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SEVEN~警視庁特務課~  作者: 桂木 京
第9話:記憶の彼方に

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生存ルート

「……真面目に考えよう。抗争中のはずの鬼神会はどこへ行った? そして、そもそもこの事件の情報を流したのは誰だ? なぜ、このビル内に入ることを許可されたのが、僕と灰島くんなんだ……?」


8人を連行し、静まり返ったビルの通路を入り口へと向かう間、北条の脳細胞はフル回転していた。


「僕は、これまでの捜査で多くの恨みを買ってきた。それはいい。でも、灰島くん、どうして君なんだ? 極道や麻薬密売組織に関する大きな事件に、君はまだ深く関わっていないはずじゃないか……」


考えれば考えるほど、パズルのピースが歪に食い違っていく。


「灰島くん……」


「はい?」


「君、ここに急行する直前、僕に何か言おうとしていたよね? あれは……」


その時だった。

灰島のポケットでスマホが短く震えた。

届いたのは一通のメール。


『今回の事件、一課と四課を出動させる意図があるものと推測。罠の可能性が高い。無理な深追いは禁物』


「司……?」


送り主は、恋人の司。

四課の現場で異変を察知した彼女からの、決死の警告だった。

灰島は周囲を警戒しながら、スマホの画面をそっと北条の方へ傾ける。


「……よくもまぁ、これだけの根回しを……」


北条の中で、仮説が「確信」へと変わる。


(警察内部に、この舞台装置を組み上げた黒幕がいる。そいつは上層部に君臨しながら、極道組織とも太いパイプを持つ人物……。そして……)


北条は隣を歩く灰島の横顔を盗み見た。


(きっと、灰島くんが追っている「妹の事件」の真相が、その闇に触れてしまったんだ。消さなきゃならない本命は、僕じゃない。灰島くんの方だ。どうにかして、彼だけでも守る方法を……)


若き天才・灰島は、知らず知らずのうちに警察の最深部にある腐敗に手をかけてしまった。

高橋警視監や自分たちですら触れることのなかった、底なしの深淵に。


「そ……そこまでだ」


不意に、背後から突き刺さるような声がした。

怯え、掠れ、しかし逃れられない絶望に支配された声。


「絶対に、誰も動くな……!」


一同の最後尾を歩いていた、犯人グループの一人が足を止めていた。

全員が、弾かれたように振り返る。


「た、竹中……お前!」


太田が驚愕の声を上げる。

竹中はグループの中で最も若く、まだ幼さの残る鉄砲玉のような男だった。

だが、今の彼の目には理性のかけらもない。

その手には、不気味な赤色灯を点滅させる爆弾が握られていた。


「おい……何やってるんだよ、竹中ぁ!」


「その爆弾、どこで手に入れやがった……!」


おそらく、合流地点までの死角に隠されていたのだろう。

彼が抱えるバッグの中には、他にも複数の爆弾が詰め込まれているのが見えた。


「……これは、予想できなかったねぇ……」


北条が小さく舌打ちをする。

犯人8人の中に、最初から「清算役」が紛れ込んでいたこと。

そして、それが仲間であるはずの少年だったこと。


「竹中くん。……君も、生きて帰れるとは聞かされていないんだろう?」


北条の静かな問いかけに、竹中の指が、起爆スイッチの上で激しく震えた。



「竹中!お前、何を馬鹿な真似を……。このままこいつらと外に出れば、逮捕はされても命だけは助かるって、そう約束したばかりじゃねぇか!」


爆弾を手にした竹中に、かつての仲間たちが必死に歩み寄り、説得を試みる。しかし、若き鉄砲玉の瞳には、戻ることのできない絶望の色が濃く張り付いていた。


「……お前らはいいよな、天涯孤独の身をオジキに拾ってもらったんだから、自分の命だけ守ればいい。でもよ……俺には家族がいるんだよ! カミさんと、まだ2歳のガキがいるんだよぉ……!」


竹中の叫びは、悲痛な叫びとなってレストラン街の静寂を切り裂いた。


「逆らえば家族の命はない……そう言われたんだね? ……一体、誰に?」


北条の鋭い視線が竹中を射抜く。

その声には、冷徹な追及とは裏腹に、極限状態に置かれた若者への微かな慈悲が混ざり合っていた。


「知らねぇ奴だ……。でも、男だ」


「何か、方言とか言葉の特徴はなかったかい?」


「そんなの、気にしてねぇよ……!」


竹中の指は、起爆スイッチの上で激しく震え、会話の歯車は一向に噛み合わない。


(無理もないか。命の危機と、最愛の家族の安全……その両方を天秤にかけさせられれば、普通の人間なら正気ではいられない……)


これまで数多の修羅場を潜り、あらゆる「人間」を見てきた北条。

竹中が今、どれほど泥濘(ぬかるみ)のような恐怖の中にいるのか、容易に想像がついた。


「質問を変えよう。『彼』は自分のことを何て呼んでいた?」


北条は、警視庁上層部に黒幕がいるという仮説に基づき、慎重に言葉を選んだ。


「それは……覚えてる。『私』って言ってた。なんだか偉そうな奴だな……そう思ったからな」


(……なるほどね)


北条の脳裏に、本庁幹部たちの顔ぶれが過る。

警視庁上層部で、一人称を「私」で通し、これほどの盤面を動かせる権限を持つ者は、わずか三人。そしてその中の一人は、北条の刑事人生を支えてくれた恩人でもあった。


「……まさか、ね……」


最悪の予測が背筋を冷たく撫でたが、北条は雑念を振り払うように小さく頭を振った。


「とにかくだよ、竹中くん。今、この状況を冷静に考えてみよう。この場所でその規模の爆弾を起爆させたらどうなるか。一気に足場が崩れて、僕たちは全員海の底。運が良くても瓦礫の下敷きだ。……例外なく、全員ね」


湾岸ビルはその名の通り、東京湾の(きわ)に立つ。

窓の外に見える穏やかな海は、崩落が始まれば逃げ場のない死の淵へと一変する。

正面玄関以外に、生還のルートは存在しない。


(全く……ここまで完璧な根回しができる知能があるなら、もっと有効なことに使ってほしかったねぇ。お陰様で、人生最大級のピンチじゃないか……)


北条の額に、じわりと脂汗が浮かぶ。

スタイリッシュな仮面の下で、彼は初めて、死の香りが混じった潮風を吸い込んだ。


「北条さん、下がって……! カウントダウンが始まってる!!」


不意に、沈黙を守っていた灰島が叫んだ。

竹中が抱えるバッグから、死の秒読みを告げる無機質なビープ音が室内に響き渡った。

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