表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SEVEN~警視庁特務課~  作者: 桂木 京
第3話:恨みの花火

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/124

辰川の力

「ワリィ、待たせた!!」


「いいや、俺も今来たところだ」


台場、フジテレビを思わせる巨大な球体展望台を冠したテレビ局の正面。

虎太郎と辰川は、ほぼ同時にその足元へ滑り込んだ。

ふたりは一瞬だけ視線を交わすと、迷わずエントランスの自動扉を潜る。


「警察の者です。この建物を少し調べさせてほしい」


辰川は流れるような動作で受付へ向かうと、警察手帳の金筋を鋭く閃かせた。


「調べる……ですか?」


「あぁ。不審物に関する有力な情報が入ってね。無いに越したことはないんだが、念のために一通り確認させてもらいたい」


「かしこまりました。……上の者に確認いたします。少々お待ちください」


「あいよ。すまないね」


受付嬢が内線電話で上司と火花を散らすようなやり取りを始めている。

その様子を、今か今かと焦れるように見守る虎太郎。


「……早くしてくれよ、マジで」


「まぁまぁ、虎。いきなり押し掛けたのはこっちだ。気長に待とうや。爆弾処理の極意は平常心。いかに早くホシを見つけたところで、心が急いてちゃ解除なんてできやしないのさ」


辰川は、まるで午後のティータイムを待つかのような落ち着きで佇んでいる。


「でも! 見つけるのに時間がかかったら、その分解除に充てる時間が削られるだろ!?」


「あぁ、理屈じゃそうだな。だが、不思議なもんでね。爆弾ってのは、なぜかいつも余裕をもって見つかるもんなんだ。ホント、これだけは不思議だよ」


辰川の瞳に、焦りの色は微塵もない。


「……辰川さんがそう言うなら、そうなのかな」


これも、積み重ねてきた経験の成せる業なのだろう。

虎太郎は深呼吸をし、高ぶる鼓動を鎮めた。

辰川を見ていると、不思議と「この人なら大丈夫だ」という絶対的な安心感が湧いてくる。


「お待たせしました。――是非とも調査をお願いしたい、とのことです」


ほどなくして、受付嬢が一枚のメモを差し出した。


「何か異常があった際は、こちらへ直接お繋ぎください。責任者の小林が対応いたします」


そこには『室長・小林』の名と、個人の携帯番号が記されていた。


「内線じゃなく直通を渡してくるとはね。警察の捜査が何たるかを分かってる。ありがたくいただくよ」


辰川はメモをポケットにねじ込むと、その眼差しを鋭い「猟犬」のものへと変えた。


「さぁて、始めるぞ。犯人のメールからして、空振りはあり得ない。この局のどこかに、それなりの規模の『花火』が隠されているはずだ。一秒でも早く、根元までたどり着くぞ」


