手ではびくともしない。


「虎くん、状況は?」


数分遅れて、北条が到着した。 虎太郎は手を動かしながら、簡潔に現状を吐き捨てる。


「これは酷いねぇ……ん?」


現場を一瞥した北条の鋭い視線が、被害者の足元で止まった。

ワイヤーの巻き方が、足元だけ妙に丁寧……いや、「緻密」なのだ。


(これは、もしかして……)


北条の脳裏に、かつて見たある拷問の痕跡がよぎる。嫌な予感が背筋を駆け抜けた。


「虎……そのワイヤーを外すのは、後にした方がいい。先に杭ごと身体を土から引き抜こう。まずは土台から離してあげるんだ」


「ん? ……ああ、わかった」


北条のただならぬ気配を察した虎太郎は、ワイヤーを解く手を止め、手伝いの男性たちと共に被害者の脇を抱え込んだ。


「せーの……よっ!!」


気合と共に、被害者の身体を植木鉢からゆっくりと垂直に引き抜いていく。 ズブ、ズブ……という、湿った土が離れる不快な音が響く。


だが、ようやく抜けたと思ったその瞬間――。


「……えっ?」


「……う、うわぁぁぁ!!」


「ひぃぃぃぃぃっ!」


手伝っていた男性たちが悲鳴を上げ、その場に尻餅をついた。

虎太郎の手の中で、重力が急激に軽くなる。


引き抜かれた被害者の足――その膝から下は、最初から存在していなかった。 切り口からはドロリとした鮮血が溢れ出し、植木鉢の土を真っ赤に染め上げていく。


「……止血、じゃねぇ。これ、最初から……」


虎太郎の顔が、怒りと驚愕で青ざめる。


北条は、土の中に残された「何か」を見つめ、震える声で呟いた。


「……生け花と同じだ。水揚げを良くするために……切り口を、土に馴染ませていたんだね……」


あまりに狂気じみた「芸術」の完成。

それは、『神の国』からの、言葉以上に雄弁な宣戦布告だった。



「……マジかよ」


腕の中に残る、あまりに軽くなってしまった被害者の感触。

虎太郎はこみ上げる吐き気を堪え、絶句するしかなかった。

その時だった。


「う、うぅ……」


抱えていた被害者の唇が微かに震え、掠れた呻き声を漏らした。

被害者は三十代前後の男性。

金髪に近い栗毛に、耳元で揺れる三連のピアス。

自由を謳歌し、人生を謳歌してきたであろう若者の風貌だ。


「なんだって、こんな奴がこんな目に遭わなきゃいけねぇんだよ……」


理不尽な暴力への怒りを燃やす虎太郎に、北条が鋭い声で指示を飛ばす。


「雪ちゃんに連絡して。この状況、普通の救急隊では現場保存や状況説明に時間を取られすぎる。彼はもう虫の息だ。雪ちゃんに即座に応急処置を代わってもらうのが、彼の命を繋ぐ唯一の道だよ」


北条は、経験に基づいた最善の「賭け」を選択した。


『志乃ちゃん!』


『了解しています。桜川先生、現場に十分以内に到着するそうです!』


「……相変わらず、仕事が早いな!」


虎太郎と北条の会話を無線で拾っていた志乃が、独断ですでに雪を呼び出していた。

桜川雪もまた、特務課からの要請と聞くや否や、私服のまま現場へ飛び出していたのだ。


「こういうところ、やっぱり特務課はすげぇよな……」


虎太郎は、呼吸するように連携し合うメンバーの能力に改めて舌を巻く。


(俺も、このチームの一員なんだ……。何も持たない俺にできるのは、こいつらを命がけで守ることだけだ)


