豊洲
「ここ、のはずなんだけどな……」
五十分後。
虎太郎は豊洲駅前の指定された場所に辿り着いた。
だが、観光客や買い物客が入り乱れるベイエリアの喧騒の中では、たった一人の人物を特定するのは至難の業だ。
「司令、悪い。やっぱり西尾さんの写真を送ってくれ。この人混みじゃ――」
『――キミが、長塚虎太郎くんだね?』
背後からかけられた、穏やかだが芯の通った声。
虎太郎は反射的に身体を強張らせ、一呼吸置いてからゆっくりと振り返った。 いつの間にか背後に立っていたのは、品の良いジャケットを羽織った初老の男性だった。
「すまない、驚かせたね。この雑踏だ、こちらから声をかけさせてもらったよ」
「あ……いや、すんません。俺が不甲斐ないばっかりに……」
西尾と名乗ったその男は、辰川に送った不敵なメールの文面からは想像もつかないほど、温厚で落ち着いた雰囲気を纏っていた。
「初めまして。西尾だ」
「うす……。特務課の長塚っす」
短い挨拶。
だが、西尾の瞳の奥に宿る鋭い光が、彼がかつて数多の爆発物と対峙してきた「本物のプロ」であることを雄弁に物語っていた。
「さて、歓談している暇はない。結論から言おう。中山は……恐らく『浅草』にいる」
「浅草?」
単刀直入な提示に、虎太郎は眉を寄せた。
「俺と中山、そして辰川の三人は同期でね。警察学校時代からずっと一緒につるんできた。そんな俺たちが初めて、三人で協力して解体した大型爆弾の現場が、浅草だったんだ」
「一番、最初の成功体験……ってことか」
「中山は、辰川と彼の娘……紗良ちゃんを心から大切に想っていた。まるで自分の家族のようにな。しかし、どうしてあいつがこんな道を……」
西尾が苦渋を滲ませる。
その言葉に、虎太郎は引っかかりを感じた。
「え……? そりゃ、十年前の爆破事件で家族を失ったからじゃないんですか? その恨みが、今になって爆発したんじゃ……」
「いや。中山が辰川の娘と親しくなったのは、あの事件の『後』なんだよ。奴は言っていたよ。『俺の家族は犠牲になった。だが、親友の家族は生きている。それは今では何よりも嬉しいことなんだ』とね」
虎太郎は絶句した。
西尾の話が事実なら、これまでの前提が崩れる。
今回の事件の動機が辰川への恨みだとしたら、辻褄が合わない。
「何かのきっかけで、自分の中の黒い心が肥大化したのか。それとも、誰かに唆されたか……。とにかく、私利私欲や逆恨みで親友に牙を剥くような男じゃない。あいつに限って、それだけは有り得ないんだ」
西尾は、テロを引き起こしている今もなお、旧友の「本質」を信じていた。
(じゃあ、何のために中山さんは……? 紗良ちゃんを狙うふりをして、本当は何をしようとしてるんだ?)
虎太郎の脳裏に、最悪のシナリオが浮かび上がる。
もし、この爆破予告そのものが、何らかの「巨大な儀式」の一部だとしたら。
「西尾さん、浅草のどこだか見当はつきますか?」
「あぁ。あいつらの、……俺たちの始まりの場所。雷門のすぐ近くだ」
虎太郎は無線を叩いた。
「司令、聞こえるか! ターゲットの潜伏先、浅草の可能性が大だ。至急、雷門周辺の検問と、中山の足取りを追ってくれ!!」
伝説の三枚看板が交錯した場所へ。
物語は、因縁の終着点へと加速し始めた。




