作戦開始
「いつでもいけるよ。……司さん、どうする?」
司令室では、悠真がキーボードの上に指を遊ばせながら司の指示を待っていた。
銀行のメインシステムへのハッキング。
その「禁断の扉」を開ける準備は、すでに整っている。
「もう少し待って。北条さんから何らかの合図があるはずよ。それを待ちましょう」
「私は犯人の逃走経路を算出。周辺各署に検問のポイントを通達する準備を終えました」
志乃もまた、銀行周辺の地形と建物の構造を完全に把握し、ネズミ一匹逃がさない網を広げていた。
「OK。こちらの準備は万端ね。……今回の事件、些細なタイミングのズレが致命的な崩壊に繋がる。そんな予感がするわ。目的はあくまで、生存している人質全員の奪還よ」
司は腕を組み、モニターを見つめる。
各部門のエキスパートを揃えた特務課をしても、一歩間違えれば死者が出る。それほどまでに、犯人Fが描いた『シナリオ』は隙がない。
(――あらかじめ計画されていたものだとしたら、あまりに恐ろしい犯罪者だわ。もし彼が誰かに操られているのだとしても……実行犯が共感し、命を賭けるだけの「何か」がそこにはある。過去の犯罪者の釈放要求。これは単なる強盗ではなく、明白なテロ行為ね……)
司が事件の深淵を推理し、小さく呟いたその時だった。
『ねぇ。私のこと、忘れてない?』
無線から、不満げで鋭い声が飛び込んできた。
「ちゃんと覚えているわ。その時が来たら、思う存分活躍してもらうわよ、あさみ」
『その時っていつよ……。まぁいいわ。私も「適当なポイント」で待機してるから。突入指示、待ってるわ』
「適当なポイント……?」
司が眉をひそめた瞬間、志乃がモニターの一部を拡大した。
そこには、銀行の真裏にあるスーパー『ラッキーマート』の屋上で、夜風に髪をなびかせながら立つあさみの姿があった。
「え……」
司は息を呑んだ。
あさみの身体能力を最大限に活かすための突入最短経路。
志乃がデータから割り出していたポイントこそが、まさにそのラッキーマートの屋上だったのだ。
銀行とスーパーは隣接している。
特殊部隊の身体能力があれば、屋上から銀行の三階窓へ飛び移ることは十分に可能だ。
だが、司も北条もその指示をあえて出さなかった。理由は一つ。
(――窓の内側には、バリケードがある。飛び込んだ瞬間に弾き返されれば、そのまま転落死する危険があるから……)
しかし、あさみはそれを承知の上でそこに立っている。
(指示されるまでもなく、最適解を自分で見つけ出すなんて。……流石ね)
現場の「猛犬」たちが、それぞれの持ち場で唸りを上げている。
デジタルな目隠し、心理的な揺さぶり、そして屋上からの強襲。
「命の価値」を巡る戦いは、いよいよ一秒の狂いも許されない実行フェーズへと突入する。




