新たな事件
中山の爆弾事件から、二ヶ月が過ぎようとしていた。
「……あーあ。あれから、特に大きなヤマもねぇ。平和すぎて欠伸が出るぜ」
「そうだねぇ。だがね虎、それがいちばん望ましいことなんだよ」
特務課の執務室。
虎太郎のぼやきに、北条が湯呑みの緑茶を啜りながら穏やかに応える。
本来、特務課は有事の際に稼働する特殊機関だ。
都内が静穏であれば、メンバーは各部署の「便利屋」として駆り出されることになる。
「辰川さん、応援要請です。近所の小学校から防犯指導のヘルプが」
「あぁ? 生安(生活安全課)はそんなに人手不足なのかよ全く……。はいよ、行ってくらぁ」
慣れた手つきで装備を整え、辰川が部屋を出ていく。
「昨日は交通整理、一昨日は会計課の伝票処理……。俺たち、いつから何でも屋に転職したんだ?」
椅子をギシギシと鳴らし、虎太郎が天井を仰いだ。
その向かい側で、北条が饅頭を頬張りながら笑う。
「特務課が暇だということは、この街が平穏だという証拠さ。君もこの穏やかな時間に慣れることだねぇ」
北条自身、ここ数日は警察学校の臨時教官や幼稚園での指導など、文字通り東奔西走していた。
「でもね虎太郎くん、仕事をしないとお給料は入ってこないよ。さぁ、君の今日の『任務』は……」
志乃がキーボードを叩き、スケジュールを確認しようとした、その時だった。
『入電!! 銀行強盗事件が発生! 場所は――』
署内を切り裂く緊急放送。
その瞬間、部屋の空気が一変した。
「はぁ!? 銀行強盗!?」
反射的に立ち上がる虎太郎。
司が志乃へ鋭い視線を送る。
「詳細は?」
「いえ、第一報が入ったばかりで、まだ……」
「――台東区の東京中央銀行だね。ほら、もうシャッターは全閉。行員と客が何人か中に閉じ込められてる。……あぁ、犯人は三人組、かな」
志乃が言葉を繋ぐ前に、悠真が涼しい顔でモニターに映像を映し出した。
「悠真くん、どこでその情報を……」
「ん? SNSのライブ配信と投稿画像を全部洗って、現地の監視カメラをちょっと拝借しただけ。今の世の中、悲しいかな警察に通報するより先に動画を撮ってSNSに上げる人が多いんだよね。おかげで僕には『現場』が丸見えだけどさ」
悠真の指先が、流れるような速さでウィンドウを切り替えていく。
公式情報という「表」を精査し、堅実な計画を組み立てる志乃に対し、悠真はインターネットの深淵、SNS、闇サイトといった「裏」から生の情報を引き抜く。
「……公式発表だけでは、死角が多すぎる。志乃さんに見えない角度の真実を、悠真くんが補完する。特務課の情報収集能力は、今や警視庁のどの部署よりも先を走っているわ」
悠真が提供する「生きた情報」をもとに、志乃が即座に戦術マップを構築していく。
その鮮やかな連携を見て、司は確信した。
このチームは、ただの便利屋ではない。
有事の際、誰よりも早く獲物の喉元に食らいつく「七匹目の猟犬」なのだ。
「辰川さんを呼び戻して。虎太郎くん、北条さん、現行犯よ。直ちに現場へ向かって!」
「了解!!」
虎太郎は、先ほどまでの退屈を吹き飛ばすような勢いで、愛用のジャケットを掴み部屋を飛び出した。
『命の価値』を巡る、新たな事件の幕が上がる。




