豊洲②
一方、豊洲の喧騒の中で、虎太郎と西尾の対話は続いていた。
「……しかし、どうしても腑に落ちない。中山は確かに十年前、すべてを失った。だが、その矛先を辰川に向けるような男じゃない。事件が終結した時だって、『辰川は天才だ。あいつのおかげで救われた命がどれほどあるか』と、誇らしげに語っていたんだ……」
西尾の困惑した横顔に、虎太郎の思考も混迷を極める。
「じゃあ、なんで……。なんで辰川さんにあんな呪いみたいなメールを送って、実際に娘さんまで狙うような真似をしたんだよ」
「それが最大の謎だ。それを解明しない限り、この事件の『本当の姿』は見えてこない……そんな気がするよ」
西尾の呟きが、不吉な予感となって虎太郎の胸に広がる。
その時だった。
『虎、聞こえるか?』
無線から流れる辰川の声は、先ほどまでの怒鳴り声とは打って変わって、酷く静かなものだった。
「辰川さんか? 爆弾は……どうなった!」
『あぁ。処理は終わった。……いや、終わっていたと言うべきか』
「……え?」
『現物を確認したが、ありゃ「爆発しない」爆弾だった。見た目は巧妙だが、信管も火薬も、どこにも繋がっちゃいねぇ。ただ時間を刻むだけの置物だ』
虎太郎は言葉を失った。
中山は、紗良を殺すつもりなど微塵もなかったのだ。
ただ、辰川をこの大学に、娘のそばに呼び寄せたかっただけなのか。
「……中山の居場所は、分かったか?」
「西尾さんの話だと、浅草が一番有力らしい。三人の……始まりの場所だ」
『浅草か……』
無線の向こうで、辰川が深く息を吸い込む音がした。
『虎、俺は浅草に行く。お前は――』
「――行かねぇよ。俺は他の部署の応援に回る。まだ都内に小さな爆弾が残ってるかもしれないんだろ?」
『……なんだと?』
辰川の驚きが無線越しに伝わる。
虎太郎は当然、現場(浅草)への同行を主張するものと思っていたのだ。
「浅草は、辰川さんとその仲間たちの『思い出の場所』なんだろ? だったら俺の代わりに、西尾さんに行ってほしい。三人で……オッサン同士で、腹割って話してこいよ。俺みたいな若造が割り込んだところで、この事件はケリがつかねぇ」
犯人を追い詰め、手錠をかける。
それは刑事の義務だ。
だが、この事件の真の「解毒」は、かつて背中を預け合った三人にしかできない。
虎太郎は、自らの功績よりも相棒の魂の救済を選んだのだ。
『……すまない、虎。恩に着る』
「いいってことよ。……了解。きっちりケリつけてこいよ、相棒」
『あぁ、行ってくる』
無線が切れる。
辰川は大学図書館に到着した応援部隊に「空」の爆弾を託すと、振り返ることもなく、夕刻の光が差し始めた浅草へと車を飛ばした。
隣で黙って聞いていた西尾が、眩しそうに虎太郎を見た。
「……いい相棒じゃないか、辰川も。あいつも、少しは救われただろうよ」
「……うるせぇっすよ。さ、西尾さんも行って。……あいつを、連れ戻してやってください」
虎太郎の背中越しに見送られ、西尾もまた、決着の地へと走り出した。




