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SEVEN~警視庁特務課~  作者: 桂木 京
第4話:命の価値

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勇気、そして突入

銀行員たちは、闇の中から現れたあさみの存在に安堵しつつも、心にこびりついた恐怖を拭えずにいた。


「でも、犯人が……まだ銃を持っていて……」


「あ……そっか」


あさみは暗視スコープ越しに、煙の立ち込めるフロアを冷徹に走査した。

北条の無線によるプロファイリングでは、主犯『F』は中年層から初老の男性。

だが、今このフロアに、銃を構えて立っているそれらしき影はない。


(……Fに該当する人物はここにはいない。チャンスね)


「大丈夫。今、このフロアに犯人はいないわ。もし新たな影が見えたら私が即座に対処する。今のうちに、人質全員の拘束を解いて」


「で、でも……」


それでも行員たちは、足が竦んで動けない。


(……無理もないか。目の前で『処刑』を見たんだから)


もし、自分もあの人質のように撃たれたら。

不安という毒は、一度芽生えれば瞬く間に全身を支配する。

目隠し越しに銃声を聴いただけの人質とは違い、行員たちは犯人が無慈悲に引き金を引く瞬間を、その瞳に焼き付けてしまったのだ。


「いい? あなたたちが動かなければ、私はただ人質に加わるだけ。事件を解決するのは警察の仕事よ。でもね、被害者だって立ち上がらなければ、事件なんて終わらせられないの」


決して声を荒げることなく、あさみは諭すように言葉を紡いだ。


「生きたい、解放されたいという強い意志がなければ、ずっとこのままだわ。私たちも、人質にされている人たちも。……お願い、勇気を持って」


「勇気を……」


その言葉に、一番に反応したのは、自責の念に焼かれていた支店長代理だった。


「わ、私は……犯人の言いなりになって、皆を裏切ってしまいました。私にもっと勇気があれば……。私は、皆さんの解放に協力したい!」


支店長代理は、這うようにして人質たちに歩み寄った。


「すみません……申し訳ありません……」


呪文のように謝罪を繰り返しながら、震える手で人質の目隠しを剥ぎ、結束バンドを切り裂いていく。

その必死な背中にあてられたのか、他の行員たちも、一人、また一人と暗闇の中で立ち上がり、人質の救助へと加わった。


(よーし、これならいける……!)


フロア全員の目隠しが外され、人々の瞳に「生」への光が戻ったのを確認し、あさみは無線機を叩いた。


「こちらあさみ。人質の退避準備、完了よ。犯人が一人二人躍起になったところで、多勢に無勢。ここからは時間との勝負よ。合図と同時に、SITを突入させて。突入口から一気に人質を吸い出すわ!」


司令室の司、そして現場の北条が、あさみの力強い声に応じるように深く頷いた。


「了解。……全ユニット、突入秒読み(カウントダウン)。『掃除』の時間よ!」


司の冷徹な号令が、夜の静寂を切り裂いた。



「はいよ、りょーかい」


あさみからの無線を受け、北条は傍らに立つSIT隊長・古橋へと短く目配せを送った。

古橋は感情を削ぎ落とした顔で小さく頷き、戦術無線へと指示を飛ばす。


「正面玄関、左右に展開。内部からの合図を確認次第、突入(エントリー)。最優先事項は人質の安全確保だ。障害となるものはすべて排除せよ。……時間との勝負だ。心してかかれ」


無駄のない、研ぎ澄まされた命令。


(うん……。さすがSITのエースだね。頭も切れるし判断も速い。こりゃあ、しばらくSITの未来は安泰だねぇ……)


