解決、そして……
姉崎里美の逮捕から、数日が経過した。
北条と虎太郎の二人は、閑静な住宅街に建つ、里美の勤務先だった幼稚園を訪れていた。
「あの子が、あんな凄惨な事件を……。今でも信じられません。誰よりも優しく、子供想いの子だったのに……」
園長が、絞り出すような声で言った。
「僕も、調べを進めるまでは信じたくはありませんでした。ですが……犯罪というのは、誰が、いつ、どこで一線を越えてしまうか、誰にも分からないものなんですよ」
北条は、どこか自分にも言い聞かせるような苦笑いを浮かべて答えた。
園内では、里美は「家族の急な事情で、遠方の実家へ帰った」という説明がなされている。
「園の名誉なんてどうでもいいんです。ただ、子供たちにだけは、辛く悲しい思いをさせたくない。……あの子たちの前では、里美先生はいつだって優しくて、綺麗で、大好きな先生だったから」
涙を浮かべる園長に、北条は静かにハンカチを差し出した。
「えぇ……。子供たちには、知らない方がいい真実だってある。いつか彼らが大人になった時、『昔、こんな悲しい事件があった。僕たちはあんな過ちを繰り返さないようにしよう』。……そう思ってくれる日が来れば、それで御の字ですよ」
事件の解決を報告し、二人は幼稚園を後にした。
夕暮れ時の住宅街。
どこかの家から漂う夕餉の匂いと、子供たちの笑い声。
皮肉なほどに穏やかな日常の中を、二人はぶらぶらと歩いた。
「……なんかさ、やるせねぇよな。犯人を捕まえました、解決しましたって報告に行っても、誰も手放しで喜んじゃくれねぇ」
虎太郎が、複雑な、割り切れない表情を北条に向けた。
「刑事の仕事に、100%の『正解』なんてものは存在しないんだよ、虎」
北条は、小さく頷きながら言葉を繋いだ。
「事件が起きた時点で、誰かが犠牲になっている。失われた命や時間は、犯人を捕まえたところで戻ってはこない。誰だって、やろうと思えばいつでも一線を越えられる。それが犯罪なんだから」
これまで幾度となく、事件の幕引きを見届けてきた北条。
だからこそ、彼は誰よりも深く知っていた。
事件が起きてしまった以上、被害者の家族の心には深い楔が打ち込まれ、その痛みは、たとえ犯人が死刑になろうとも完全に消えることはないのだ。
「時々さ……俺たちって何のために走ってるんだろうって思うよ。俺たちが動く時には、もう誰かが傷ついてる。……死んだ奴は、生き返らねぇのに」
虎太郎の悲痛な呟き。
北条はかつての自分を、そして同じ迷いを抱いて去っていった仲間たちの顔を思い出した。
だが、北条は長年の捜査の中で、一つの答えを導き出していた。
「僕たちの仕事はね、その悲しみの連鎖を断ち切るためにあるんだ。人間が存在する限り、犯罪は消えない。だから僕たちは、犯人が同じ過ちを繰り返さないように、そして、悲しい思いをする人がこれ以上増えないように、戦い続けるしかないのさ」
その言葉の重みに、虎太郎は黙って噛み締めた。
幾千もの絶望と向き合い、それでもなお歩みを止めなかった男だけが持てる、静かな説得力。
「……俺、頑張るわ。もっと、強くなる」
「あぁ。みんなで、頑張ろう」
夕焼けに赤く染まっていく住宅街。
長く伸びた二人の影は、刑事としての重い役割を背負いながら、ゆっくりと前へ向かって歩き続けた。




