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SEVEN~警視庁特務課~  作者: 桂木 京
第3話:恨みの花火

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大学にて

「はぁ、はぁ……!」


辰川は、娘・紗良が通う大学のキャンパスへと滑り込んだ。


「図書館は……どこだ?」


まずは敷地内を鋭い眼光で走らせ、状況を俯瞰する。

一見、いつも通りの穏やかな昼下がりだ。

談笑する学生、木漏れ日、遠くで聞こえる部活の掛け声。

どこにも異常は見当たらない。


(派手な予告でパニックを起こすのが目的じゃない。中山の狙いは、確実に、ピンポイントで紗良を仕留めることだ……!)


紗良の現在地は、図書館。

寄り道をしている暇はない。

辰川は最短距離で標的の建物を見定めるため、近くにいた学生たちのグループへと詰め寄った。


「すまない、警察の者だ。図書館はどこだ?」


ただの中年男性が狼狽えて話しかけても、まともな返答は得られない。

辰川は迷わず胸元から警察手帳を弾き出し、その権威を叩きつけるように示した。


「え……警察?」


「あぁ。至急調べたいことがある。図書館はどっちだ!」


「え……あ、はい。このまま直進した、あの茶色の建物です……」


「助かった、礼を言う!」


辰川は一秒のロスも惜しむように、教えてもらった方向へと地を蹴った。


「……あれか。デケェな、おい」


目の前に現れたのは、市立図書館にも匹敵する重厚な三階建ての大学図書館だった。

この広大な迷宮の中から、中山が隠した「針」を見つけ出さなければならない。


「こりゃ……骨が折れるぜ」


まずは一階のエントランス。

辰川は肺腑の底から声を張り上げた。


「警察だ!! 全員、今すぐこの建物から出ろ! 爆破予告があった。命が惜しければ大至急、退避しろ!!」


静寂を切り裂く怒号に、勉強中だった学生たちが一斉に顔を上げる。


「退避だ退避!! 荷物はいい、今すぐ外へ出ろ!!!」


辰川の鬼気迫る形相に、ただ事ではない空気が伝播する。

学生たちは雪崩を打って出口へと殺到し始めた。


(思ったより人数が多いな。……捜索より先に、まずは掃掃(クリア)が先か)


