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SEVEN~警視庁特務課~  作者: 桂木 京
第5話:暗躍する組織

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闇の呼び声

『信頼していた人に裏切られた、あなたへ』


虎太郎は、迷わずその項目をクリックした。


「まぁ、俺には特務課のみんなもいるし、あいつもいる。今の俺が信頼している連中は、それだけだ」


揺るぎない絆があるという自負。

それが、虎太郎をこの禁断の扉へと踏み込ませた。

クリックすると、画面いっぱいに『音声のボリュームを上げて視聴してください』という無機質な指示が表示される。

虎太郎が目配せすると、北条は沈痛な面持ちで小さく頷いた。


ボリュームを上げると、低く響くような男の声がスピーカーから流れてきた。変声機を通しているが、その抑揚には不思議な説得力が宿っている。


「信頼する人に裏切られたあなた。心中お察しするよ。辛いだろう。信じる者に裏切られることほど、生きていて苦痛なことはない。……しかし、どうしてそんなことが起こったのか、考えたことはあるかね?」


「……」


「僕は、その理由は『この国』にあると思っている。人との関わりが日増しに減り、閉鎖的になっていくこの国。隣人とも関わらず、極小のコミュニティだけで生きている、この国の人間。だからこそ人は、人を容易に裏切るのだよ」


語りかける声に合わせて、画面の端々がチカチカと不規則に乱れる。 北条は、その映像の「周期」に気づき、戦慄した。


(こ、これは……視覚野を直接刺激する周波数か……!)


「虎、画面を凝視してはダメだ! 音声だけを聞いて……!」


北条が叫んだが、既に遅かった。

虎太郎の瞳は、吸い込まれるようにモニターの青白い光に固定されている。


「……そうだ。この国が、悪いんだ……」


虎太郎の口から、魂の抜けたような声が漏れる。

音声は、なおも深淵から誘うように響き続ける。


「僕たちは、『神の国』。皆が幸せに笑って暮らせる国を作ろうではないか。そのためには、君たち『神の子』の力が必要不可欠だ。腐った今の国を一度壊し、作り替える。多少の犠牲はやむをえまい。だが心配はいらない。同志は既に五千人を超えた。旧世界の人間を粛清しても、我ら同志がいれば、新しい命を、新しい国を造れるのだから……」


「そうだ……こんな国は早く粛清した方がいい。新しい国を、わが手に……」


音声に呼応するように、虎太郎が虚ろな呟きを繰り返す。

その顔は、先程までの熱血刑事のそれではなく、立てこもり犯・藤井が見せていたあの「虚無」の表情そのものだった。


「これは……仕方ないな。お母さん、水を。……一杯、いただけますか?」


「え? はい……!」


母親が小走りでキッチンへ向かい、コップを差し出した。


「すいませんね。ウチの若いのがご迷惑をおかけして」


北条はポケットからハンカチを取り出すと、汚さないように虎太郎の顎の下へ添え――次の瞬間、コップの水を虎太郎の顔面に叩きつけた。


「えっ……!?」


「刑事さん!?」


驚愕する家族の前で、北条はさらに動じることなく、濡れた虎太郎の頬を乾いた音と共に張り飛ばした。


「――って、いっ、てぇ……! ……あれ?」


衝撃に弾かれ、虎太郎の焦点がようやく現実に戻ってきた。

目の前には、空になったコップと、見たこともないほど冷徹な眼差しをした北条が立っていた。



「危なかったねぇ……。あと少しで『あちら側』へ行ってしまうところだったよ?」


ホッと胸を撫で下ろす北条の横で、虎太郎は濡れた顔を拭いながら愕然としていた。


「な、なんだよ……。強い気持ちを持って開いたはずなのに、一瞬で意識を持ってかれた……」


何が起きたのか、虎太郎には理解すら及ばない。

だが、その原因を見抜いたのは、やはり北条だった。


「再生中、一瞬だけ画面が乱れたのが四度。……おそらく、サブリミナルだね」


「サブリミナル?」


北条の言葉に、虎太郎も家族も首を傾げる。


「認識できないほどの一瞬だけ、特定の言葉や映像を差し挟んで、深層心理にメッセージを直接植え付ける高度な心理操作だよ。本来、それだけで洗脳まで至ることは稀だけど……。背景の暗闇や、あの脳を揺さぶるような音声の質。すべてが計算されているんだろう。……本当に、恐ろしい組織だよ」


北条が神妙な面持ちで、沈黙したパソコンを凝視する。


「でも、番号付きのパソコンを全部回収できれば、この一連の事件は解決に向かう。……そうだよな、北条さん?」


虎太郎が冷や汗を拭いながら問うが、北条は静かに首を振った。


「いや、たぶん……普通のパソコンからでも、あのサイトにはアクセスできるはずだ。現に、先の五件の犯人たちの部屋には、支給された端末なんてなかった。彼らは自分たちの所持品で、あの『蠍』に辿り着いたんだよ」


「じゃあ……パソコンを持っている人間全員が、潜在的な犯罪予備軍だってことか?」


「残念だけど、そういうことになる。早々にサイトか組織そのものを潰さない限り、悲劇は連鎖し続ける。関係のない善き人々を巻き込みながらね……」


「そうか……。だったらよ……」


虎太郎の脳裏に、特務課の「天才」の顔が浮かんだ。


「ここは、悠真の出番なんじゃないか?」


「……おぉ、確かにね」


ネットワークを介した汚染なら、それを断つ刃もまたネットワークの中にある。

サイトを完全に消滅させれば、毒の発信源は絶てるはずだ。


「そうだね。それが現時点での最善策かもしれない。早速司令室へ戻って、悠真くんに相談してみよう。……お母さん、このパソコン、お借りしても?」


「ええ……。持っていってください。この機械のせいで、あの子は……」


北条は母親からパソコンを受け取り、ずっしりとした重みを感じながら虎太郎に預けた。


「虎、君はこのパソコンを悠真くんに届けて、現場の状況を詳細に報告してくれ。サイトの毒性を直接体験したのは君だけだからね」


「え? 北条さんは?」


「僕はあいにく、この手の技術には疎くてね。……もう少しアナログな捜査を続けてみるよ。他の犯人たちの家族にも会いに行かなきゃならない」


「……了解。任せとけ、北条さん!」


北条と虎太郎。

特務課のベテランと若手は、デジタルとアナログの両面から「蠍」の息の根を止めるべく、二手に分かれて走り出した。

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