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SEVEN~警視庁特務課~  作者: 桂木 京
第4話:命の価値

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攻撃の準備

「銃声……!?」


ラッキーマートの店内で息を潜めていた虎太郎、辰川、そしてあさみ。

その静寂を切り裂く微かな振動を、あさみの耳だけが捉えていた。


「銃声? そんなの聞こえたか?」


「いいや……俺の耳には届かなかったな」


顔を見合わせる虎太郎と辰川。

だが、あさみの瞳はすでに戦闘者のそれへと変貌していた。


「銀行内……銃声は『おそらく』一発。音の重さと反響からして、ハンドガンじゃない。……危険ね。ライフル、あるいは散弾銃。一撃で標的を粉砕するタイプよ」


「おいおい、そんなことまで分かるのかよ……?」


あさみの冷徹な分析に、辰川が思わず舌を巻く。


「部隊で散々叩き込まれたから。寝る暇も与えられず、泥水を啜りながらね」


淡々と語りながら、あさみはブラインドの僅かな隙間から銀行の影を見据えた。

その横顔には、若さに似合わぬ凄絶な覚悟が刻まれている。


「全く……女なのに、大したもんだな……」


虎太郎は心からの感心を込めてそう溢した。だが――。


「あんた」


「……え?」


「そのセリフ、次にもう一度口にしたら、本気で殺すから」


あさみの鋭い視線が、ナイフのように虎太郎の喉元を射抜いた。


「な……なんだよ、急に……」


「私はね、『女だから』『女のくせに』って言葉が、この世で一番嫌いなの。女だって、鍛え上げればそこらの男より動ける。男より戦える。性別が違うだけで、無条件に格下に見られるのが、虫唾が走るほど大っ嫌いなのよ。だから――私はあんたたちの誰よりも、ここで働いてみせる」


過去の傷跡が、あさみの言葉に鋭い棘を纏わせる。

彼女にとって特務課は、自分を「一人の兵士」として証明するための戦場でもあったのだ。


「……すまねぇ。言葉の使い方、間違えたわ」


虎太郎は真っ直ぐにあさみの目を見返し、潔く頭を下げた。

そこに揶揄も嘲笑もない。


「悪りぃな嬢ちゃん。虎にそんなつもりはねぇんだ。……ここはひとつ、俺に免じて水に流してくれねぇか?」


辰川が穏やかな笑みを湛え、二人の間に割って入った。


「言葉足らずだったかもしれねぇが、虎は嬢ちゃんのことを『プロ』として尊敬して言ったんだ。それは俺が保証する。この特務課にいる連中は、誰も性別や経歴で人を差別しねぇ。互いの腕を信じ、尊敬してる。そんな『はみ出し者』の集まりだからこそ、他の課にはできねぇ仕事ができる……俺はそう信じてるぜ」