北条が独り言ちている間に、黒い装備に身を包んだSIT隊員たちが、音もなく銀行の正面玄関へと配置を完了させた。


「あさみちゃん、こっちは準備万端だよ。そっちのタイミングで合図を出しちゃって~」


『了解。……現在、状況を再確認中。……現状、銀行内の死者は一名。今のところは、だけどね』


あさみは暗視スコープの緑色の視界で、フロアを冷徹に走査した。

照明を復旧させることは容易だが、光は犯人に「反撃の視界」を与えることにもなりかねない。

闇という盾が自分たちを守っているうちに、犯人が現状を把握しきる前に決着をつける。

あさみはそう判断したのだ。


「OK……!」


周囲に目を向ければ、行員たちがすべての人質の拘束を解き、目隠しを外し終えていた。


「やった……!」


「助かるんだ、俺たち……!」


「出口は!? どこから出ればいい!?」


にわかに熱を帯びる人々の声。だが――。


「……静かに」


あさみのたった一言が、フロアの喧騒を瞬時に凍りつかせた。


「まだ、脱出は完了していない。銀行の敷地内にいる以上、数パーセントの死の危険は常に伴っているわ。外に出るその瞬間まで、一秒たりとも油断しないで」


「う……」


「は、はい……」


特殊部隊での過酷な経験が、あさみの言葉に重い説得力を宿らせる。

作戦が成功したと確信し、安堵した瞬間に命を落とした仲間を、彼女は見てきた。

戦場における『気の緩み』は、弾丸よりも鋭く命を刈り取ることを知っているのだ。


「……気を緩めるなとは言ったけど。安心はしていい。必ず全員、外へ逃がすわ。――私、こう見えて有能なのよ」


人々の震えを少しでも止めようと、彼女なりに精一杯紡いだ不器用な「励まし」。


『あさみちゃん、それ……フォローのつもり?』


『う、うるさいわね! 別にいいじゃない!!』


北条の茶化すような声に、あさみは顔を赤くして無線に食ってかかった。


『……うん、充分だよ。君ほどの子がそう言うんだ、安心しないわけがない。きっと、人質「だった」みんなは、君の指示に絶対に従うよ』


北条は確信していた。

あさみという異質なピースが特務課に加わったことで、この絶望的な立てこもり事件の解決確率は、今、一気に跳ね上がったのだと。


「さて……じゃあ、華やかにいこうか」


北条が指を鳴らしたその瞬間、反撃の火蓋が切って落とされた。


「こっちはいつでもいいよ。中のみんなの気持ちが落ち着いたら、合図を出してね」


北条が、あさみの平静を促しながらも、静かに、しかし確実にその時を待つ。 あさみは周囲を鋭く走査した。

すべての人質の拘束が解かれ、全員がいつでも地を蹴り出せる態勢で立ち上がっている。


「……みんな。私の合図で外からSITが突入するわ。それを合図に、迷わず出口へ向かって走りなさい。家族、友達、恋人……大切な人が隣にいるかもしれない。でも、今は自分のことだけを最優先に、決して振り返らずに走るの。大丈夫。もし逃げ遅れそうな人がいたら、私が命に代えてもフォローする。信じなさい」


あさみの丁寧な、しかし拒絶を許さない指示が行員たちの心に深く刻まれる。 極限状態では、複雑な命令は混乱を招くだけ。

彼女はあえて、指示を『ただ出口へ走る』という一点に集約させた。

それが、この場にいる全員の生存率を最大化させる唯一の手段だと知っていたからだ。


一同が、祈るような、しかし決然とした表情であさみに頷く。


「大丈夫。あなたたちならやれるわ。……外に合図を出すわよ。眩しくなるから、目を閉じて!」


あさみが、辰川お手製の閃光弾(フラッシュバン)のピンを抜き、玄関へと放り投げた。

刹那、網膜を灼くほどの白銀の光がフロアを支配し、そして消えた。


突入(エントリー)!!』


その閃光を合図に、古橋の咆哮が響く。

SITが流れるような動作で正面玄関を解放し、盾を先頭に要塞へと雪崩れ込んでいく。


(入口が……開いた!)


犯人がフロアから姿を消している今、外へ出ることは物理的には容易い。

だが、あさみが描いたプランは、単なる逃走ではなく『全員が、無傷で、確実に』生還すること。

SITの突入は、人々の背後を守る「鋼の防壁」を築くためのものだった。


「今よ!! 全員一気に外へ! 振り返らないで、まっすぐ自分の命だけを考えて、走って!!」


あさみの裂帛(れっぱく)の叫びが、銀行内に轟いた。


その瞬間、銀行内の民間人たちは一斉に、光の差す玄関へと向かって疾走を始めた。


「お、来たね、来たね……」


銀行の外で待機していた北条が、玄関から溢れ出す人の波を捉える。


「稲取くん、人質が出るよ。一人残らず保護して、安全な場所で話を聞こうか」


「了解だ!!」


銀行の外が、一気に喧騒に包まれる。

北条の指揮のもと、捜査一課や他部署の刑事たちが、人々の保護と誘導に奔走する。


「志乃ちゃん。行内に死者。できるだけ現場を荒らされる前に検証したい。……雪ちゃんを至急、銀行に呼んで!」


現場に本格的な捜査のメスが入れば、特務課が自由に動ける時間は限られる。主導権が一課に移る前に、この事件の「真実」の断片を掴み取っておかなければならない。

北条の瞳は、解放に沸く群衆の先に、まだ見ぬ「F」という怪物の影を追っていた。

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