自分を鼓舞するように拳を握る。


それからわずか六分後。

タイヤの焦げるようなブレーキ音と共に、白衣をなびかせた雪が現場に飛び込んできた。


「待たせたっス! 状況は!?」


「雪ちゃん! こっちだ!」


虎太郎が現状と、被害者のバイタルを素早く報告する。

雪はすぐさま被害者の側に膝をつき、その顔を覗き込んだ。


「被害者さんは……『まだ生きてる』っスね?」


「ああ……」


「それは、良かったっス……」


雪の表情に、法医としての冷徹な観察眼と、一人の人間としての安堵が混ざり合う。


「これは酷いっスね。切断された足の先は?」


「いや、ここには無かった。土の中も、この周辺もだ」


「残念っス。でも、生きてるなら死なせないようにしなきゃ! ……両足に巻かれたワイヤーを外さなかったのは、神判断っスよ。もし不用意に外してたら、切断部から一気に血が噴き出して、一分と持たずに失血死してたっス」


雪は素早い手つきで、むしろワイヤーを締め直すように固定し、応急的な止血処置を施していく。


「あ、あぶねぇ……。北条さん、止めてくれて助かったぜ」


「いやぁ、僕も確信があったわけじゃないんだ。ほら、医療ドラマでよく言ってるだろう? 『刺さっているものは抜くな、縛られているものは解くな』ってね」


北条がいつもの苦笑いを浮かべて答える。

だが、その目は笑っていなかった。


「う……あ……」


そんな中、雪の処置が功を奏したのか、被害者の意識が僅かに覚醒し始める。濁った瞳がゆっくりと開き、目の前の虎太郎を捉えた。



「お、俺は……」


「いいから喋るな! 体力を使うんじゃねぇ!」


意識が混濁し、震える唇を動かそうとする被害者を、虎太郎が必死になだめる。

興奮は血流を早め、死を早める。

切断された両足をワイヤーが食い止めているのは、もはや細い糸一本で繋がった奇跡に等しかった。


(一体、何時間前からこんな状態で晒されていたんだ……)


土に埋まっていれば出血が抑えられるなど、気休めでしかない。

虎太郎は己の無力さを噛み締めながら、桜川の専門的な処置にすべてを託すように、男の肩を固く抱き続けた。


「大丈夫っスか? すぐに楽になるっスから」


桜川が、法医とは思えぬほど慈愛に満ちた声で呼びかける。

だが、その直後だった。


「う、うわぁぁぁぁぁ!!!」


突然、被害者が鼓膜を突き破らんばかりの悲鳴を上げた。

その瞳は焦点が合わず、目の前の桜川に、何か別の、恐ろしい「怪物」の幻覚を見ているかのようだった。


「落ち着いて……! 今からちゃんと治療しますから、暴れないで!」


「やめろ!! 来るな!! もう、もう許してくれぇぇ!!」


必死に宥める桜川を、被害者は狂乱の力で拒絶する。

その様子を背後で見つめる北条の脳裏に、あの忌まわしい集団自殺の光景がフラッシュバックした。


(幻覚か……? だとしたら薬物……いや、違う。これは、もっと深い場所での……)