包み込むような辰川の言葉に、あさみは毒気を抜かれたように大きな溜息を吐き出した。


「……うん。私も、少し興奮しすぎた。ごめん。昔、女だってだけで理不尽な目に遭ったことがあって。ちょっと神経質になってたかも」


「いや……俺の方こそ、配慮が足りなかった」


「よし、これで解決だ。いいなぁ、若いっていうのは。ぶつかり合う姿も清々しいもんだ」


年長者の辰川が場を丸く収めると、三人は再び並んで窓の外、沈黙を守る銀行へと意識を向けた。


「……動くなら、このタイミングしかないわ」


あさみが短く、決行を告げる。

銀行の奥から響いたあの一発。

それは、犯人たちの強固な『シナリオ』が、内側から崩壊し始めた合図に他ならない。


「司さん、北条さん。こちらラッキーマート組。――『掃除』の時間よ」


あさみの合図と共に、特務課の反撃が静かに、しかし鮮烈に開始された。


「そうね……始めましょうか」


虎太郎、辰川、あさみの三人が交わした言葉を無線で受け止め、司が静かに、しかし断固たる決意で腹を括った。


「悠真くん、銀行のシステムへの『道』は開けている?」


「いつでも良いよーん。僕の指先ひとつで、あの鉄の城を丸裸にしてみせるよ」


「志乃さんは、あらゆる逃走ルートを再予測。周辺の全パトロールカーに応援要請を」


「了解。ネズミ一匹、この包囲網からは逃がしません」


司令室の空気は、絶対零度の集中力に満たされていた。


「で、どこまで乗っ取る? とりあえず正面シャッターを全開にする?」


「そうね……シャッターの開放、および全フロアのオートロック解除。まずはそこからよ。あさみ、聞こえてる?」


『もちろん!』


「合図があったら、あなたの判断で最短ルートから突入して。犯人は長物を持っているわ、慎重に」


『私を誰だと思ってるのよ? 大丈夫、弾丸より先に私のナイフが届くわ』


「それから、辰川さん……」


『わかってる。煙幕と閃光弾フラッシュバンで、ロビーを極彩色の地獄に変えてやるよ』


司が次々と放つ指示。それは各員の特性を極限まで引き出す、特務課という「精密機械」の設計図だった。


「虎太郎くんは……いつも通り。あなたの『野生』に従って動いて」


『え? また丸投げかよ……』


「あなたの直感は、特務課にとって最も予測不可能な武器なのよ」


野性的な勘。

それこそが、Fの緻密なシナリオを食い破る唯一の牙。

そして、司は最後に、現場の核へと語りかけた。


「北条さん。合図(トリガー)は、あなたにお任せします」


『はいよ。了解。……でも、普通に叫ぶと悟られちゃうからね。犯人との対話の中に、合言葉を混ぜることにしようか。そうだねぇ……』


北条は少しの間、沈黙の後に呟いた。


『――「残念だけど、それは無理だよ」。これにしよう』


交渉人にとっての「拒絶」は、通常なら最悪のタブー。

だが、それを血の入れ替え(チェックメイト)の合図に選ぶ。

北条らしい、皮肉の利いた演出だった。


「さて。じゃあ皆、配置について。いつ死神から電話がかかってくるか分からないからね」


北条は、隣に座る稲取たち三人のエースにも、鋭い視線を向けた。


「稲取くん、秋吉ちゃん、古橋くん……そういうわけだ。特務課の背中は、任せたよ」


「……私は、北条さんのバックアップに徹します」


「一課は周辺の封鎖を完遂させる。一歩も外へは出させん」


「SITは、特務課の突入に合わせて即座に第二波として展開します」


それぞれの正義が、一つの目的のために収束していく。

指揮車を降り、再び銀行の正面へと歩き出す北条。

その手には、まだ鳴らぬ受話器が握られていた。


運命の三十分。

その砂時計の最後の一粒が、今、落ちようとしていた。


「あとは、突入のタイミング、だな……」


虎太郎がラッキーマートの窓から、沈黙する銀行を睨みつける。


「狙いは、あの支店長代理がバリケードを崩した正面玄関か?」


「いいえ。あそこからの突入はやめたほうがいいわ」


虎太郎の問いを、あさみは即座に、そして断固として否定した。


「何でだよ。あそこが一番、突っ込みやすそうじゃないか」


「……あんなに開けた場所は、大量の人質を一斉に逃がすのには最適。でも、そこに突入班をぶつければ、パニックになった人質と鉢合わせるわ。混乱の中で人質の身に危険が及ぶ。……突入は、別の場所から」


「別の場所って……どこだよ」


「そこなのよね……」


あさみの脳内で、銀行の構造図が立体的に組み上がっていく。

そこへ、司令室の志乃から鋭い報告が入った。


『特務課各員へ。最上階――ちょうどラッキーマート側の窓が一箇所、突入可能な隙間があります。なぜかそこだけバリケードが甘い!』


「最上階? 六階だろ、なんでそんな高い場所……?」


『おそらく、工作員の手が足りなかったのよ。最も突入の可能性が低い最上階を、犯人は「捨てた」んだわ』


「屋上からの降下突入だってあるだろ?」


虎太郎の言葉に、あさみは冷ややかな視線を返した。


「建物をよく見なさいよ。六階から階段でロビーまで降りれば、物音を察知されてから逃げるまでの猶予を与えてしまう。SITだって、人質の命を考えるならそんな愚かな真似はしない。……犯人はそう踏んでいるのよ」


「なるほどな……」


特殊部隊で培われた実戦知。

あさみは、犯人が「警察ならこう動く」と想定している裏側、その盲点を正確に突こうとしていた。


「……でも、そこしかなさそうね」


突入可能な選択肢は二つ。

隙だらけの正面玄関か、最も遠い最上階の窓か。

あさみは不敵な笑みを浮かべると、背後に控える男たちに視線を飛ばした。


「おじさん、即席の煙幕スモークって作れる?」


「あ? 俺か?」


「ええ。あなた、爆発物のエキスパートなんでしょ?」


「おう……解除専門だがな。まぁ、理屈は同じだ。火薬の配合を変えりゃあな」


「解除ができるなら逆もできる。小さくていい、確実なのを一つ作って。それからアンタ」


あさみが虎太郎を指さす。


「店内のカーテンを繋ぎ合わせて、一番丈夫なロープを作って。長さは三メートルもあれば十分よ」


『あさみ、何をさせるつもり?』


会話を拾っていた司の声に、あさみは迷いなく答えた。


「このままじゃ、あの『F』の思うツボよ。私が先行して、一人で突破口を作る。表にはSITも待機してるんでしょ? 私が内部で合図を出した刹那、奴らに一気に踏み込ませる。それが一番確実で、死者を出さない方法よ」


『そんな……危険すぎます、あさみさん!』


志乃の悲鳴のような制止に、あさみは唇の端を吊り上げた。


「大丈夫よ。日本の立てこもり事件を研究したけど、どれも海外ほど過激じゃない。どの国の犯人よりも、自分勝手で我が身可愛さに動くのが日本の犯罪者。――そこには、必ず付け入る隙がある」


あさみの瞳に宿るのは、圧倒的な自信。

特務課の「新兵」は今、その真価を証明するために、六階の窓から「死神」の懐へと飛び込もうとしていた。

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