「……おう」


爆弾捜索は初めてだ。見つけたところで自分には触ることすらできない。

だが、それは容赦なく人の命を奪い、街を灼く鉄の塊。

虎太郎の身体を、鋭い緊張が貫く。


「大丈夫だ。俺がついてる」


虎太郎の硬直を察した辰川が、力強くその背を叩いた。


「おかしなものを見つけたら、すぐにスマホで撮れ。それから無線で報告。……それだけでいい。分かったか?」


「……了解っす」


その手の温かさが、虎太郎に一歩踏み出す勇気を与えた。

テレビ局という巨大な迷宮。

その深淵に潜む死神を求めて、二人の捜索が始まった。


虎太郎は東、辰川は西。

一階から順に、迷宮のようなテレビ局内を這うように捜索していく。

会議室、資料室、スタジオの裏側。

張り詰めた静寂の中、虎太郎の野生の勘が、一箇所の「不自然」を捉えた。


「こ……これか?」


一階と二階を繋ぐ踊り場の奥、ひっそりと佇む機械室。

その重い扉の向こうに、複雑なリード線が這い回る大型の「死神」が鎮座していた。

虎太郎は即座にスマホで撮影し、辰川へと飛ばす。


「辰川さん! 見つけた、東側の機械室だ。これ……相当デケェぞ!」


『分かった、すぐに行く! その場に誰も近づけるな。最悪の事態を想定して、被害を最小限に食い止めるぞ』


「了解!!」


辰川が西側から疾走する間、虎太郎は内線で室長室へ連絡を叩き込み、東側階段の完全封鎖を指示した。


『都内各地でも、いくつか小規模な爆弾が発見されています。そちらには現役の爆弾処理班が随時出動、対応に当たっています』


志乃の声が無線を震わせる。


「そうか! 爆処理が動いてくれてるなら、これ以上心強いことはない。こっちはこっちで、目の前のゴミを片付けるぞ!!」


西側の廊下を突き進みながら、辰川の胸には微かな希望が芽生えていた。

十年前とは違う。

自分一人ではなく、警視庁という巨大な組織が、そして特務課という仲間が有機的に機能している。

犯人がいかに悪意を撒き散らそうとも、この連携の力で根絶してやる。


だが、その希望は、志乃の次の一言で凍りついた。


『……豊洲で、大型の爆弾が発見されたそうです。処理班は二箇所の同時解除に人員を割かれており、豊洲に到着できるのは、最短でも二時間後……』


「――なんだと?」


大型の爆弾は、ここ台場と豊洲の二箇所。

だが、処理班の精鋭たちが既に他の「中型」に拘束されている以上、豊洲は実質的に「無防備」のまま放置されることを意味していた。


「ちっ……。とにかく、俺たちはこっちを急ぐぞ! 虎、着いたぞ!!」


辰川が機械室に滑り込む。

虎太郎の横をすり抜け、目の前の爆弾を凝視した瞬間、彼の表情から余裕が消え失せた。


「……おい志乃ちゃん。豊洲の爆弾、タイマーはあと何時間だ?」


辰川の額に、脂汗が滲み出る。

その尋常ではない様子に、虎太郎も息を呑んだ。


『――三時間四十五分』


志乃の宣告が響くと同時、辰川は床を力任せに殴りつけた。

硬いタイルに拳が叩きつけられる音が、機械室に虚しく反響する。


「……無理だ。俺たちは行けない」


「な、何言ってんだよ辰川さん。こいつを片付けて、それから豊洲に……」


「解除に三時間だ」


辰川の声は、冷徹なほどに絶望を帯びていた。


「この構造、この罠の数……。完璧にバラすには三時間は要る。豊洲までの移動、そしてあちらの解除時間を考えれば……物理的に間に合わない」


「な……マジかよ……」


三時間四十五分後の豊洲の惨劇を、ただ指をくわえて待つしかないのか。

二人は、赤く光るデジタルタイマーが刻む「死のカウントダウン」を、ただ呆然と見つめることしかできなかった。


「辰川さん、メールです!」


志乃の鋭い声が、呆然と立ち尽くしていた辰川を現実に引き戻した。


「犯人からか?」


『おそらく……。アドレスは偽装されていますが、このタイミングなら間違いありません』


「転送してくれ」


即座に手元の端末が震える。

画面を睨みつけた辰川の顔が、怒りでどす黒く変色していった。


―――『無能な過去の英雄よ。時には命の選別も必要だ。 どうしても全ての命を守れない時、優先すべき命を選択することもまた、正義には必要なプロセスだった。お前はその選択を誤ったのだ。 残された者の苦しみと悲しみ、その身に刻んで味わうがいい』―――


