バディ、捜査開始
「……酷いねぇ、これは……」
現場に到着した北条が、無残に崩れ落ちた家の骸を見上げ、溜息混じりに呟いた。
「これで何件目だい……。もう、放火事件として疑う余地はないだろう?」
「あぁ。さっき捜査一課の稲取さんと香川に確認したが、火の不始末の線は薄い。家はオール電化。亡くなった両親は非喫煙者。配電盤やブレーカーにも故障や漏電特有の痕跡はなかったそうだ。何より、外壁の燃えカスから見て、火は家の『外側』から一気に燃え広がっている」
以前までの、身体能力に頼り切りだった虎太郎の姿はそこにはなかった。
前回の事件で司を危険に晒したという悔恨が、彼を「情報」に対しても貪欲にさせていた。
『もっと俺の頭が回っていれば、被害を最小限に食い止められたはずだ』――
その自責の念が、彼を刑事として一段上のステージへと押し上げていたのだ。
「うん、よく調べたね、虎。成長が眩しいよ」
「へへん。まぁ、これくらい朝飯前だろ」
「なら、これに付け足すとすれば……被害者は皆『幼児のいる家庭』である、ということかな?」
「え? あ……」
手元のメモを見返し、虎太郎が短く声を漏らした。
「おそらく犯人は、狙い澄まして家庭を選んでいる。法医の雪ちゃんに聞いたけど、どのご遺体も肺の熱傷具合からして、生きたまま炎に包まれた可能性が極めて高いそうだ。……惨いことをするよね」
北条が悲痛な面持ちで、焼け跡の周囲へ視線を巡らせる。
庭の隅には、まだ新しかったのであろう、綺麗に磨かれた三輪車が横たわっていた。
その傍らには、砂遊びの道具。
「閑静な住宅街で、慎ましく、けれど幸せに暮らしていたんだろうね。子供と遊んで、しつけに手を焼いて、泣いて笑って……。言葉を覚え始めたばかりの幼い子がいて、未来には希望しかなかったはずなのにさ」
寂しげに語る北条。
だが、その瞳の奥には、犯人への容赦ない怒りの炎が静かに灯っていた。
「虎、聞き込みを始めるよ。どんな些細な証言も漏らすな。これ以上、外道に『最高のドラマ』なんて見せてたまるか。必ず引きずり出して、己の罪と向き合わせてやろうじゃないか」
「……了解!! あ、俺、稲取さんにこれからの方針を報告してくるわ!」
「あぁ、そうしな。……って、虎、いつの間に稲取くんとそんなに仲良くなったんだい?」
「まあ、いろいろ相談に乗ってもらってるんだよ。あんたのこととかな!」
「僕のことぉ?」
北条が首を傾げるのを余所に、虎太郎は勢いよく走り去っていく。
その逞しい背中を見送りながら、北条はぽつりと独り言を漏らした。
「僕……結構、優しいバディを自負してるんだけどなぁ?」
閑静「だった」この住宅街。
かつて地元住民たちが「一等地」と呼び、羨望の眼差しを向けていたエリアだ。
ここに居を構えることは、一つのステータスであり、成功の証でもあった。
「しかし……どいつもこいつも、いい家ばっかりだな。俺の実家がここに混ざってたら、間違いなく浮いてるぜ」
立ち並ぶ瀟洒な家々を眺め、虎太郎は小さく溜息を吐いた。
「身体を張って、命がけで犯人を捕まえて……あと何年働けばこんな家が建つんだか。――おっと、仕事仕事」
高級感の漂う穏やかな街並みに、一瞬だけ憧れを抱きながらも、虎太郎はすぐに意識を切り替える。
「ま、俺には俺の身の丈ってやつがある。今の生活に不満なんてねぇしな」
彼は一軒ずつ住宅を確認しながら、不審な痕跡がないか、植え込みに可燃物が隠されていないかを入念にチェックしていく。
「……特に、これといった収穫はなしか」
放火犯がそこまで迂闊なはずはないか。
そう諦めて引き返そうとした、その時だった。
住宅街の一角で、数人の女性たちが深刻な面持ちで集まっているのが目に入った。
この近隣に住む主婦たちだろう。
「ちっす。……あー、ちょっといいかな?」
虎太郎が歩み寄り声をかけると、主婦たちは一様に怪訝な表情を浮かべた。
その瞳には、得体の知れない大男に対する警戒心が露骨に表れている。
「あ……いや、怪しいもんじゃない。俺、警察のもんだ。最近この辺で続いてる火事について、少し話を聞かせてもらえないかと思ってさ」
「警察の……方?」
虎太郎が差し出した警察手帳をまじまじと見つめ、主婦たちはようやく少しだけ肩の力を抜いた。
「毎晩のようにこの近辺で火事が起きちゃ、皆さんも生きた心地がしないだろ。俺たちも、一刻も早くホシを挙げるために必死に動いてるんだ。何か些細なことでもいい。知ってること、気になったことがあったら教えてくれないか?」
不器用ながらも、真っ直ぐに協力を求める虎太郎。
その飾らない言葉と、被害者を案じる熱意。
それが伝わったのか、主婦たちの頑なな空気が、少しずつ解け始めた。




