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SEVEN~警視庁特務課~  作者: 桂木 京
第2話:燃え上がる想い

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23/30

誤算、そして新たな糸口

翌朝。

北条と虎太郎は、再び「メゾン南」を訪れていた。

約束の時間は、夕方。

しかし二人が早朝にここへ駆けつけたのは、最悪の知らせが届いたからだった。


「……まさか、こうなるとはねぇ。正直、僕の予測を超えていたよ」


北条が苦い表情で、焦げ付いた一階の角部屋を見つめる。

昨夜まで深町と話し、麦茶を飲んでいたその場所は、今は無惨な黒い空洞へと変わり果てていた。


「次のターゲットが深町になるなんて……。甘かった! 幸せな家族、一軒家――ホシの執着はその一点だけだと、俺たちが勝手に思い込んでいたんだ……!」


虎太郎が手帳を握りしめ、自分自身を呪うように吐き捨てる。

深町亮は、北条たちと別れた数時間後の夜更け、自室からの出火によって命を落とした。

事件解決の糸口になるはずだった男は、何一つ語ることのない「物言わぬ遺体」として、ストレッチャーで運ばれていった。


「……検視と鑑識の報告を待とう。この現場で僕たちにできることは、もう無い」


「畜生……!!」


感情を爆発させる虎太郎の肩を、北条が静かになだめる。

だが、その手も微かに震えていた。


「さぁ、行くよ、虎。聞き込みだ」


北条は立ち止まろうとする虎太郎を置き去りにするように、一歩前へ踏み出す。


「虎……事件は待ってはくれないよ。こうしている間にも、次の火種が用意されているかもしれない。僕たちができることは、事件を解決することだけじゃない。未然に、防ぐことでもあるんだよ。……捜査だ、虎」


諭すように、しかし決して振り返らずに北条は言う。

刑事の本分とは何か。

悔しさを力に変え、再び地べたを這いずり回る覚悟があるか。

それは、北条から虎太郎への、無言の教育でもあった。


「あぁ……分かってる。こんなつまらねぇ事件、これ以上一軒だって起こさせてたまるかよ」


虎太郎は深く息を吐き、北条の背を追って気持ちを切り替える。


(この人は、こういう地獄を何度も潜り抜けてきたんだな……。俺にはまだ経験も、覚悟も足りねぇ。だったら、何度でも立ち上がってやる。それで事件が一つでも減るなら、安いもんだ……!)


