北条の思惑②
警察側に対処の余地を与えない、Fの非情な宣告。
凶悪犯の釈放など国家の威信にかけて許されることではない。
だが、このまま沈黙を続ければ、銀行内の人質たちは一人ずつ、機械的に「処分」されていくことになる。
それもまた、警察として、そして人間として許されることではなかった。
「どうにか、攻勢に転じたいねぇ……」
北条が両手を組み、深く考え込む。
周囲を囲む警察車両。
一課のエースたちが四人も揃っていながら、この「密室」をこじ開ける決定打は未だ見つからない。
「うーん、どうする? 司ちゃん……」
北条は、無線を通じて特務課の司令塔に助けを求めた。
『……こんな時のための特務課。そうでしょう、北条さん?』
司の声に、狼狽の気配は微塵もなかった。
彼女はすでに、この三十分という短時間で、戦況を物理的に書き換えるための準備を終えていたのだ。
『北条さん。手元のモニターに映像を飛ばすわ』
「映像?」
『ええ。これを見れば、中の様子が分かるわ』
司の言葉と同時に、指揮車内のサブモニターがノイズと共に覚醒した。
映し出されたのは、本来なら鉄のシャッターに閉ざされ、闇に包まれているはずの銀行内部だった。
「……これ、銀行の窓口周辺か?」
「そう。防犯カメラの映像だけ、こっそりハッキングして見られるようにしたよ。内部の回線を直接叩いてるから、犯人がモニターをチェックしてても気づかないっしょ」
司に続き、悠真が自慢げに付け加える。
「すごいねぇ……。これで中の様子が「視える」。後手に回らなくて済むかもしれないよ」
北条はモニターを凝視した。
ロビーには、目隠しをされ、手足を拘束された人質たちが一塊になって震えている。
自力での脱出は絶望的だ。
そして、その前方――。
「……あー、あれが犯人だね。あれだけしっかりと見張られていると、何かしようとした瞬間に『ズドン』だ」
ライフルを構え、落ち着きなくフロアを徘徊する人影が一つ。
北条は忌々しげに舌打ちをした。
だが、その鋭い観察眼は、ある一点を見逃さなかった。
(……なんだか、違和感を感じるんだよねぇ)
モニターの中の犯人の身のこなし。
それはどう見ても、血気盛んな、あるいは焦燥を隠せない「若者」のそれだった。
電話越しに、深みのある敬語で知略のチェスを仕掛けてくる、あの『F』の落ち着き払った声とは、どうしても重ならない。
「相当なオジサマ声の若者……なんてね。笑えない冗談だ」
この謎は、早めに解明しておかなければならない。
北条の直感が警鐘を鳴らしている。
彼がこうした『引っ掛かり』を感じる時、それは常に事件の核心を貫く重要な鍵となっているからだ。
「さて……犯人が持っているあの銃火器さえ無力化できれば、一気に人質を解放できるのにねぇ。夕ちゃん、銀行の見取り図はあるかい?」
「え? えぇ……ここに」
秋吉から受け取った設計図を、北条は車内のデスクに広げた。
その指先が、銀行の構造と、防犯カメラの死角をなぞっていく。
「さぁ……一生懸命考えようか。この三十分を、彼らが後悔する三十分にするために」
北条の瞳に、交渉人の穏やかさではない、獲物を追いつめる「猟犬」の光が宿った。




