渋谷
秋葉原を後にした二人が最後に降り立ったのは、若者の熱気と喧騒が渦巻く街、渋谷だった。
「そろそろ、時間か……」
辰川はセンター街の入り口にある手頃なカフェに入ると、
「ちょっと落ち着こうや。好きなもん頼め」
と、向かいに座る虎太郎にメニューを差し出した。
「あ……ご馳走様っす」
虎太郎が品定めをしている間、辰川は窓の外、通りを挟んで向かいに見える巨大な商業ビルに、吸い込まれるような視線を向けていた。
(もう、あれから十年も経つんだな……)
その横顔があまりに寂寥感に満ちていたため、虎太郎は注文を終えた後、思わず問いかけていた。
「……なんかあったんすか? この場所で」
辰川の視線は動かない。
ただ、深い場所から絞り出すように、ポツリ、ポツリと話し出した。
「あのビルでな、大規模な爆弾テロがあったんだ。死者は三十人。……俺の友人も、あの中で犠牲になった。仕掛けられた爆弾は二つ。一つ目が爆発した直後、警視庁に犯人から挑戦状が届いた。『東京を火の海にしてやる』ってな」
「それ、知ってるかもしれないっす……」
虎太郎がまだ中学生の頃、連日ニュースを震撼させていた連続爆破事件。
記憶の断片が、目の前の光景と重なり合う。
「あれ……このビルだったのか……」
東京各地で何発もの爆弾が炸裂し、大都会が恐怖に慄いた一週間。
当時の捜査一課――北条たちが爆弾処理班と連携し、都庁爆破を未然に防いで犯人を逮捕したことで、ようやく悪夢は終わったはずだった。
「このビルの二発目は、どうなったんすか?」
「あぁ。俺が解除した。だが、犯人のルールはえげつなくてな。二発目を解除した残り時間が、次の現場のタイムリミットに加算される仕組みだった。早く解除すれば余裕ができるが、手間取れば次の現場が地獄になる。常に誰かの命を天秤にかけながらの、ギリギリの作業だったよ」
「なんだそりゃ……クソ野郎だな……」
虎太郎は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
秒刻みで削られていく命。
失敗すれば、背後にある街が吹き飛ぶ。
そんな修羅場をいくつも潜り抜けて、今、目の前で静かにコーヒーを待っているこの男。
(なんだよ……ものすげぇデカじゃねぇか、このおっさん……)
辰川への印象が、尊敬を超えた「畏怖」へと変わり始めたその時。
辰川が腕時計に目を落とした。
「十二時まで、あと一分……」
十年前の今日、十二時。
それが、地獄の始まりを告げる一発目が放たれた時間。
「辰川さん……。だから、今日この時間にここに……」
浅草、秋葉原、そして渋谷。
これまでのパトロールコースはすべて、かつての爆破地点だったのだ。
辰川は、あの日救えなかった命を弔うために、街を歩き続けていた。
「さあ……時間だ」
時計の針が、重なり合う。
十年の歳月を飛び越え、運命の十二時が訪れた――。