一階から順に探すつもりだったが、辰川は瞬時にプランを組み替えた。

まずは最上階まで駆け上がって学生たちを追い出し、三階から順に階下へ向かって捜索をかける。


「司ちゃん! 大学に人員を回してくれ! 図書館周辺に完全な境界線(ライン)を敷いて、誰も近づかせるな!!」


『……辰川さん。了解です!』


捜索、発見、そして解除。

もし、自分の技術をもってしても間に合わなかったとき。

その被害を建物内だけに封じ込めるための、司への非情な依頼。


司もその震える声の裏にある決意を感じ取り、各部署へ怒涛の勢いで応援要請を叩き込んでいった。


一階、二階、そして三階。

学生たちが吐き出され、図書館が真の「真空」へと変わっていく。


辰川は誰もいなくなった三階のフロアに立ち、静寂の中に潜む「異音」を聴き取ろうと、神経を研ぎ澄ませた。



一階、そして二階。

辰川の喉を震わせる咆哮が、図書館の静寂を暴力的に上書きしていく。


「警察だ!! 大至急ここから避難してくれ! 危険物が隠されているという通報があった。安全が確認できるまで、申し訳ないが外へ出ていてくれ!!」


警察手帳の金筋を見た学生たちは、ざわつきながらも素直に出口へと足を向けた。


「助かるぜ……。ここの連中が素直でよかった」


今の世の中、危機感を持たない大人ほど厄介なものはない。

避難しろと叫べば叫ぶほど、スマホを構えて野次馬に化ける――そんな現代の憂うべき風潮を、辰川は何度も現場で見てきた。


その点、知識の宝庫に集う若者たちは理性的だった。

それが辰川にとって、唯一の救いだ。


「あとは……三階だけだな」


二階に人影が消えたことを確認し、辰川は階段を駆け上がる。

最後の一室、閲覧室の扉を蹴るように開けた。


「警察だ!! 全員今すぐここから退避してくれ! 危険物の――」


「……パパ?」


「……え?」


鼓膜を揺らしたのは、聞き間違えるはずのない、透き通った声だった。

窓際の席から、驚きに目を見開いた一人の女性が立ち上がる。

辰川の最愛の娘、紗良だった。


「紗良……。ここに、いたのか」


最悪の予感が的中した。

最愛の娘が、もっとも避難に時間がかかる最上階にいる。

辰川の背中に、氷のような悪寒が走った。

服の下は鳥肌だらけだ。

だが、彼は刑事として、そして父として、震えを鉄の意志で抑え込んだ。


「パパ……。どうして、ここに?」


「通報があった。ここに危険物が仕掛けられている可能性がある。大至急、退避してくれ」


「危険物って……。パパが来たってことは、爆弾なの?」


「おう、さすがは刑事の娘だ。察しがいいな」


「ふざけないで! どうしてパパが来たの!? もう爆弾処理班じゃないじゃない!!」


父の身を案じる、悲鳴に近い娘の言葉。

それが、今の辰川には何よりも温かく響いた。


「お前の大学だから、来たんだ。爆処理にいようがいまいが、ここが戦場になるなら俺はどのみちここに立っているさ。……父親として娘を守りたい。当然のことだろう?」


「パパ……」


紗良の背後では、彼女と共にいた友人たちが、震えながらそのやり取りを見守っている。


「さぁ、ここに留まっていたら友達も危険だ。一緒に退避してくれ。なぁに、俺の腕前は、お前が一番よく知っているだろう?」


一刻も早く、ここを「(から)」にしたい。

今回の爆弾は、十年前の再現ではない。

未知の悪意。どんな罠が潜んでいるか予想もつかないのだ。


「……わかった。パパ、気をつけて。危なくなったら、すぐ逃げてね」


「あぁ、約束する。物分かりのいい娘で助かるぜ」


「茶化さないで!! ……じゃあ、行くね」


紗良は友人の手を引き、何度も振り返りながら階段へと消えていった。

パタパタと遠ざかる足音。

やがて、その音さえも聞こえなくなった時、図書館は死のような静寂に包まれた。


「……さて。待たせたな、中山」


辰川は独りごちると、娘が座っていた席の周辺から、死神の心臓部を探すべく視線を鋭く走らせた。



(爆弾は間違いなくこの三階にある。紗良がいた、この場所に……)


刻一刻と、無慈悲に時間は削られていく。

辰川は捜索範囲を三階の閲覧室のみに絞り込んだ。

迷いはない。

犯人が自分に最大の精神的苦痛を与えようとするならば、標的はただ一人、娘の紗良以外にあり得ないからだ。


何より、紗良は犯人――中山と顔見知りなのだ。


(もしここで爆弾が見つかれば……信じたくはなかったが、中山。お前で決まりなんだな……)


本当は、土壇場まで断定を避けたかった。

中山もまた、地獄を見てきた男だ。

十年前の事件で最愛の家族を奪われた『被害者遺族』。

その空虚を、辰川は誰よりも近くで見てきたつもりだった。


中山はいつだって自分に寄り添ってくれた。

何度も自分を呪い、逆恨みした夜もあっただろう。

それでも奴はそれを表に出さず、親友として笑って隣にいてくれた。

それは、ひとえに中山という男の「善性」ゆえだと信じてきた。


「……何で今、なんだよ……っ」


辰川は奥歯が砕けんばかりに歯を食いしばる。

十年前、あの瞬間に罵られ、殴り倒されていた方が、どれほど救われただろうか。


「十年も、独りで苦悩し続けてきたってのか……。何で、俺にぶつけてくれなかったんだよ……!」


親友として接してきた日々が、中山にとっては「蓋をされ続けた地獄」だったのか。

そう気づけなかった自分自身への怒りが、熱い塊となって喉を焼く。


三階のフロアはそれほど広くない。

辰川は迷わず、大型の空調機器へと歩み寄った。


(中山の性格上、解除不能なほど難解な場所には隠さない。なぜなら……)


ゆっくりと、祈るように空調のパネルを外す。


「……中山。お前は根が優しすぎるんだ。完全な悪になりきれないところを、俺は知ってるぜ……」


絶対に見つからない場所には隠さない。

見つかったとしても、解除の手がかり(ヒント)をどこかに残す。

それが、かつて「爆弾処理班の良心」と呼ばれた男の流儀だ。


「畜生……。やっぱり、お前なんだな、中山……」


読み切れてしまった。

自分の指先が、親友の思考をなぞってしまった。

それが、何よりの証拠だった。


「……この爆弾を解除したら、思いっきり語り合おうじゃねぇか。拳の一つでも、食らってやるからよ……」


辰川は震える手で工具を取り出し、慎重に、かつ迅速に爆弾の心臓部へと肉薄する。

剥き出しになった回路。デジタルタイマーの数字は『06:00:00』を示していた。


「六時間……。そんな時間、学生はみんな帰っちまってる。本当に紗良を狙って……あ……」


その時、辰川の視線が爆弾の底面に貼り付けられた「異物」に釘付けになった。


「こ、この爆弾は……っ!」


爆発すれば、図書館どころか校舎の一部を吹き飛ばすほどの大出力。

だが、辰川が気づいたのは、その破壊力ではない。

この爆弾に仕組まれた、あまりにも残酷で、あまりにも「中山らしい」真の目的に戦慄した。

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