虎太郎の瞳に、復讐ではなく「正義」の火が灯った。


「さて、じゃあ根気よく南側地区を中心に……に……?」


「……ん? どうしたんだよ、北条さん」


方針を口にしかけた北条が、唐突に言い淀んだ。


その脳内に、鋭利な「違和感」が突き刺さったのだ。


「どうして……深町くんは死ななきゃならなかったんだろう」


「あぁ? そりゃ……ホシにとって邪魔だったからだろ?」


「そうなんだけどさ。何のために、わざわざ『今』なんだ?」


「……え?」


深町には家族はいない。

家も一軒家ではなく、古びたアパート。

これまでの被害者たちとの共通点は、何一つとして存在しない。

犯人がこれまで頑なに守ってきた「共通点」というこだわりを捨て、リスクを冒してまで深町を殺害した理由。

北条は、その裏にある「必然」を考えていた。


「僕たちは今日……深町くんに何を聞こうとしていたんだっけ」


「今日か……? 『深町が里美を何度も説得しに行っていた理由』。――あいつが昨日、言いかけたことだろ?」


虎太郎の言葉に、北条がゆっくりと頷く。


「そう。それを聞かれると一番困る人物……犯人は、僕たちが昨日あの部屋に入ったことを『知っていた』んだよ」


「……携帯も使わず、リスクを冒して直接会いに行く必要があった理由」


北条が、バラバラに散らばったピースを頭の中で高速に組み替えていく。


「今日、深町くんに話されたら致命的に都合の悪いことがあった。だから彼は、昨日のうちに口を封じられたんだ」


「……え? でも北条さん、俺たちの会話を知ってるのは、あの部屋にいた俺たちと深町だけだぜ?」


北条の瞳に、確信めいた鋭さが宿る。


「虎、聞き込みは中止だ。司令室に戻るよ。みんなの力を借りなきゃならない」


北条は即座に現場を離れる決断を下した。

足を使った捜査の限界を超えた「何か」が動いている。

そう直感したのだ。


警視庁へ向かう車中。

静寂を切り裂いて司令・司の声が無線に飛び込んできた。


『北条さん、聞こえますか?』


「はいはい、司令。どうしたんだい?」


『先日の事件の犯人、本宮和也の供述が取れました。一課から共有があったのですが……いくつか、看過できない内容が含まれています』


「気になること……かい?」


『ええ。詳細は……司令室で』


「……分かった。今ちょうど戻るところだ。そこで聞かせてもらうよ」


通話が切れ、虎太郎が隣でハンドルを握りながら首を傾げる。


「なんだろうな、気になることって。本宮の野郎、まだ何か隠してたのか?」


「……一つだけ、喉に刺さったとげのように残っていたことがあったんだよ」


「あ?」


「凶器の入手ルート、そして本宮をあそこまで異常な犯行へ駆り立てた『源泉』。個人が突発的に目覚めて実行するには、あの事件はあまりに――お膳立てがされすぎていた」


虎太郎の脳裏に、あのコンテナで見せつけられた凄惨な『作品』が蘇る。


「……うっ。できれば思い出したくもねぇけどな……」


「僕もだよ。でもね、虎。本宮が使っていたあの鉈や特殊な固定具……あれ、普通の通販や店で買える代物じゃないんだ。本宮は『ネットで適当に買った』と言っていたが、あんな殺人に特化した形状の刃物が一般に出回るはずがない」