「洗脳……か?」


北条は呟く。

この凄惨な「生け花」が『神の国』の仕業だという確証はまだない。

連日の凶行に毒され、自分の思考がそちらへ誘導されているだけかもしれない。


「落ち着け……。今ここで結論を急ぐな。まずは目の前の事件、そしてこの被害者を救うんだ」


北条は迷いを振り払うように自らの両頬を強く叩くと、狂乱する被害者の元へ駆け寄ろうとした。その瞬間だった。


「い や だ ―――――!!!」


男が獣のような咆哮と共に身体を捩った。

その極限の拒絶反応が生んだ凄まじい力が、彼を杭に繋ぎ止めていた、そして「命を繋ぎ止めていた」ワイヤーに限界以上の負荷をかける。


「バカ! 暴れんなって言ってるだろ!!」


虎太郎が必死に押さえつけるが、恐怖に支配された男の力は、訓練された刑事をも跳ね除けるほどに増幅されていた。


「死にたくない……死にたくないんだぁぁぁ!!!」


「応援! 誰かこいつを抑えるのを手伝ってくれ!!」


周囲の男性たちが駆け寄ろうとする。

だが、それよりも早く――。


「いけないっス!!」


桜川の悲鳴が夜の公園に響いた。


ギチ……ッ。


金属が弾ける不快な音と共に、男の足を締め上げていた銀色のワイヤーが、その勢いで解け、弾け飛んだ。


「……え?」


一瞬の静寂。

次の瞬間、ダムが決壊したかのような勢いで、男の膝から鮮血が噴き出した。 あまりに非現実的な出血量。

拍動に合わせて溢れ出る赤が、植木鉢を、土を、そして虎太郎と桜川の衣服を瞬く間に真っ赤に染め上げていく。


「止血!! すぐに止血だ!!」


北条が叫びながら自分のジャケットを脱ぎ捨て、断面を縛ろうと飛び込む。 だが――。


「あ、あっ……あ……」


男の瞳から、急速に光が失われていく。

顔面は一瞬にして紙のように白く染まり、先程までの狂乱が嘘のように、全身の力が抜け落ちた。


失血性ショック。

北条がジャケットを巻きつけるより早く、男の魂は、その大量の血と共に地面へと吸い込まれていった。



被害者の体は小刻みに痙攣し、やがてそれも止まった。

おびただしい量の出血。

医学的知識がなくとも、彼が一命を取り留める確率がもはや皆無であることは、その場にいる全員が理解していた。


「雪ちゃん! どうにかならないのか!?」


自分のジャケットを真っ赤に染め、傷口を必死に圧迫しながら北条が叫ぶ。


「もう……手の、施しようが……ないっス……」


雪は絞り出すようにそう答えた。

握りしめた医療器具が、虚しく夜風に鳴る。


「北条さん、もう……」


虎太郎が静かに首を振った。

男の瞳から完全に光が消えた。

心臓が、その役目を終えたのだ。


「くっ……!!」


またしても、目の前にあった命を救えなかった。

北条は力いっぱい拳を握りしめた。

悔しさと、救えなかった自責の念が、冷たい汗となって背中を伝う。


「犯行のダメージだけなら、あと三十分は持ったはずっス。その間に搬送して、輸血さえできていれば……。まさか、助けようとした私たちをこれほど拒絶するなんて……」


雪もまた、唇を噛み締め、悔しさを表情に滲ませた。


現場に、鉛のような重苦しい空気が流れる。

その沈黙を破ったのは、虎太郎だった。

この凄惨な状況下で、彼は誰よりも早く「次」の行動へ移っていた。


「――おい! これからここは『殺人事件の現場』になる。野次馬は今すぐ散れ!」


虎太郎の鋭い声が公園に響き渡る。


「今からここに残る奴は、全員事件の関係者として扱う。俺たち警察の執拗な聴取に答えてもらうからな。それが嫌なら、ここに氏名と住所、電話番号を書き残して、速やかに帰れ!」


虎太郎は自身の手帳を広げ、立ち尽くす人々に協力を迫る。


「あ、言っとくが、何も書かずに逃げようとしても無駄だぞ。防犯カメラの映像を使って、必ず家まで事情を聴きに行ってやるからな。そのつもりでいろ!」


『面倒くさい』と背を向けようとした数人の若者が、虎太郎の気迫に押され、慌てて列に戻る。

情報の拡散を防ぎ、現場を保持し、目撃者の所在を確保する。

そのすべてを、彼は一声でやってのけた。


(……うん、さすがだ。こういう極限状態では、彼のような突破力が必要になる)


北条は、虎太郎の背中を見て安堵の溜息を漏らした。


「虎……君がいてくれて良かったよ。助かった」


「……仕事だからな」


虎太郎は短く答えたが、その横顔には隠しきれない怒りと決意が刻まれていた。


やがて到着した捜査一課にすべての情報を引き継ぎ、共有を約束して、三人は現場を後にした。


「とりあえず、司ちゃんに報告したら、今日はしっかり休むことにしよう。……ここ数日、精神的にキツい仕事が多すぎた。そういう『心の綻び』を、奴らは虎視眈々と狙ってきそうな気がするんだ」


北条は、重い足取りで歩き出しながら、仲間たちに休息を促した。

闇の中に潜む「神」は、弱った心にこそ滑り込んでくる。

戦い抜くためには、まず自分たちの魂を守らねばならない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