「命の選別だと……? ふざけやがって……!」


辰川の拳がわなわなと震える。

十年前、彼が救えなかった命。

それを引き合いに出し、再び「どちらかを捨てろ」と迫る犯人の底知れない悪意。


「志乃さん! 他に爆弾を扱える奴はいないのか!? 爆処理以外に、隠れたスペシャリストとかよ!!」


虎太郎が叫ぶが、志乃は苦渋の沈黙を返すのみだ。


『うーん、ダークウェブの爆弾マニア共のサイトを片っ端から洗ってるけど、こいつらは「語る」専門だね。実物を目の前にして腰を抜かさない奴なんて、そうそういないよ』


悠真もキーボードを叩く手を止め、深くため息をついた。


「手詰まり、ってことかよ……っ!」


虎太郎が壁を蹴り、悔しさを爆発させた、その時だった。

懐のスマートフォンが、けたたましく震え出す。

表示された名前を見た瞬間、虎太郎の表情に希望の光が差した。


「北条さん……!?」


『……悪いねぇ。なかなか体調が戻らなくてさ。歳はとりたくないもんだよ』


受話器の向こうから聞こえる、いつもの飄々とした、しかし絶対的な安心感を湛えた声。


「北条さん! もしかして、あんた爆弾処理できるのか!?」


『ううん、ムリ』


「お、おぉ……」


即答だった。

期待した自分が馬鹿だったかと肩を落とす虎太郎に、北条は不敵に笑う気配を見せた。


『でもね、あっちに応援を依頼しておいたよ。民間人だから、後で司ちゃんに特大の始末書を書かされるだろうけどねぇ』


「民間人だって? 北条さん、そりゃまずいだろ! 今、悠真ともそんな話をしてたばかりで……」


虎太郎が食い下がろうとした瞬間、今度は辰川の端末が短い着信音を鳴らした。

画面を覗き込んだ辰川の目が見開かれ、次いで、長く重い溜息とともに、その唇に不敵な笑みが戻った。


「……大丈夫だ、虎。北条がよこした応援は、民間人でも『最強の助っ人』だ」


辰川が差し出した端末の画面には、かつての戦友の名が刻まれていた。


―――『豊洲は任せろ。この西尾様がチャチャっと片付けておいてやる。辰川、お前は自分の持ち場に全力を注げ。事件が終わったら、特上の焼肉でも奢れよな!』―――


「西尾……あの、西尾さんっすか!? 元・爆処理の!」


虎太郎が驚愕の声を上げる。


西尾。

かつて辰川とともに警視庁爆弾処理班の双璧と謳われた男。

ある事情で警察を去り、今は野に下っているが、その腕前は辰川自身が「あいつの方が一枚上手だ」と認めるほどの天才だ。


「あぁ。あいつがいれば豊洲は安泰だ。……十年前、俺たちが背中を合わせて戦った時以来だな」


辰川の唇に、今日初めての不敵な、そして晴れやかな笑みが戻った。


『志乃です。豊洲付近の防犯カメラに西尾氏の姿を確認。……相変わらず、許可も取らずに立ち入り禁止区域を突破して現場に潜り込んでいます。まさに、ルール無用の職人ですね』


志乃の声にも、どこか安堵の色が混じる。


「よし……。司、志乃! 豊洲の現場は西尾に完全委託だ。あいつは警察のやり方じゃ動かねぇ。好きにやらせてやれ。その代わり、外野に邪魔だけはさせるなよ!」


辰川の指示が飛び、バラバラだったパズルのピースが「勝利」の形に組み上がっていく。


「さあ、虎。俺たちはここでこのデカブツを仕留めるぞ。……三時間だ。十年前の落とし前、今度こそ完璧につけてやる」


「おう!!」


虎太郎は力強く頷いた。

過去の亡霊が仕掛けた「命の選別」。

それを、かつての仲間たちが手を取り合うことで真っ向から否定する。


台場の機械室、そして豊洲の海風の中。

二人の天才による、史上最大の解体ショーが幕を開けた。


北条から虎太郎への電話とほぼ同時に、辰川の端末が震えた。

そのメールを一読した辰川の(かお)から、それまでの迷いが消える。


「よーし虎、こっちの解除に全神経を注ぐぞ。準備だ!」


「……本当に大丈夫なのかよ? 民間人なんだろ、あっちの応援は」


虎太郎の懸念はもっともだった。

爆発物という「死」を前にして、素人に何を任せられるというのか。

だが、辰川は不敵な笑みを浮かべ、愛用の道具を広げた。


「あぁ、民間人さ。『今は』な」


「今は……?」


「西尾は、かつて俺と同じ爆弾処理班にいた男だ。俺、西尾、そして中山の三人は、当時の爆処理でもトップクラスの処理率を誇る『黄金の三枚看板』だった。……自慢するつもりはねぇが、西尾がやると言ったなら、豊洲は安心だ。あとは俺がここでやらかさなきゃいい。それだけだ」


絶対的な、背中を預けられる信頼感。

辰川の横顔から焦燥が消えたのを見て、虎太郎もようやく昂ぶる心音を鎮めた。


(辰川さんがあそこまで言うなら、きっと大丈夫だ。……でも)