「そこまで……見てたのか」


「あいつの背後に、あんな『道具』を平然と送り届ける組織がいるとしたら……。急ごう。戻ればきっと分かるはずだ。『いろいろ』とね……」


北条の目配せを受け、虎太郎はアクセルを力強く踏み込んだ。


「ただいま。……どうやら、事態は急を要するみたいだね」


警視庁・特務課司令室。

二人が扉を開けると、そこには既に司、悠真、志乃、そして辰川までもが揃っていた。

大型モニターには、放火現場の地図と本宮の供述調書が並列して映し出されている。


「おかえりなさい、お二人とも」


司が真っ直ぐに北条を見据えた。

その瞳には、一課の司令官としての顔ではなく、得体の知れない巨悪を前にした、特務課としての決意が漲っていた。



「ま、進展というか……地道に調べた結果だけどね」


「僕はテレビ見ながらお茶飲んでただけだよー」


悠真と志乃が、いつもの調子で北条と虎太郎を迎え入れる。

だが、その奥に座る司令・司が鋭い視線で合図を送ると、司令室の空気は一瞬で引き締まった。

メンバーたちは無言でミーティング用の長テーブルへと集まる。


「さあ、始めましょう。まずは……」


司が手元の資料を捲り、冷徹な手際で優先順位を整理していく。


「……これ。先の連続女性殺害事件の犯人・本宮和也。彼の最新の供述内容に看過できない点があったから、共有しておくわ」


司が頷くと、志乃が即座にメインスクリーンへ画像を投影した。

そこに映し出されたのは、本宮の供述調書の抜粋。

司がタブレットをスライドさせると、テキストの一点に赤い円が描かれる。


「動機、殺害方法、そしてアリバイ工作。これらについてはこれまでの報告通り。けれど、私たち――いえ、警視庁の刑事全員が『ある一点』を完全に見落としていたわ」


司がレーザーポインターを起動し、その赤い円の中心を指し示した。


「凶器の入手ルート。本宮は『通販で買った』と供述していたけれど、私たちはその『会社』を特定するまでには至っていなかった」


画面が切り替わり、押収された宅配便の伝票と、段ボール箱の残骸がアップで映し出される。

その箱の側面に、不可解な意匠が刻印されていた。


「これは……、さそりのマークか?」


「えらく物騒なロゴを使う通販会社だな、おい」


北条と虎太郎が、画面を見据えて率直な感想を漏らす。


「そう。僕もそう思って調べてみたんだけどさー」


悠真が不満げに鼻を鳴らし、目にも止まらぬ速さでキーボードを叩いた。


「……そのマークを掲げる通販業者、物流会社、あるいはペーパーカンパニーに至るまで、国内外のデータベースに一件もヒットしなかった」


「それって、つまり……」


「ええ。この蠍のマークは、表の社会に存在する企業の商標ではないということよ」


司の冷たい視線が、スクリーン上の毒々しい蠍に向けられる。


「じゃあ……本格的に腰を据えて捜査しないとね」


北条は驚く様子もなく、静かに、しかし重みのある声で言った。


「単なるブローカーか、あるいは組織的な犯罪ネットワークか。どちらにせよ、放っておけば次の『本宮』を産み出す苗床になる。そうだろ?」


「同感です。放火事件と並行して、この『蠍』の調査も特務課の優先事項として進めておきましょう」


志乃が北条の言葉を補完するように頷く。


「ええ。蠍の件はここまで。……さて、次は」


司が、隣の悠真に鋭い目配せを送った。


「はいはい、了解。本命の方だね」


悠真は司の意図を汲み取り、軽く応えると、再び指先を走らせた。

今度は放火事件の、より深い闇が暴かれる番だ。



悠真がキーボードを叩くと、志乃がメインモニターの画面を切り替えた。


「……これは?」


「もしもの時に必要になるかもと思って、ちょっとだけ覗かせてもらった深町のパソコンの中身だよ。ビンゴだったから、燃やされる前にデータを根こそぎバックアップしておいた。ボクの直感、冴えてるでしょ?」


悠真が得意げに胸を張る。


「……深町くんが無事だったら、立派な犯罪行為よ、悠真」


「ま、まぁ結果オーライ。ほら、映ったよ」


司の冷ややかな釘刺しを軽くいなすと、画面上に複数のウィンドウが躍り出た。

姉崎里美へ宛てられた生々しいメールの履歴。

北条と虎太郎は、そこに並ぶ歪な言葉の羅列を食い入るように見つめる。


「メールの内容を読み上げるよ」


――『君の彼氏が酷い男だってことはもう分かってる。早く別れたほうがいい』


――『もう無理。別れるなんて言ったら何をされるか分からない。怖いよ、亮くん』


――『それなら、僕が話をつけにいく。いい加減、目を覚ましてくれ』


――『だめ。亮くんに迷惑はかけられない。自分でなんとかするから』


「不倫の末の泥沼か……。相手の男、里美を相当追い詰めてやがったんだな」


虎太郎が苦々しく顔をしかめる。北条は、ある一通のメールに視線を止めた。


――『亮くん……もう限界。あの人を殺したい。殺して、私も死にたい』


「……殺意。彼女は、それほどまでに絶望の淵に立たされていたんだね」


北条の呟きに合わせ、悠真が不気味な補足をする。


「里美からの返信は、このメールを最後に途絶えてる。一ヶ月以上前だよ。……でも、深町の行動はそこから異常な熱を帯び始めてるんだ。見てよ、これ」


悠真が提示した次の画面には、深町が『蠍』のマークを掲げる窓口とやり取りしたログがあった。

購入履歴には、ガソリン携行缶、防刃手袋、強力なライター。


――『里美はまだ救われていない。あの男が里美を支配し続けている。……僕が全部、焼き尽くしてやる。あの男も、あの男の「幸せな家庭」も全部だ』


北条は、その画面の文字を噛み締めるように読み上げた。


「……なるほどね。深町くんは、里美ちゃんが不倫相手の男に監禁されているか、あるいは命の危険に晒されていると思い込んでいたんだ。だから、彼女を救うために『蠍』から道具を揃え、その男への復讐――つまり放火を計画した」


