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SEVEN~警視庁特務課~  作者: 桂木 京
第3話:恨みの花火

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悪夢、再び

十二時ちょうど。その瞬間、世界が震えた。


――――――ドーーーン!!!――――――


「な……っ!?」


「え……?」


カフェの窓の外、視界を埋め尽くす異様な光景。

眼前のビルの上層階が、突如として激しい轟音と共に内側から弾け飛んだ。


「え? なに、今の……」


「火事? 事故なの!?」


店内の客たちが悲鳴を上げ、窓際に殺到する。


「うそだろ、爆発じゃないか……」


「逃げろ! 崩れてくるぞ!!」


「う、うわぁぁぁ!!!」


降り注ぐガラスの破片と黒煙。

地獄絵図と化した渋谷の街に、客たちがパニックを起こして出口へ雪崩れ込む。


「辰川さん、これって……!」


虎太郎はまだ状況を掴みきれず、相棒の顔を仰ぎ見た。

だが、辰川の瞳には驚きよりも先に、深い、暗い「覚悟」の色が宿っていた。


「俺にもまだ分からん……。だが、まずは現場だ。虎、行くぞ!!」


二人は短く頷き合うと、逆流する群衆をかき分け、黒煙を上げるビルへと全力で駆け出した。


走りながら、辰川は胸元の無線を叩く。


「辰川だ。現在、渋谷センター街のビルで爆発を確認。至急、情報を洗ってくれ! 俺と虎はこれより現場に突入する」


即座に、司令室から鮮やかなレスポンスが返ってきた。


『志乃です。即時対応します。捜査一課へ応援要請、爆処理(爆弾処理班)にもバックアップを依頼しました。所轄には広域交通規制を、広報部には先行して報道規制を掛けさせています』


『悠真だよ。ネット上の投稿から有益な動画をピックアップして、共有サーバーに飛ばしたよ。もうSNSはパンク寸前だ。……かなり派手にやったね、犯人は』


「仕事……はぇぇな……」


特務課メンバーの、一分の隙もない初動の速さに、虎太郎は思わず声を漏らした。


『司です。辰川さん……今回の爆発、日付も時刻も十年前の事件と完全に一致しているわ。模倣犯か、あるいは――。偶然と必然、両面を想定して。辰川さんなら大丈夫だと思うけれど……いい、冷静にね』


司令官としての冷徹な指示の中に、一瞬だけ混じった憂慮。

辰川はそれを聞き逃さなかった。


「あぁ……俺はいたって冷静さ。この程度で取り乱すほど青二才じゃない。……だが、これだけ条件を揃えてきたんだ。この事件の『中身』を熟知している奴の仕業なのは間違いない。……それを頭に入れて、行ってくるよ」


『えぇ。……虎太郎くん。今回の事件はこれまでとはジャンルが違う。君にはまだ爆発物の知識も経験も足りないわ。辰川さんの指示を絶対とし、独断での行動は厳禁よ。いいわね?』


