北条の思惑
現代の日本において、通信手段は溢れている。
メール、電話、SNS。それなのに、なぜ深町はリスクを冒してまで、何度も里美のもとへ直接足を運ばなければならなかったのか。
「ねぇ。どうして直接、会いに行かなければならなかったんだい?」
北条の静かな問いに、深町は絞り出すように答えた。
「それは……里美、電話もメールも……『返事ができない』から……」
「返信が、できない?」
北条と虎太郎が顔を見合わせる。
「……そんなに機械音痴なのか? 幼稚園で働いてるのに、スマホも使えねぇのかよ」
「いや、虎。そこは普通、物理的な事情があるって想像するでしょ……」
北条の呆れ顔を余所に、虎太郎は首を傾げた。
だが、これにより一つの事実が確定した。
里美には、外部との接触を何らかの形で「制限されている」理由があるのだ。
「……さて。深町くん。明日のこの時間、また時間をくれるかな」
「また……ですか?」
深町の表情に、隠しきれない疲弊と困惑が混じる。
「ごめんね。でも、明日しっかりと話を聞くことができれば……里美ちゃんを『解放』してあげられるかもしれないよ」
「え……?」
北条の脳内では、既に新たな仮説が組み上がっていた。
「恐らく里美ちゃんは、何者かの指示で動かされている。君はそれを止めようとして、あるいは彼女を犯罪に加担させまいとして、直接説得に行ったんだ。……彼女が誰かに、心身ともに『束縛』されていると気づいたから。そうだね?」
「……!!!」
深町の目が見開かれる。
その瞳に、隠しきれない驚愕と、ようやく理解者が現れたという微かな光が灯った。
(……ヒット!)
北条が、胸の中で小さく拳を握る。
やはり、この凄惨な連続放火事件には、実行犯の背後に蠢く「黒幕」がいる。
「……分かりました。里美が、あの平穏な暮らしを取り戻せるなら……。明日、同じ時間に待っています。もう、逃げも隠れもしません。どうか……あいつに力を貸してやってください」
深町は、テーブルに額を擦り付けるようにして、深く、長く、頭を下げた。 北条は力強く頷き、短く、しかし決然と言い放つ。
「もちろんだ。この悪夢は、一刻も早く終わらせなければならないからね」
夕闇に包まれたアパートを後にし、夜風に吹かれながら二人は歩く。
「本当に大丈夫かよ? あいつ、やっぱり気が変わって逃げたりしねぇか?」
すんなりと引き下がった北条の行動に、虎太郎は不安を隠せない。
容疑者が土壇場で裏切る光景を、彼は何度も見てきた。
「大丈夫だよ、虎。彼はもう、僕らの味方だ。犯人との共謀関係は、最初から存在しなかったんだよ」
北条の声には、確かな確信が籠もっていた。
深町が明日語るであろう「証拠」――それが、美しく燃え盛る地獄を終わらせるための、唯一の鍵になる。
北条はそう信じて、暗い夜の住宅街を見据えていた。




