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SEVEN~警視庁特務課~  作者: 桂木 京
第2話:燃え上がる想い

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幼稚園

幼稚園の門越しに、園内の様子を窺う北条と虎太郎。

園庭では園児たちが無邪気に駆け回り、四、五人の保育士がそれを見守っている。

開け放たれた事務室の奥には、園長と思わしき年配の女性の姿も見えた。


「さて……手っ取り早く核心を聞くなら、まずは園長先生かな」


北条が聞き込みの段取りを考えていた、その時だった。


「フシンシャだぁぁぁ~~っ!!」


「なんかウロウロしてて変だよ!!」


「せんせー!! 不審者がいる! ゴリラがいるよ!!」


真っ先に異変(?)に気づいた園児たちが、示し合わせたように騒ぎ出した。


「やべ……」


「まあ、確かにお爺ちゃんとゴリラ男が二人で覗き込んでたら、通報案件だよねぇ」


「ゴリラ男って……あんたなぁ」


逃げ去る子供たちを苦笑いで見送る二人。

しかし、現場の対応は早かった。

間髪入れずに一人の若い保育士が、決死の表情で駆け寄ってくる。


「あの……どのような御用でしょうか」


不審者を撃退するには些か頼りない、気弱そうで華奢な女性。

だが、彼女は震える足で門の前に立ち、虎太郎たちを遮るように立ちはだかった。


「あ、いや、俺たちは怪しいもんじゃ……」


「虎。それは怪しい奴が吐く定番のセリフじゃないか」


北条が虎太郎を窘め、保育士に向かって優しく微笑みかける。


「驚かせてごめんね、可愛らしい先生。僕たちは警察の者だよ。最近この周辺で続いている連続放火事件について、少しお話を伺いたくてね」


北条が手帳を提示すると、保育士は一瞬だけ、全身をこわばらせたように見えた。

だが、すぐに安堵したのか、溜まっていた息を大きく吐き出した。


「……皆さん、極限まで不安を感じています。この園でも既に三人の子供が犠牲になりました。園児たちも、お友達が突然いなくなったことに戸惑っていて……」


俯き、青ざめた顔で語る彼女。

その指先は微かに震えている。


「もし、家だけじゃなく、この幼稚園そのものが狙われたら……。そう思うと、怖くて、夜も眠れなくて……」


「確かに、そう考えてしまうのも無理はないね。だからこそ、僕たちがいる。一日も早く犯人を引きずり出して、この最悪な連鎖を断ち切る。それが、僕たちの仕事だからね」


飾ることなく、それでいて確かな力強さを持った北条の言葉。

真摯に向き合い、相手の心の防壁を自然に解いていくその手法に、虎太郎は改めて舌を巻いた。


(すげぇな……。これが、元一課のエースの『落とし』の実力かよ……)


