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SEVEN~警視庁特務課~  作者: 桂木 京
第9話:記憶の彼方に

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灰島の交渉

灰島は、冷徹な計算機のように状況を分析していた。

手元に銃火器はない。

丸腰での交渉、それがこの場へ入るための絶対条件だった。


(隙を見て突貫するか……? いや、距離がありすぎる。俺が動く微かな予備動作を、極限状態のあいつが見逃すはずがない。踏み込む前にスイッチを押されれば、全員ここで終わる……)


灰島は自身の身体能力に誇りを持っていたが、今の彼はかつてないほどの無力感に苛まれていた。

爆発という物理現象に対し、人間の筋肉があまりに脆いことを知っているからだ。


(だとしたら……。方法は、これしかない)


灰島は、静かに腹を括った。

彼はポケットの中でスマホを操作し、司へと繋がっている通話状態を維持したまま、ゆっくりと、しかし確実に響く声で語り始めた。


「……竹中。実を言えば、俺もあんたたちと同じなんだ」


「……何だと?」


「警察に入るまでは天涯孤独の身だった。唯一の身内だった大切な妹を無惨に奪われ、自暴自棄になった。俺が刑事になったのも、一課を志願したのも、立派な正義の味方になるためじゃない。ましてや、妹の仇を討つためですらないんだ」


灰島は言葉を紡ぎながら、目的の場所へとミリ単位で位置を修正していく。


「……死に場所を、探していたんだ。妹を失った瞬間、俺の世界は空っぽになった。守るものもなければ、生きている意味もない。警察という戦場なら、いつか誰にも迷惑をかけずに死ねる……そう思っていたんだよ」


(灰島くん……一体、何を企んでいる?)


唐突な身の上話に、北条の思考が激しく回転する。

説得による時間稼ぎか、それとも――。


「そんな俺にも、守るべき人ができた。俺なんかよりずっと優秀で、強くて……それでいて、どこか危うい奴なんだ。境遇が似ていた。あいつも、事件で家族をすべて失って、たった一人になったんだ」


(司ちゃんのことだね……)


北条は、無線やスマホの向こうでこの声を聞いているであろう彼女の表情を思い浮かべた。


「だから決めた。これからは、もう一人にはさせない。寂しさも悲しさも、全部二人で分かち合えるようになろうって。この件が無事に終わったら、言うつもりだったんだ。……『家族になろう』ってね」


「灰島くん……」


北条は、胸を締め付けられるような後悔に襲われた。

もっと早く、情報の「歪み」に気づいていれば。

高橋や熊田、そして自分さえもが駒として動かされている「盤面」の正体を看破できていれば。

そうすれば、この若き天才に、こんな「遺言」のような言葉を吐かせずに済んだはずなのに。


「……灰島くん。それはここじゃなく、無事に帰ってから本人に直接言ってあげようよ」


「……そうですね。だから、俺はここで死ぬわけにはいかない。竹中、お前だってそうだろ!? 家族がいるんだろう!? 子供の寝顔を見たくないのか!」


灰島の叫びは、鋭い刃のように、しかし最後には包み込むような温かさを持って竹中の胸へと突き刺さった。


その瞬間、竹中の指が、スイッチから僅かに浮いた。



灰島の必死の説得により、竹中の指から力が抜けかけた。 だが、無慈悲な電子音がその希望を断ち切った。


「……え?」


震える手で竹中が取り出した携帯電話。

そこに届いた一通のメール。

それを見た竹中の顔面から、一気に生気が失われた。


「竹中……?」


灰島が呼びかける。

しかし、竹中は蒼白のまま、引き攣った笑みを浮かべて携帯の画面を灰島に、そして北条に向けた。


「……なんだよ。成功すれば助けるって言ったじゃねぇかよ……! 話が、違うじゃねぇかよぉ!!」


怒りと絶望で喉を枯らす竹中。

灰島が目を凝らしてその画面を覗き込むと、そこには悪魔の宣告が記されていた。


『時間切れ。先に天国で待たせとくよ』


添えられた画像には、血溜まりの中でうつ伏せに倒れる若い母親と幼子の姿があった。

不鮮明ながらも、その頭部に刻まれた銃創が、救いのない結末を冷酷に物語っていた。


「なんて……ことだ」


灰島が絶句する。

北条もまた、その凄惨な画像から黒幕の周到な「台本」を読み取っていた。


(酷いねぇ……。長引けば、僕か灰島くんが彼を説得することは織り込み済みだったわけだ。竹中の脆いメンタルを見抜き、一定の時間が経過すれば自動的に家族を手にかける……。救うつもなんて、最初から一欠片もなかったんだね)


北条の奥歯が、ギリと音を立てる。

これほどまでに人間の尊厳を蹂躙し、駒として使い潰す手口。


(……黒幕の正体は後だ。まずは、この最悪の幕引きからどう生き延びるかだ)


北条は、ポケットの中で通話状態にあるスマホに、外の稲取や司へ確実に届くよう声を張った。


「まぁ、落ち着いて! それだけの爆弾だ、起爆すればこのビルは大破する。周辺施設にも甚大な被害が及ぶ。少しだけ待ってくれ! 今、現着している刑事たちに、近隣住民を避難させるよう指示を出すから!」


(稲取くん、気づいてくれ。これはブラフじゃない。一刻も早く、全員をビルから遠ざけろ……!)


湾岸ビルが倒壊すれば、背後の海だけでなく、隣接する施設も巻き添えになる。


「もう、何人死んだっていいじゃねぇか……。俺と家族だけが死ななきゃならねぇなんて、不公平だ……。だったら、全員道連れにしてやるよぉ!!」


竹中の理性が完全に崩壊した。

起爆を阻止するという第一のプランは、もはや塵と消えた。


「……頼むよ。これだけ切羽詰まった状況、人生でもそうそう無いんだからさ」


北条はそう言うと、絶望的な状況に似つかわしくない、優雅でさえある苦笑いを浮かべた。

その視線は、背後の窓――東京湾の深い闇へと向けられていた。


「灰島くん、準備はいいかい?」


灰島はその言葉の真意を悟り、低く、力強く答えた。


「……いつでも」



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