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SEVEN~警視庁特務課~  作者: 桂木 京
第1話:美しき犠牲者たち

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北条の捜査

北条は、本宮の部屋をくまなく、だが音もなく調べ上げた。

大袈裟な家宅捜索などではない。

犯人が「警察ならこの程度で諦めるだろう」と油断しているポイントを、長年の嗅覚で突いたのだ。


その結果、趣味と呼ぶにはあまりに過剰なプロ用機材、そして被害者・長島綾の美容外科処方箋を掘り当てた。

あとは、その情報を司令室の悠真へ流すだけ。

悠真の天才的な情報収集能力は、本宮の隠された経歴、過去の傷、そして現在の仕事から詳細な既往歴まで、その人生を瞬時に丸裸にしていった。


「もちろん……君の両親のことも、すべて分かっている。お父さんの勤めていた会社、お母さんが働き、そして堕ちていった『その後の仕事』のすべてをね。それどころか、君のお父さんを嵌めた女性、その愛人、背後にいた暴力団……。話の通り、君は悲運という言葉では足りないほどの人生を背負わされてきたようだね」


悠真から送られてきた戦慄の記録は、本宮が司に語った凄惨な過去と寸分違わず合致していた。


「君もまた、人生に裏切られた被害者の一人だ。それは間違いない。……だがね」


普段はのんびりと煙に巻くような北条の視線が、刃のような鋭利さで本宮を射抜く。


「……っ!?」


その圧倒的な重圧に、本宮は思わずたじろいだ。


「だからといって、無関係な人を殺していい理由にはならないんだよ。社会的な制裁、賠償請求、あるいは別れさせ屋……。やり方はいくらでもあったはずだ。殺しはね、――誰も、何一つ救われない。最悪で最後の、行き止まりの道なんだよ」



北条の胸は、締め付けられるような痛みで満ちていた。

本宮の絶望を理解できてしまうからこそ、その「先」を選んでしまった彼への怒りと悲しみが溢れ出す。

だが、刑事として、一線を越えた者は捕らえなければならない。

どんなに不条理な人生を歩んできたとしても、犯した罪からは逃れられないのだ。


「長い贖罪になるだろう。君の犯した猟奇性を考えれば、極刑すら免れないかもしれない。……それでも、僕は君に、己のしたことを悔い改めてほしい。君がかつて持っていたはずの、人間としての心を取り戻してほしいんだ」


北条の言葉は、犯人への糾弾ではなく、一人の人間としての魂に訴えかける「祈り」に近かった。


「……ふっ、もう何もかも遅いんだよ、刑事さん。僕はとっくに『最後の扉』を開けてしまった。二度と引き返せない、漆黒の扉をね。どのみち僕の人生はここで終わりだ。……それなら」


本宮は、一度緩めた手に再び力を込め、赤黒く染まった鉈を握り直した。


「……最高の作品を、完成させてみせる。それだけが、僕が生きた証だ」


本宮は昏い恍惚を湛え、じりじりと、獲物である司へと再び距離を詰める。


「……貴方、本当に哀れね」


北条と虎太郎が合流した今、司の心から恐怖は消え去っていた。

あるのは、己の人生を「美」という呪縛に捧げ、逃げ道を自ら断った男に対する、冷徹なまでの憐憫だった。


「哀れだっていい……。僕の人生は、母が死んだあの日、とうに終わっているんだ。だったら――」


本宮が、鉈を頭上高く振り上げる。

月光を浴びて赤黒く光るその刃は、魂を刈り取る死神の鎌そのものだ。

司の背筋を、氷のような戦慄が駆け抜ける。


「傑作を、完成させてやる!!!」


躊躇いも、慈悲もない。

本宮の全憎悪を乗せた一撃が、司の細い首筋を標的に振り下ろされた――。



「させるかよ、ボケェ!!」


刹那、爆音のような怒号と共に、虎太郎の剛腕が本宮の手首を掴み取った。 そのまま岩をも引き抜かんとする力で本宮を強引に引き摺り出す。

本宮の身体は木の葉のように宙を舞い、コンテナの外のコンクリートへと叩きつけられた。


「遅れてごめんよ。怖かっただろう? よく頑張ったねぇ」


北条が、本宮が外へ出されたのを確認し、素早く司の拘束を解いていく。


「北条さん……ありがとうございます……」


司は特務課の司令として、気丈に振舞おうと自分を鼓舞した。

だが、目前まで迫った死の気配に、膝の震えがどうしても止まらない。


「無理しないでいいよ。君だって、ただの女の子なんだからさ」


北条のその一言が、司の張り詰めていた糸を切った。


「……怖かった。もう、ダメかと思った……っ」


司令という重責も、警察官という仮面も脱ぎ捨て、司は初めて北条の前で本音の涙を零した。


「よしよし、頑張った頑張った。……あとは任せておいてよ。――虎にね」


「……え?」


司は、その言葉を疑った。

本宮は人殺しに一切の躊躇がない狂人だ。

しかも、今なおその手には血に塗れた大鉈を握っている。


「北条さん、いくら体格がいいからって、あんな凶器を持った相手に一人では……!」


「大丈夫、大丈夫」


北条はうっすらと笑みを浮かべたまま、微動だにしない。

特務課のメンバーで、虎太郎だけは司が直接選んだ人材ではない。

かつてスカウトされた北条が、「こいつも連れて行く」と推薦した男だった。


『いつか、皆の助けになる男だからさ』


北条はそうとしか言わなかったが、元捜査一課のエースがそこまで言うのならと、皆、彼を信じていた。

だが、捜査官としての虎太郎はあまりに荒削りだった。

推理は平凡、心理分析も苦手。

ただ、人並外れた直感と、獣のような本能だけで動く――それが、司が彼に抱いていた第一印象だった。


(どうして、そこまで彼を信頼できるの……?)


司は不安を拭いきれぬまま、本宮と対峙する虎太郎の背中に視線を送った。


「オラ、どうした。さっさとかかって来いよ。司令の『顔』が欲しいんじゃねぇのか?」


虎太郎が、重心を低く構えて本宮を挑発する。

死神の鎌を思わせる大鉈が、すぐ目の前でゆらりと弧を描いているというのに、彼の瞳に恐怖の色は欠片もない。


「お前……どのみち、俺を殺さねぇと目的達成どころか、人生そのものが詰みだぜ?」


虎太郎は、牙を剥き出しにする獣のように、不敵に笑った。

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