虎太郎の胸の奥に、(とげ)のような違和感が残った。

『命の選別』という犯人の言葉。

十年前、エース級の三人が揃いながら、それでも間に合わなかった場所があるということか。いや、それどころか――。


「……なぁ、志乃さん。十年前の事件、俺に分かりやすく教えてくれねぇか?」


無線越しに志乃を呼ぶ。


「当時の被害者リスト、現場、タイムライン……分かる限りのデータを全部、俺に飛ばしてほしい」


『……分かった。できるだけ簡潔にまとめて送るわ』


辰川が爆弾の前に鎮座し、死神の心臓部へメスを入れる準備を整えた頃、虎太郎の端末が震えた。


「虎太郎くん、送ったわ。事件概要、発生時刻、地点別の被害者一覧、当時の捜査地図……すべてまとめてある」


「サンキュー、志乃さん。助かる!」


虎太郎は、辰川の解体作業を見守りながら、画面に並ぶ文字列を貪るように読み始めた。


「……すっげぇ事件だったんだな……」


思わず声が漏れる。十年前の悪夢。

都内二十二箇所に仕掛けられた爆弾。

犯行声明があったのはそのうちの十二。

残りの十箇所は、何の前触れもなく無慈悲に牙を剥いた「沈黙の死神」だった。


「十年前の事件を調べてるのか?」


リード線をピンセットで分ける繊細な作業をしながら、辰川が問いかけた。


「あ、悪い……辰川さんの解除の邪魔だったか」


「構わねぇさ。解除は俺一人でいい。虎、お前は退避しててもいいんだぞ?」


「いや。俺はここで調べ物をしとく。……もしかしたら、何かが繋がってるかもしれない」


今回の事件は、単なる模倣ではない。

虎太郎の直感が告げていた。

この「台場」と「豊洲」に隠された真の意味。

そして、十年前の惨劇の中にこそ、今この瞬間も街を焼き尽くそうとしている犯人の「本当の動機」が眠っているのだと。


静まり返った機械室。

電子音の刻むリズムと、辰川の集中した呼吸音。

そして、過去のデータを捲る虎太郎の指先。

二つの世代の刑事が、それぞれの戦い方で、見えない犯人の影を追い詰めようとしていた。


パチン、パチン。 静寂な機械室に、ニッパーがリード線を断つ乾いた音だけが響く。


その手捌きは、爆発物の知識がない虎太郎の目にも、芸術的な領域にあることが分かった。

迷いがない。

指先がまるで思考を持っているかのように、複雑怪奇な回路を解きほぐしていく。


「……すげぇな。素人の俺が見てても分かる。あんた、やっぱり本物のスペシャリストだ」


「まぁな。昔はこれで飯を食ってたからな。引退してからは、ただの記憶のゴミだと思っていたが……」


「ゴミなわけあるかよ。こうして今、何百人もの命を守ってるんだ」


「まぁ……『この場』は、な」


辰川の言葉の端に滲む、暗い影。

虎太郎はその違和感を逃さなかった。

手元の端末に表示された、十年前の捜査資料に目を落としながら、辰川の背中に耳を澄ます。


「爆弾処理ってのは、残酷な足し算引き算だ。一人の処理班が、一つの爆弾にかかりきりになっている間、他の場所で秒針は進み続ける。俺たちの手は二本しかない。目の前の『一つ』しか救えないんだ。理不尽だよなぁ……」


パチン。

また一本、重要な回線が切断される。


「もしかして、十年前……」


「あぁ。俺が一つに夢中になっている間に、別の場所で、より巨大な『花火』が上がった。……その爆発で、多くの人が死んだ。その中には、同じ爆弾処理班の仲間の家族もいたんだ」


台場の爆弾解除は、予定の半分、一時間半で終わりが見えようとしていた。

今の辰川の技術は、神業と呼ぶに相応しい。

だが、その背中には、「あの時、この技術があれば」「あの時、違う場所を選んでいれば」という後悔が亡霊のように張り付いている。


「もし……俺があの時、場所を見誤らなければ。友の家族は死なずに済んだ。もっと被害を減らせたかもしれない……」


「でも、辰川さんがそっちに行っていたら、今日俺たちが守ろうとしているこの場所のように、別の人たちが死んだ。別の誰かの大切な家族が死んだ」


「虎……」


虎太郎は端末から顔を上げ、辰川の背中を睨みつけた。


「同僚の家族が亡くなったのは悲しいことだ。けど、それは辰川さんのせいじゃねぇ。手は二本しかねぇんだ。あんたはやるだけのことをやった。……最も憎むべき相手を、間違えちゃいけねぇ」


