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SEVEN~警視庁特務課~  作者: 桂木 京
第9話:記憶の彼方に

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陰謀

「……この中に入っている事件簿が、きっと彼が揉み消してきた事件のすべてなんだろうね」


事件から数日後。

北条と稲取は、小島警視正の机から見つかったUSBメモリの中身を、戦慄と共に確認していた。

そこには、本来なら白日の下にさらされるべき多くの未解決事件、そして「処理済み」として闇に葬られた不起訴事件の膨大なデータが記録されていた。


「こりゃひどいな……。リストにあるのは政治家の息子、警察官の身内。特権階級の連中ばかりじゃねぇか……!」


「うん。そして、この一番右に記録されている数字……。示談、あるいは『口封じ』に投じられた金額だろうね」


「この200って……200万か? おいおい正気かよ、万引きの揉み消しに200万だと!?」


次々と暴かれる、警察という巨大な組織の腐敗。


「官房長官の息子にいたっては、信号無視からのひき逃げ死亡事件じゃねぇか……。それで、数字が……8000!?」


「もう、狂っているとしか言いようがないね……。命に値段をつけて、正義を売り捌いていたわけだ」


読み進めるほどに吐き気がするデータの中を、北条の指が止めた。

一件の記録。


(小島警視正の息子による暴行事件……被害者側との示談は未だ成立せず、継続中。……これだね、きっと)


灰島の妹が受けた、あの凄惨な事件。

灰島から聞いていた日付、場所、すべての情報がこのデータと一致した。


(灰島くんはこの真実に辿り着き、小島警視正に直接アクションを起こした。それが、虎の尾を踏むことになったんだ。小島は自らの息子の、そして自分自身の破滅を防ぐために、灰島くんを……。……許せないね、本当に)


北条の胸に、静かだが激しい怒りが沸騰する。


「もし小島が鬼神会と裏で繋がっていたとしたら、すべてに辻褄が合う。組員を捨て駒にしてでも目の上のたんこぶを排除する。小島は地位を守り、鬼神会には捜査情報の提供と多額の報酬が転がり込む……。そういう算段だろう?」


「稲取くんにしては名推理! 僕も同意見だよ。でもね……」


北条は、事件の概要をまとめていたテーブルの上のメモを、音を立ててぐしゃりと握り潰した。


「自分たちの面子を守るためだけに、これだけの大事件を起こし、無関係な市民や未来ある刑事を犠牲にする。僕は、それを絶対に許さない。小島がどこに消えたかは分からないし、捕まえるのは至難の業かもしれない。けれど、僕は必ず追い詰めるよ。今回の事件のすべての黒幕をね」


結局、湾岸ビル爆破事件は、竹中を実行犯として逮捕し、生き残った構成員も麻薬取締法違反で立件されたが、彼らを操った真の「怪物」たちには誰一人として指一本触れることはできなかった。


「何年かかってもいい……。僕は絶対に犯人を野放しにはしない。捕まえてやる、必ずだ」


恩師である高橋が去り、最良の相棒を奪われた北条。


「このままでは終わらせない。絶対にだ」


事実上の「敗戦」となったあの日。

北条の心には、生涯消えることのない冷たく鋭い執念の火が灯された。



そして、この凄惨な事件によって、人生を根底から狂わされた者がもう一人いた。


「裕二……もう帰ろう。ここにずっといたって、何も始まらないぞ」


担任教師の声が、潮風に混じって虚しく響く。

しかし、湾岸ビルの残骸を見つめたまま立ち尽くす高校生の少年――香川裕二は、一歩も動こうとしなかった。


「もう、お母さんの葬儀も終わったんだ。あれは……不慮の事故だったんだよ」


「事故……? 不幸な事故だって?」


少年の脳裏には、あの日、あの瞬間の光景が鮮明に焼き付いていた。


買い物を済ませ、ビルの前のカフェで待ち合わせて一緒にランチをしようと約束していた母。

少しだけ遅れて到着した裕二の目に飛び込んできたのは、轟音と共に崩れ落ちる巨塔と、逃げ惑う群衆だった。


「目の前に刑事が何人もいた。なのに、奴らは母さんを助けなかった。ビルが崩れるまで、まだ時間があったはずだ。なのに奴らは自分たちだけ逃げて、目の前にいた母さんを見殺しにしたんだ……。絶対に、許さない」


少年の瞳は、底知れない憎悪の炎で濁っていた。


「それでも、警察は最善を尽くしたと思う。これだけの繁華街で、犠牲者が5人に抑えられたのは奇跡と言ってもいい」


「先生……それでも、俺の母さんは死んだんだ。それが唯一の事実だ」


「あぁ……すまない。だが、警察を恨むのは筋が違う。憎むべきは爆弾犯だ。警察は、さらなる二次被害を食い止めようとした。それもまた、紛れもない事実なんだよ」


世間の評価は、教師の言う通りだった。

湾岸ビル周辺の大惨劇を未然に防いだ「警察の快挙」。

犠牲者わずか5名。 何千という人々が利用するあの場所で、その数字は確かに、統計学上は「奇跡」と呼ばれて然るべきものだった。


しかし、その「5人」の中に愛する人が含まれてしまった遺族にとって、そんな数字は何の意味も持たない。

なぜ、これほど多くの人間の中で、自分の母がその「5人」に選ばれなければならなかったのか。


「何が奇跡だ……。本当に奇跡が起こるなら、今すぐ母さんを返してくれよ……」


少年は吐き捨てるように舌打ちをすると、未だに硝煙の臭いが漂う地表から背を向け、歩き出した。


「おい、待て! 香川!」


担任は、香川と呼ばれた少年の孤独な背中を追い、小走りに駆けていった。


この少年こそが、やがて異例の速さで捜査一課に配属され、若手刑事のエースとして名を馳せるのは、さらに数年後の話である。


そして――。

彼が警察の正義に絶望し、悪の組織の幹部として暗躍し、その波乱の生涯を閉じることになるのは、そこからさらに少しだけ先の話となる。

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