「……あぁ、分かってる」


虎太郎は力強く答えた。

無茶をするつもりなど微塵もなかった。

目の前で起きた、現実味のない爆発。

自分には、隠された爆弾を見つけるノウハウも、それを止める術もない。


熱風と硝煙の匂い。

かつて北条と辰川が潜り抜けた地獄に、今、虎太郎も足を踏み入れようとしていた。



喫茶店の向かい――渋谷中央ビル。

虎太郎と辰川が辿り着いたその場所は、日常が断罪されたかのような惨状だった。


「マジ……かよ……っ」


エントランスは逃げ惑う人々の叫び声で溢れ、パニックの渦が渦巻いている。


「エントランスの構造は無事だ。ここは所轄に任せる。俺たちは爆心階へ向かうぞ!」


辰川の指示に迷いはない。

死んだエレベーターを捨て、二人は階段を駆け上がった。

目指すは爆発の起きた八階。


「はぁ、はぁ……辰川さん。あんた、現状が分かってるのか?」


「……俺の予感が正しければ、これから先に見えるもの、これから起こること、その全てを俺は『知っている』ことになる」


虎太郎の問いに、辰川は唇を噛み、苦々しく吐き捨てた。


ようやく辿り着いた八階。

そこは、真の地獄だった。

熱風に焼かれた壁、散乱する瓦礫、そして――。

一目で絶命したと分かる者が十数人。

息も絶え絶えに這いずる者が数十人。


「辰川さん……っ!!」


虎太郎が視線を送る。

だが、視界に入った辰川の表情は、これまでの温厚な「おっさん」の面影など微塵もない、鬼の形相だった。


「ふざけやがって……。何もかも、あの時と同じじゃねぇか……!」


十年前、連続爆破テロの幕開け。

始まりはこのビルの、この八階だった。


「舐めやがって……ッ」


辰川の奥歯が軋む音が聞こえるほどの怒り。


「もし、あの時と寸分違わずなぞっているのなら……」


辰川の足が、吸い寄せられるように動き出した。


「おい、辰川さん! どこ行くんだよ。ここに残された人たちはどうすんだ!?」


虎太郎が叫ぶが、辰川の耳には届かない。

彼の魂は、十年前の地獄へと引き戻されていた。


『虎太郎くん、辰川さんを追って!』


戸惑う虎太郎の耳に、志乃の鋭い声が響く。


『消防と救命チームは既にビル直下。数分以内にその階の救助を開始する。現場の処理はプロに任せて!』


「志乃さん……! 助かる!」


『辰川さんを支えてあげて。十年前の事件で、彼がどれほど深く傷ついたか……司令から聞いたわ。同じ苦しみを、二度も仲間に味わわせるわけにはいかないでしょう?』


「あぁ……もちろんだ!!」


志乃の言葉が虎太郎の迷いを断ち切った。

辰川は既に遥か前方。

虎太郎は心臓を叩き、全速力でその背中を追う。


八階から九階へ続く階段。

その踊り場付近で、辰川が急に足を止めた。


「……辰川さん?」


追いついた虎太郎が声をかける。

辰川は無言のまま、踊り場に併設されたブレーカー室の重い扉を蹴破った。


「……やっぱり、ここか」


「マジかよ……!!」


暗い小部屋の隅。

そこには、赤く点滅するデジタル数字が、非情な一定のサイクルで電子音を刻んでいた。


――二発目。

十年前、多くの命を奪い、辰川の友を肉片に変えた死神が、再びそこに鎮座していた。



「辰川さん、これって……」


その機械を目にした瞬間、虎太郎の思考は氷結した。

血管を流れる血液が逆流するような感覚。

知識はなくとも、本能が叫んでいる。

目の前にあるのは、命を刈り取るための「爆弾」だと。


「あぁ。時限式だ。ちっ……こうなると分かっていて、丸腰で来ちまったな」


辰川が忌々しげに舌打ちをする。

その冷静すぎる横顔が、かえってこの事態の真実味を虎太郎に突きつけた。


「解除……できるのかよ、辰川さん」


「無理だ」


「え?」


「……丸腰のままじゃあ、な。そこで虎、頼みがある」


辰川は慌てる様子もなく、手帳に淀みない動きで何かを書き込んだ。

ページを乱暴に破り、虎太郎に叩きつける。


「これを集めてこい。分刻み、いや秒刻みの勝負だ」


「ゴム手袋、ペンチ、ガム……?」


「解除に必要な最低限の獲物だ。お前の脚次第で、今後の犠牲者をゼロにできる。……頼めるか?」


つい数十分前までの、穏やかな「散歩」の空気はもうどこにもない。


「このビルの中で、おおよそ手に入るはずだ。その間に俺はこいつの構造を洗って、解除の手順をシミュレートしておく」


「……了解!!」


切羽詰まった状況下でも、不敵に笑って見せる辰川。

その「本物」の迫力に、虎太郎は迷いを捨て、すべてをこの男に賭ける決意をした。


「わかった!! ダッシュで集めてくる!!」


虎太郎が弾丸のように部屋を飛び出す。

その足音を見送ると、辰川は慎重に、しかし大胆に爆弾の外装カバーを開いた。

複雑に絡み合うリード線と、冷徹な基盤が姿を現す。


「ちっ……。中身まで『あの時』と同じかよ」


辰川の唇に、自嘲気味な笑みが浮かんだ。

10年前、友を失い、多くの命が散った爆弾事件。

辰川の記憶の中に、その「地獄の設計図」は刻印されている。


(あの時のミスを挽回できるなら……。十年前ほどの犠牲は出させない)