虎太郎の脳裏に、十年前の惨状と、今の犯人の悪意が重なる。


「……自分を責めるなよ。人を殺したのは、解除した人間じゃねぇ。爆弾を設置して、起爆させた犯人だ」


「……ッ!!」


辰川の手が、一瞬止まった。

振り返ったその瞳に、驚きと、そして光のような感情が宿る。


(ふっ……。こんな若造に諭されるとはな……)


「命の選別」などという犯人の言葉に、まんまと心を縛られていたのは自分の方だった。

辰川は、目の前の虎太郎という男が、ただの若手から、かけがえのない「相棒」へと変わっていくのを実感していた。


「……サンキュ、相棒。目が覚めた」


「……おう。さっさと解除して、次に行こうぜ。犯人はまだ笑ってやがるんだ」


辰川は再び爆弾に向き直った。

その指先からは、もう迷いは完全に消え失せていた。


「……よし、解除完了だ」


最後のリード線を断つと、デジタルタイマーの赤い光がフッと消滅した。


「おぉ……! 予定より一時間も早いじゃねぇか!」


台場・テレビ局機械室。

辰川は額の汗をぬぐい、深く息を吐き出した。

当初三時間と見積もられた作業を、わずか二時間強で完遂したのだ。


「模倣……いや、これは『複製コピー』だ。配線のクセ、火薬の調合、信管の種類……何もかもが十年前の爆弾と寸分違わず同じだ。構造さえ分かっていれば、解除は造作もない」


「さすがだな、辰川さん。……でも、さ」


虎太郎の脳裏に、鋭い違和感が鎌首をもたげる。


「十年前の爆弾の設計図って、一般に公表されたのか?」


「……え?」


「だって、そうじゃなきゃおかしいだろ。ネットのマニアが想像で作れるレベルじゃねぇ。完全に同じものを作るには、設計図が必要だ」


虎太郎の素朴な、しかし核心を突く問いに、辰川の表情が凍りついた。


「いや……。事件の詳細は、爆弾の構造も含めて『特秘(トップシークレット)』扱いだったはずだ。部外者が知る由もない」


「じゃあ、誰が作ったんだよ」


「誰が……」


言葉にした瞬間、辰川の脳裏に浮かんでいた「最悪の可能性」が、確信へと変わっていく。

認めたくなかった。

信じたくなかった。

だが、否定するには証拠が揃いすぎている。


「俺は……気づかないふりをしていたのかもしれない。真実を認めるのが怖くて、どこかで目を背けていたんだ」


「辰川さん……」


苦渋に顔を歪める辰川。

だが、虎太郎の手元の端末には、その残酷な答えが既に表示されていた。

志乃から届いた十年前の被害者リスト。

その中に、先ほど聞いたばかりの名前があったのだ。



―――爆弾処理班所属・中山なかやま 祐司ゆうじ。 同事件にて妻と子供が爆発に巻き込まれ、即死。―――


かつての同僚。

黄金の三枚看板の一人。

そして、誰よりも深く傷ついた被害者遺族。


「次の爆弾の規模も場所も、俺には分からない。犯人からの連絡を待つしかない。……だが」


辰川が拳を強く握りしめる。


「待つ必要はない。分からなければ、直接聞き出してやろうじゃないか。『犯人』にな……」


「……了解だ」


虎太郎は即座に無線を叩いた。


「志乃さん、聞こえるか? 緊急手配を頼む! 対象は、元・爆弾処理班の『中山 祐司』。……十年前の被害者であり、今回の重要参考人だ。彼の行方を押さえない限り、この花火大会は終わらねぇ!」


『……っ、了解しました。直ちに全捜査員へ手配を回します!』


「虎……すまないな」


辰川が、相棒の迅速な判断に感謝を滲ませる。

かつての友を疑う辛い役目を、虎太郎は迷わず引き受けたのだ。


「急造とはいえ、俺は今、辰川さんの相棒だからな。……俺は中山を探す。辰川さんは、もしどこかに新たな爆弾が見つかったら、解除に向かってくれ」


「あぁ、了解だ。虎、もし爆弾を見つけても、くれぐれも手は出すなよ。まずは離れろ、周囲の安全を確保しろ。……それだけでいい」


「了解!!」


シンプルな、しかし命を守るための約束。

二人は互いに頷き合うと、弾かれたようにテレビ局のエントランスから左右へと飛び出した。


追うべき「敵」の姿は、もう霧の中ではない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