検視結果
「死因は、薬物による中毒死だったッス。外傷はなし。傷痕は、右腕の正中静脈に注射痕がひとつだけ……。これは、シロウトが見てもまず気付かないレベルの職人技ッス」
司令室に検視報告を持ち込んだのは、特務課が信頼を寄せる解剖医・桜川雪だ。
『きちんとしていれば』誰もが振り返る美女なのだが、よれよれの白衣にボサボサの髪、顔を半分覆うような瓶底メガネが、彼女の「女」を完全に封印している。
「おー、雪ちゃん。お疲れさん! 頑張ったご褒美に、今度美味いもんでも食べに行こうよ」
北条がいつもの調子でからかうと、雪は耳まで真っ赤にして俯いた。
「い、いや……自分、仕事めっちゃ溜まってますから。……また今度ッス!」
「ざーんねん。じゃ、そのうち暇になったらね。……それで、肝心の『中身』は何だったんだい?」
北条の瞳が、ふっと刑事のそれに切り替わる。
「テトロドトキシン……っす」
「テトラ……なんだって? 呪文かよ」
横から報告書を覗き込んだ虎太郎が、慣れない単語に眉を寄せる。
「テトロドトキシン。フグ毒だよ、虎。……雪ちゃん、ホトケさんはフグでも当たったのかい?」
北条の問いに、雪は無機質な首振りで応えた。
「いえ……胃の内容物は、主にパンケーキっす。……おそらくパンケーキの専門店かどこかで犯人と接触し、その後に殺害された……というのが有力っすね。それと、もうひとつ」
雪が資料を捲る指が止まる。
「睡眠薬が出てます。眠らされて、抵抗できない状態でテトロドトキシンを流し込まれた……。殺害方法は極めて計画的で、冷酷っす」
「うーん、酷いことをするねぇ……」
北条が吐き出した溜息に、司令室の空気が重く沈む。
「……報告は以上ッス。自分、失礼するッス」
雪は足早に、逃げるように司令室を後にした。
「わざわざ睡眠薬を飲ませるってことは、顔見知りか、あるいは……。よし、被害者の身元、大急ぎで洗わなきゃな」
北条が動き出そうとした瞬間、正面の大型モニターに鮮やかな顔写真が映し出された。
「被害者は長島綾、二十三歳。都内のショッピングモールでサービスカウンターに勤務していました」
志乃の淡々とした、しかし完璧な仕事に、北条が感嘆の声を漏らす。
「志乃ちゃん、相変わらず早業だねぇ。どうやって見つけたんだい?」
「ちょうど捜索願いが出ていたんです。同居している恋人から。二日経っても帰ってこないから、心配でたまらない、と」
「タイミングが良いのか悪いのか……。じゃあ、その彼氏さんに教えてあげなきゃいけないね。彼女に何が起きたのかを……」
北条の声には、やるせない響きが混じっていた。
一人の若者の日常が、毒物とカミソリによって無残に引き裂かれた事実。
「彼氏さんに連絡を取って。……それから、親御さんにも。会わせてあげよう」




