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SEVEN~警視庁特務課~  作者: 桂木 京
第4話:命の価値

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7人目の捜査官

「立て籠もると同時に、すべてのシャッターを完全閉鎖……。考えたわね。内部の視界を遮断されたまま迂闊に突入すれば、人質の命を投げ捨てるようなもの。狙撃班も照準が絞れない。……相手の目的は、純粋な交渉?」


モニターに映る無機質な鉄の塊と化した銀行を見つめ、司が神妙な面持ちで独りごちた。


「厄介だねぇ。あちら側には、なかなか賢い『軍師』がついているみたいだ」


北条も、滅多に出会わない狡猾な手口に、眉間に深い皺を寄せる。

その時だった。


「何もさ、大勢で正面から突入する必要なんてないでしょ。一人潜り込んで、内側から切り崩せばいいじゃない」


司令室に、鈴を転がすような、しかし芯の強い女性の声が響いた。


「おいおい、ここは部外者立ち入り禁止だぜ。事件は遊びじゃ――」


「……遅かったわね、あさみ」


虎太郎が遮ろうとした瞬間、司がその名を呼んだ。


「へ?」


「おや、これはまた、とびきりの美人さんじゃないか。司ちゃん、お友達かい?」


呆気にとられる虎太郎。

北条は鼻の下を伸ばしながらも、その女性が纏う「プロの殺気」に目ざとく気づいた。


「彼女が、特務課最後のメンバーよ。富永あさみ。この課での役割は――『工作員エージェント』」


「工作員……?」


あさみと呼ばれた女性は、すらりと伸びた細い手足に、モデルのような均整の取れたスタイルを誇っていた。

一見すれば、戦場とは無縁の華やかな容姿。

だが、その瞳には凍てつくような冷徹さが宿っている。


不意に、あさみが虎太郎の鼻先まで距離を詰めた。


「……あんた。歳は?」


「あ? 俺は二十四だけど……」


「私は二十三。一つ二つ上だからって、先輩風吹かせないでよね。……『あっち』じゃ、年齢より実績がすべてだったから」


「……あっち?」


「あさみはフランスの特殊部隊に所属していたのよ。そこで受けた実戦訓練の質は、うちの機動隊でも太刀打ちできないレベルよ。特に対人制圧術に関しては、彼女の右に出る者はいないわ」


司の紹介に、虎太郎は唖然とするしかなかった。


(司令、一体どんな人脈持ってるんだよ……。各ジャンルのバケモノを、よくもこれだけ集められたもんだぜ)


「これで、ベストメンバーが揃ったわ。私を含めた七人の特務課。……志乃、要請は?」


司の号令と共に、部屋の空気が一気に張り詰める。


「入電、来ました! 捜査一課・稲取課長からです」


志乃が鮮やかな手つきでヘッドセットを装着した。


「応援要請です。付近住民の完全退避の指揮。そして――北条さん。あなたを『ネゴシエーター(交渉人)』として、最前線に呼びたいそうです」


全員の視線が、饅頭を飲み込んだばかりの北条に集まる。


「はいよ。……りょーかい」


北条は立ち上がると、コートの襟を正し、いつもの飄々とした、しかし底知れない笑みを浮かべた。


伝説の刑事と、フランス仕込みの工作員。

静かなる知略と、鮮烈なる武力が、東京中央銀行へと解き放たれる。



「それでは、早速急行しましょう。志乃さん、悠真くんはここに待機。情報の集約と整理をお願い。辰川さんと虎太郎くんは稲取課長と合流して、現地の安全確保を優先。あさみは……」


司が、戦闘服に身を包んだあさみを見つめ、一瞬だけ間を置いた。


「当然、現場よね? いざとなったら独断で突入しちゃうけど?」


「いいえ、その判断は北条さんに任せるわ。北条さん……交渉と同時進行で、潜入および人質解放の『作戦指揮』を……執れますか?」


その言葉に、室内の空気が凍りついた。

通常、ネゴシエーター(交渉人)は犯人との対話に全神経を注ぐものだ。

他の一切の雑音を排除して挑まねばならない極限の心理戦。そこに作戦管理まで並行させるなど、常識ではあり得ない。


「おいおい司令……北条さんは交渉人だぞ。他に仕事を振るなんて、そんな無茶な……」


虎太郎が堪らず声を上げる。

だが、司は虎太郎の懸念を制し、真っ直ぐに北条の瞳を射抜いた。


「……どうですか、北条さん」


北条は、湯呑みを置いてゆっくりと立ち上がると、司に柔らかな笑みを向けた。


「りょーかい。多分、稲取くんが顔を真っ赤にして文句を言うだろうけど……司ちゃんの『命令』だ。そっちを優先させてもらうよ」


「ありがとうございます」


二人の間に流れる、言葉を超えた信頼の重み。

あさみだけが、納得がいかない様子で司に食ってかかる。


「ちょっと! さすがに私も分かるわよ。ネゴシエーターに現場指揮までさせるなんて自殺行為よ。無茶だわ!」


「あさみ。あなたにはこの事件の『急所』を担ってもらうつもりよ。そのためには、北条さんの眼が必要なの。……北条さん以外の人間が立てた作戦では、あなたは生かせない。死なせるわけにはいかないの」


司の冷徹なまでの冷静さが、あさみの反論を封じ込める。


「……このオジサン、そんなに凄いの?」


あさみが疑り深い視線を向けると、北条はネクタイを整えながら少しだけおどけてみせた。


「凄くはないよ。……ただ、人より少しだけエレガントなだけさ」


「各員、直ちに配置について。私は『別の手配』を済ませてから合流するわ」


司の号令が響き、メンバーたちは瞬時にそれぞれの獲物を求めて動き出した。


三十分後――。

台東区、東京中央銀行前。


「あらぁ……。本当に何も見えないねぇ。これじゃあ覗き見もできない」


「こんな鉄の箱の中で、本当に人質を無事に救い出せるのかよ……」


現場に到着した北条と虎太郎が、巨大な鉄格子のようになったシャッターを見上げる。

周囲はすでに機動隊と野次馬、そして報道陣の喧騒に包まれていた。


「えーと。稲取くんは、どこかな……」


北条が人混みを掻き分け視線を巡らせると、少し離れた場所に停車した大型の指揮車両が目に留まった。


「あれだね。……虎、行くよ。僕たちのステージの始まりだ」


「お、おう……。わかってるよ」


北条の足取りは、これから死線を潜る人間とは思えないほど軽やかだった。

だが、その後を追う虎太郎は見た。

北条が車両へ向かう一瞬、その瞳が鋭利なナイフのような


「ネゴシエーターの眼」に変貌したのを。


特務課、本格介入。

『命の価値』を巡る、最も長く、最も静かな戦いが幕を開ける。

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