口先だけの慰めではない。

北条が放つ独特の「安心感」に、保育士の表情から少しずつ刺々しい警戒心が消えていくのを、虎太郎は肌で感じていた。


ただの聞き込みだと、虎太郎はどこか高を括っていた節があった。

だが、北条の言葉一つで保育士の強張った表情が解け、淀みなく言葉が溢れ出す様を目の当たりにし、彼は聞き込みという行為の「重み」を改めて思い知らされていた。


「事件と関係があるかは分からないけれど……。最近、不審者がこの辺りをうろついているという噂、先生も耳にしているかな?」


「えぇ……。夕方によく現れるという話ですよね。でも、放火が起きているのは深夜ですし……。関係、あるんでしょうか? その間、どこかで準備でもしているとか……?」


心当たりがないといった様子の保育士。

だが、その言葉を聞いた瞬間、北条の瞳の奥に鋭い光が宿った。

虎太郎はその僅かな変化を、今度は逃さなかった。


「そうだよね、不自然だよねぇ。……うん、ありがとう。助かったよ。また寄らせてもらうかもしれないけれど、その時はよろしくね」


北条は、そこで唐突に話を切り上げた。


「おい、まだ他の保育士もいるだろ? せっかく中に入れたんだ、もう少し――」


「いやいや、今日のところはこれで十分だよ。あんまり聞きすぎると、彼女たちも嫌な記憶を蒸し返されて参っちゃうからね。それに……」


北条は、自身の腕時計を虎太郎の目の前に突きつけた。


「もし本当に『不審者』が近くにいたら、彼女に余計な危険が及ぶ。……ほら」


「十六時……あぁ、夕方か」


不審者の出没時間。

保育士の証言が事実なら、街が「逢魔が時」に差し掛かる今、その影がどこかに現れてもおかしくはない。


「じゃ、我々はこれで。いやぁ、驚きましたよ。最近の先生は皆さんお綺麗だ。僕がガキの頃なんて、肝っ玉母ちゃんみたいな先生ばかりだった記憶しかないですよ。……失礼」


「北条さん……いつの時代の話してんだよ。――あ、これ俺の名刺。何か思い出したり、変なやつを見かけたら、ここにすぐ連絡くれ」


虎太郎は北条の冗談を遮り、自分の名刺を保育士に差し出した。

彼女は僅かに戸惑いながらも、軽く会釈をしてそれを受け取った。


「ほら、ナンパしてないで行くぞ、虎!」


「ナンパじゃねぇよ! 聞き込みしたら連絡先渡すのが普通だろ!」


「まぁ……そういうやり方もあるか」


「『そういうやり方』が王道なんだよ!」


軽口を叩き合いながら、二人は幼稚園の門を後にした。


「グッジョブ、虎」


幼稚園の建物が視界から完全に消えた角で、北条が不意に声を落とした。


「ん?」


「名刺を渡して、彼女と我々を繋いだところだよ。君にしちゃあ、見事なファインプレーだ」


「……なんだよ、急に」


「さっきの彼女、自分の口から不審者の出没時間を言っただろ? 『夕方によく現れると聞いている』って。でも、僕らは一言も『夕方』なんて言ってないんだよねぇ……」


北条の言葉に、虎太郎の背筋に冷たいものが走った。



不意に褒められた虎太郎は、居心地が悪そうに首を傾げた。


「……でも、ただの保育士だぜ? 名刺渡すくらい、誰でもやるだろ」


「彼女……恐らく事件に関係しているか、不審者の正体を知っているか。どちらかだね」


北条は歩みを止めず、手帳にさらさらとメモを書き込みながら淡々と告げた。


「は……?」


予想だにしない北条の言葉に、虎太郎は思わず足を止めた。


「あんな気弱そうな女が? ちょっと問い詰めただけで泣き出しそうだったじゃねぇか」


「うん」


「いや、ありえねーよ。考えすぎだって」


「じゃあ聞くけど虎、あの子……不審者が『男』だって、どうして知ってたんだろうね?」


「…………え?」


その瞬間、虎太郎の思考がフリーズした。

北条が早々に聞き込みを切り上げた理由が、そこにあったのだ。


「僕はただ『不審者』としか言っていない。主婦たちの噂話を投げただけだ。でも彼女は、『不審者の男は』と、性別を特定して返してきた。つまり、不審者が男であると直接確認しているか、あるいは……もっと深い関わりがあるということだよ」


「あ……!」


うっかり聞き流していた言葉の端を、虎太郎は必死に手繰り寄せた。


(「その『男』は良く夕方に現れると聞いてますが……」……確かに、言いやがった!)


「……マジかよ。全然気づかなかった」


「……遅いよ。刑事なら、相手の吐息一つまで聞き漏らさないようにしな」


虎太郎もようやく、その「不自然さ」の正体に辿り着き、背筋を正した。


「じゃ、不審者の捜索を継続しながら、本部にはあの保育士さんの身元を調べてもらおうかね」


北条は慣れた手つきで無線のスイッチを入れる。


「――北条だ。現場付近の幼稚園の職員、その全員の経歴を洗ってほしい。特に、二十代半ばの細身で、綺麗な保育士さんから重点的にね」


『了解しました。……北条さんの好みの方ですか?』


無線から返ってきたのは、志乃の落ち着いた、それでいてどこか含みのある声だった。


「好みか……。どっちかって言うと、僕は志乃ちゃんの方が好みかなぁ?」


『ふふ……光栄です。ありがとうございます。それでは、調査を開始しますね』


淡々と、しかし確実に作業へ移る志乃。


「……北条さん。あっさり流されたな」


「うん、流されたねぇ。……少し寂しいかな」


肩をすくめる北条に、虎太郎は半眼で溜息をついた。

二人はそのまま、夕闇が忍び寄り始めた住宅街を、再びゆっくりと歩き出した。

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