神の国
『……サイトは完全に壊したよ。これで、あの場所から新しい被害者が出ることはもうない。……絶対にね』
虎太郎が惨劇の現場に到着したその時、悠真からの無線が入った。
普段の軽快な調子はなく、自らの指で呪縛を断ち切ったという、重い実感を噛みしめるような声だった。
「……うん、ありがとう。これから先、あのサイトによる被害者がいなくなる。それだけでも、大きな一歩だ。お疲れ様、悠真くん」
北条が労いの声をかける。
その視線の先では、収容された遺体の一人ひとりに、法医の桜川が静かに検視を行っていた。
北条と虎太郎は、現着した捜査員たちに混じり、犠牲者の家族へ聞き込みを行って回った。
そこで浮かび上がったのは、皮肉すぎるほどに「善き人々」の肖像だった。
「やっぱり……どこの遺族も同じだね。家族仲は良好、むしろ理想的な家庭ばかりだった。でも……」
「職場や育児、社会制度の歪みに、独りで耐えていた、と」
次第に、これまでの通り魔事件の犯人、そして今回の集団自死の犠牲者たちの背景が一本の線で繋がっていく。
彼らは皆、何でも話し合える幸せな家庭を持っていた。
だが、たった一つだけ抱えていた闇――それは『現在の日本に対する、切実な不満』だった。
待機児童問題で復職を断念し、キャリアを絶たれた母親。
生活費のためのアルバイトに忙殺され、学業がおろそかになり奨学金を打ち切られた学生。
政権争いの裏金作りに利用され、連日政治家から脅迫まがいの圧力を受けていた会社員。
「人それぞれ、この社会に何かしらの不満はあるものだよ。増税で暮らしが窮屈になった、物価高でまともな食事ができない……そんな小さな悩みすら、黒幕は巧妙に掬い上げる。社会に対する不満なんて集めたらキリがない。放置すれば、彼らのような犠牲者は無限に増え続けてしまうだろうね」
北条が手帳を見つめ、苦渋に満ちた表情で呟く。
「……きっと黒幕自身も、日本社会に相当な恨みがあるんだろう。だからこそ、これほど残酷に、他人の絶望を武器に変えられる」
「それより北条さん、これからどう動く?」
一通り聞き込みを終えた虎太郎が、厳しい表情で北条に問うた。
「とりあえず……」
立ち止まっている暇はない。
こうしている間にも、黒幕の野望は次の「一刺し」を準備しているはずだ。
「まずは司令部に戻ろう。情報を精査して、各課への大規模な応援要請が必要になる。これはもう、特務課だけで抱えきれる規模じゃない」
夕闇に包まれた台東区を後にする。
ようやく全貌が見え始めた謎の組織『神の国』。
新堂司が率いる特務課と、巨大な悪意との戦いは、まだ始まったばかりである。