北条はモニターに映る蠍のマークを鋭く見据えた。


「深町くんは、里美ちゃんを守るための盾になろうとして、逆にその深い闇に呑み込まれたんだ。……司ちゃん、里美ちゃんを支配しているこの『不倫相手』の所在を急ごう。この男が深町くんを殺し、里美ちゃんを連れ去った可能性がある」


北条が司を振り返る。


「放火現場が『幸せな家庭』ばかりだったのは、深町くんの……あるいは彼を操った黒幕の、男に対する意趣返しだったのかもしれない。深町くんが買った道具の受取先が『幼稚園の物置』になっている……。黒幕は、全ての罪を死人に着せるつもりだ」


北条の瞳に、静かな怒りが宿った。


「里美ちゃんを絶望の檻に閉じ込め、深町くんさえも手にかけた『蠍』の主……その不倫相手の男を、絶対に逃がしちゃいけない」



「サバイバルナイフ、睡眠薬、ワイヤー……。これは、明らかに『殺害』のための道具だね」


「じゃあ……深町が連続放火の犯人で、ん……?」


虎太郎が深町をホシだと思いかけ、すぐに自身の言葉の矛盾に気づいた。


「そう。今起きているのは連続放火事件だ。刺殺でも絞殺でも薬殺でもない。このリストの中に、火種になるような不燃物は一つもないんだよ」


「捜査一課の稲取さんからの報告によれば、深町の部屋の焼け跡から、今の三点が見つかったそうよ」


北条の言葉を補完するように、司が事実を告げる。


「もしかしたら、里美のその『彼氏』が深町を殺したんじゃないか? やられる前にやれ、ってさ」


「なるほどな。彼女に執拗につきまとう深町を疎ましく思っていた『彼氏』が、里美から『命を狙われている』と相談を受け、アパートへ乗り込んだ。で、口論の末に殺害し、火を放った……」


辰川と虎太郎が、それぞれ推論を重ねる。


「筋は通るわね。連続放火の真犯人は、里美の恋人。彼女はその犯行を知っていたけれど、恐怖に支配されて沈黙を守っていた。それを察した幼馴染の深町が、彼女を救おうとして逆に口封じをされた……と」


司の分析に、特務課のメンバーたちが深く頷く。

ただ一人、北条を除いて。


(確かに、形の上では筋が通っている。……けれど、何かが決定的に足りない)


北条の胸に、拭い去れない違和感が刺さっていた。


(なぜ、『放火』なんだろう? そして、なぜ一軒家の幸せな家族ばかりを狙う……?)


里美の恋人は、家庭を持つ身での不倫だったはずだ。

それほど「家庭」に執着し、あるいはそれを憎悪し、自らの立場を危うくしてまで焼き尽くす理由がどこにある?


「……そういうことか」


北条は、脳内に散らばっていたピースを一つの線に繋ぎ合わせた。


「里美ちゃんも可哀想に……。あの『彼氏さん』と出会ってしまったばっかりにねぇ。……虎、たぶん今夜、次の事件が起こるよ」


「えっ? 昨日、深町の家が燃えたばかりなのにか?」


「うん。今度は……北側の街区だ。早めに行くよ」


「北側!? だって、これまでの事件は全部南側に集中してただろ……」


北条は淡々と装備を整え始める。

その迷いのない動きを見て、司は北条が「正解」に辿り着いたことを悟った。


「虎太郎くん、北条さんの指示に従いましょう。志乃さん、私たちは近隣の消防署に緊急配備の連絡を。辰川さんは近隣交番の巡回強化を依頼して」


「了解!」


司と志乃、辰川が手際よく動き始める。


「……こりゃ、黙ってついていくしかねぇな」


北条がまた、自分たちが辿り着けない高みで答えを導き出した。

自分がまだヒントの欠片さえ掴めていないことに悔しさを感じつつも、虎太郎は北条の背を追い、司令室を飛び出した。


(北側の街区……。南側が深町たちの生活圏なら、北側にあるのは――)


夜風が冷たく吹き抜ける中、二人の乗った覆面パトカーは、まだ誰も予期していない「地獄」の予定地へと急行した。

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