犯人を逮捕し、事件を解決しても、辰川の心に刻まれた悔恨の楔は抜けなかった。

犯罪を完全に予測することなど、預言者でもない限り不可能だ。

だが、あの日、自分の指先があと数秒早く動いていれば。

あと一歩、思考が深ければ。


その負い目が、彼を今日まで「散歩」という名のパトロールに駆り立ててきたのだ。


「もし今回の犯人が、単にあの事件を模倣しているだけだっていうなら……完全に完封してやるよ。俺は、あの日のことを忘れたことなんて一度もない。……そう、一瞬たりともだ」


暗い小部屋の中で、辰川の瞳が鋭い光を放つ。

デジタル時計が刻む非情な音が、過去と現在を繋ぐカウントダウンとなって響いていた。



「ワリィ、待たせた!! 頼まれてたもん、全部持ってきたぜ!」


わずか五分。

静寂を切り裂くような足音と共に、虎太郎が戻ってきた。

その手には指定された道具が揃っている。


「おぉ、上出来じゃねぇか。……正直十五分は覚悟してたんだがな。さすがだ、虎」


辰川は、そのスピードに目を見張った。

虎太郎の身体能力は、辰川の計算さえも軽々と超えてみせたのだ。


「……解除、できそうか?」


「もちろんだ。これだけ揃ってりゃ、十分もかからねぇ。そこで、虎……次の頼みを聞いてくれるかい?」


辰川の眼差しが、爆弾のさらに先――「未来」を見つめるものへと変わった。 今回の犯人が十年前をなぞっているという確信がある。

ならば、次に血を流す場所も、既に決まっているはずだ。


「ここから一キロ南にある大きな公園だ。そこの入口付近にあるゴミ箱に、おそらくプラスチック爆弾が仕掛けられてる。十年前、俺がここの爆弾を解除した三十分後に爆発した場所だ。今から行けば、十分に間に合う。……頼めるか?」


十年前、一人で奔走したあの日。

犯人に嘲笑われるように、指先が届かない距離で命が散っていくのを、辰川はただ見ていることしかできなかった。

だが、今は違う。


「あの時は俺一人で突っ走ってた。だが、今は虎……お前のような頼れる相棒がいるんだ」


辰川はそう言うと、作業用のゴーグルを装着し、煙草に火を点けた。

その紫煙の向こう側にある信頼。

虎太郎は、辰川が自分の背中を、命を、完全に預けてくれたことを察した。


(辰川さん、俺に公園を任せて、自分はここの解除に全神経を注ぐつもりなんだな……)


虎太郎の答えは決まっていた。


「……おぅ、任せとけ!! 逐次無線で連絡を入れる。俺は十年前のことは詳しくねぇ。だが、体力だけは誰にも負けねぇ! どんどん俺を動かしてくれ。多少の無茶なら、根性で何とかしてみせる!!」


「ふっ……百二十点だ。頼らせてもらうぞ。……いいか、プラスチック爆弾は小さいが、爆弾には変わりない。近くの池に放り込めば被害は抑えられるはずだ。細心の注意を払えよ」


「了解っす!!」


虎太郎は弾かれたように、煙巻く階下へと飛び出していった。


「一キロ?……十分、いや五分で着いてやる!!」


その後ろ姿を見送る辰川の口元に、微かな笑みが浮かぶ。


「……速ぇな。これなら、安心してこっちに集中できそうだ」


辰川は目の前の死神のカバーを全開にした。

迷いのない指先が、複雑に絡み合うリード線を一本、また一本と断ち切っていく。

仕上げに、絶縁体としてのガムを電極に押し当てた。


職人芸のような手捌き。

十年の呪縛を解き放つように、爆弾は十五分であっさりと沈黙した。


「……これで、一つ。よし、と」

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