秋葉原
秋葉原。
ネオンと電脳、そしてサブカルチャーが渾然一体となった欲望の街。
メイド喫茶からゲームセンター、ジャンク品が並ぶ路地裏まで、一通りのパトロールを終えた虎太郎は、ただただ絶句していた。
(この人……メイドにまでツラが割れてるのかよ)
辰川の顔の広さは、もはや「異常」の域に達していた。
どこへ行っても「辰川さん!」と声が掛かり、違法スレスレの営業をしている飲食店の店長ですら、辰川の姿を見るなり引きつった苦笑いを浮かべて大人しくなる。
(どれだけ歩き回りゃ、こんな連中にまで名前を叩き込めるんだ……?)
虎太郎だって、日頃のパトロールを疎かにしているつもりはない。
住民と話し、危険の兆候を逐一チェックしている自負はある。
だが、自分の名を呼んでくれる住民など、まだ片手で数えるほどだ。
辰川が街に溶け込んでいる密度は、虎太郎の常識を遥かに超越していた。
「なぁ、辰川さん……」
「ん? なんだい、虎」
「どれだけ同じ場所を回ったら、そんなに顔と名前を覚えられるようになるんだ?」
一人で考えても答えは出ない。
虎太郎は率直に、その「秘訣」を問うた。
「あぁ……。毎日、散歩しながら住民の様子を見て回っているだけさ」
辰川は、のらりくらりと、煙に巻くように答えた。
「毎日……って、え!?」
だが、虎太郎はその『毎日』という単語に引っかかった。
非番の日も、雨の日も。
この男は本当に、この広大なエリアを歩き続けているのではないか。
「うん、毎日。たーだ散歩してるだけだけどな。ガハハ!」
豪快に笑いながら、迷いなく人混みをかき分けていく辰川。
その背中を見て、虎太郎は悟った。
(毎日歩くって……散歩どころの距離じゃねぇぞ。これをずっと、ひたむきに繰り返してきたっていうのか……?)
警察官としての基本中の基本。
それを誰よりも愚直に、手を抜かずに積み重ねてきた結果が、今、目の前にある「街に愛される辰川」の姿なのだ。
「……なんか、辰川さん。あんたのこと、誤解してたみたいだ。悪かった」
虎太郎は素直に、偏見混じりの目で見ていたことを詫びた。
「虎さぁ……」
「……ん?」
「お前、本当に真面目だなぁ」
辰川は、そんな虎太郎にふっと柔らかな笑みを向けた。
これほどまでに純粋な眼差しで、泥臭い刑事の背中から学ぼうとする若手は、今の時代、絶滅危惧種と言ってもいい。
ふと、数日前に北条から届いた連絡が脳裏をよぎる。
『虎はね、いずれ僕たち特務課に欠かせない、光のような存在になる。それは僕が保証するよ』
あの、人を褒めることに慎重なレジェンド・北条が、ここまで言い切った。
その言葉の真意を、辰川は理解し始めていた。
「北条がお前を可愛がるのも、分かる気がするよ」
「え?」
虎太郎の眩しさに目を細めながら、辰川は自分の「パトロール」の重要性を、改めて噛み締めていた。
北条が「論理」で街を斬るなら、辰川は「情」で街を包む。
そして虎太郎という熱源が加わることで、特務課というチームは完成へと近づいていく――。




