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SEVEN~警視庁特務課~  作者: 桂木 京
第1話:美しき犠牲者たち

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12/30

黒幕

「……ん……っ」


重い瞼を持ち上げた司の視界に飛び込んできたのは、埃っぽく、冷え切った暗闇だった。


「迂闊だったわ……。身構えていたつもりだったけれど、まさかあんなタイミングで接触してくるなんて」


奥歯を噛み締め、状況を確認する。

両腕は背後で手錠によってパイプ椅子に固定され、両脚もまた、身動きが取れないほど執拗にロープで縛り上げられていた。


「これは……なかなかのピンチね」


早鐘を打つ心臓の鼓動を、司は自らの冷徹な思考で押さえつける。

このままでは、自分は殺される。

その確率は――極めて高い。


(三十二歳、未婚。……少し、仕事に心血を注ぎすぎたかしらね)


ふぅ、と小さく溜息を吐き、無機質な背もたれに身を預けた。

この職務に就いた以上、死は常に隣り合わせ。

覚悟はしていたつもりだが、その瞬間がいざ訪れてみると、呆れるほどあっけないものだと司は感じていた。


(北条さんと連絡を取っていたのが夕刻。そこから意識を失い、ここに運ばれた……)


司は目を閉じ、全神経を耳に集中させた。

視界が効かない分、聴覚が鋭敏に研ぎ澄まされていく。


(波の音……。海沿い、あるいは埋立地ね。そして、この反響。狭い金属製の空間。部屋というよりは……コンテナ。貸倉庫ね。北条さんと虎太郎君が追っていた……)


点と点が、司の頭の中で一つの線に繋がる。

北条は悠真と志乃に、貸倉庫業者のリストアップを命じていた。

あの鋭い男のことだ、既に犯人の目星をつけ、この場所に辿り着こうとしているはずだ。


「……信じて、待つ。耐えなさい、司」


自分に言い聞かせるように呟いた。

その時だった。


「誰を信じたって、待ったって、耐えたって……結果は同じですよ。貴女は僕の作る『究極の美』の、最後の一ピースになってもらう。それは、動かしようのない事実だ」


ゆっくりと、コンテナの重い扉が開かれた。

差し込んできた月明かりが、闇の中に『それ』を浮かび上がらせる。


「……っ!?」


絶句する司の視線の先。

自分とは反対方向を向いて座らされている『人のようなもの』。

長く艶やかな黒髪、しなやかで細い両腕、すらりと伸びた美しい両脚。


――だが、そのどれもが、質感も、肌の色も、微妙に異なっている。


「これが……一連の連続殺人事件の、本当の目的というわけね」


司の膝が、小さく、しかし激しく震え出す。

それを無理やり押さえ込むように、彼女は冷徹な声を絞り出した。


「貴方……狂っているわ。――本宮さん」


「あぁ……やっぱりバレてました? じゃあ、話は早いや」


扉が勢いよく全開になり、逆光の中に男のシルエットが浮かぶ。

一人目の被害者・長島綾の「献身的な恋人」であったはずの本宮和也。

彼が浮かべていたのは、最愛の女性を亡くした者の悲しみではなく、完成間近の作品を愛でる、狂気に満ちた恍惚の表情だった。



「狂ってる……。いい響きだ。みんな、最後にそう言って死んでいったよ」


本宮は、悦びに震えるように口元を歪め、拘束された司の鼻先まで顔を寄せた。


「みーんな、女たちが悪いんだ。何かと言えば容姿、容姿……。全てを外見の序列で決めようとする、くだらない種族。そんなに見た目が大切なら、僕が『完璧な美』を具現化してやろうと思ってね。容姿に一喜一憂するお前たちなど、僕の作った究極の美の前では、手も足も出ない下等生物なんだと……思い知らせてやりたくてね」


本宮の指が、司の顎のラインをなぞる。


「……最後の一ピースが、どうしても見つからなかった。整形という邪道に手を染めていない、凛とした『純粋な美』。……ついに見つけたよ、刑事さん」


「……誉め言葉として受け取っておくわ。でも、どうして彼女たちを手にかけたの?」


司は嫌悪感を押し殺し、努めて冷静に問いかけた。

一秒でも長く時間を稼ぐ。

言葉を紡がせれば、特務課の仲間たちがこの場所を特定する猶予が生まれる。

それに、己の犯行に陶酔するこの手の犯人は、これから屠る予定の獲物には、饒舌に真実を語るものだ。


「意志が弱いんだよ、こいつらは。みーーんな見た目だけを気にして、中身まで作り替えた。だからさ、僕が『救って』あげたんだ。整形なんてしなくても、最高に美しい部分がちゃんとあるじゃないか。その部分で勝負すれば良かったのに……って。本当に、残念だよ」


本宮は、愛しげに自身の『作品』へと擦り寄った。


「この子は、腕がすらりとしていて白く、透き通るようだった。でも、顔のせいで何年も彼氏がいないと嘆いていた。そんなに自分に自信がないなら、その美しい部品を僕にくれよ……って、貰い受けた。この子も同じ。素晴らしい脚線美だろう? この子は腰のくびれが芸術的だった。この子は胸の形が……」


慈しむように、パッチワークされた死体のパーツを一つ一つ愛撫していく本宮。


(何人……殺したのよ、貴方……!)


司の胸中に、氷のような怒りが湧き上がる。

腕、脚、腰、胸、顎、耳、手、尻……。

本宮が語るパーツの数だけ、犠牲者がいる。

既に、判明している以外に少なくとも八人の命が、このコンテナの中で潰されているのだ。


「そして、綾はこの中の誰にも負けない、美しい漆黒の髪の持ち主だった。本当に、魂を吸い込まれるような髪だ……」


「どうして、綾さんまで殺したの? 彼女は貴方の恋人だった。誰よりも貴方を愛していたはずでしょう!」


司の声に、隠しきれない激昂が混じる。


「あぁ……愛していたさ。本当に良い子だった。家事も完璧で、優しくて、僕のことをいつも第一に考えてくれる……。これ以上ない、最高の恋人だったよ」


「だったら、どうして!!」


司の叫びに、本宮の表情が劇的に変貌した。穏やかだった瞳に、どろりとした憎悪が噴出する。


「……隠してたんだよ、綾は。僕を、ずっと騙していたんだ」


「隠してた……?」


その言葉を聞いた瞬間、司の脳裏にすべてのピースが嵌まった。


「美しい髪、優しい笑顔。華奢で柔らかな肢体……。僕にとって、彼女は聖域だった。女神だったんだ。一緒にいれば癒やされ、心は満たされた。……なのに」


カタカタと、本宮の両手が激しく震え出す。


「……あの穏やかで慈愛に満ちた顔が、金で買った紛い物だった。整形で手に入れた偽りの容姿だったということを、あいつ……結婚が決まってから白状したんだ! それまで、一秒も欠かさず僕を欺き続けていたんだよ!!」


その表情は、先ほどまでの恍惚とした歪みとは別物の、修羅のごとき怒りに塗り潰されていた。


「整形をして……顔を変えた。ただそれだけのことが、殺すほどに許せなかったの?」


司の心に、激しい苛立ちが沸き起こる。

同じ女性として、そして一人の人間として。

もし自分が、本宮という男と出会い、好意を抱かれていたとしたら……。


「……ふざけないでよ」


「……え?」


「ふざけるんじゃないわよ!!  女は見た目がすべて? そんな下らない価値観、こっちから願い下げだわ。結婚まで話が進んだなら、外見だけじゃなく心で通じ合えていたはずでしょう? なのに、どうして……!」


どうして、奪わなければならなかったのか。

だが、司は言いかけ、背筋に走る戦慄に思考を止めた。


(違う……。私は、決定的な思い違いをしていたのかもしれない)


美しい女性を愛しているのであれば、何も殺して解体する必要はない。

側に置き、愛でればいいはずだ。

殺して、部位を切り取り、継ぎ接ぎする。

この猟奇性の根源は、憧れや執着などではない。


(そうか……。これは愛じゃない。――復讐だ)


司は即座に思考を転換し、本宮の瞳の奥に潜む「闇」を射抜いた。


「貴方……美女を、――『美』そのものを、心底憎んでいるのね?」


一瞬の静寂。

本宮は、自分の喉を掻きむしるように言葉を絞り出した。


「僕の家族は、一人の女のために瓦解したんだ。父が、その容姿に誘惑されて家を出て……。残された母は、僕を養うために必死で働き、そして……足を踏み入れてはいけない仕事にまで堕ちていった。すべては、まだ少年だった僕を食わせるためだけに」


ギリ……と、本宮が奥歯を噛み締める。

その口端から、鮮血が滴り落ちた。


「そして母は、ボロ雑巾のように捨てられ、自ら命を絶った。……どうしてこうなった? 僕は考え続けた。どれだけ考えても、結論は一つしかなかったんだ」


司の背筋に、冷たい汗が伝う。


「父は、整った容姿に負けた。愛する妻よりも、守るべき家族よりも、父は『美貌』という魔力に屈したんだ。美しさをひけらかし、他人の人生を平気で土足で踏みにじってくる女……!  僕は、そんな奴らが一番許せない!!  壊して、バラバラにして、組み替えなければ……気が済まないんだよ!!」


本宮の咆哮が、狭いコンテナの中に反響する。

悲劇の恋人の仮面を脱ぎ捨て、剥き出しになった本宮の動機。

それは、あまりにも深く、救いようのない呪いだった。

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