鬼神会
関東最大の極道組織・鬼神会。
その名が出た瞬間、現場に走った戦慄は一課も四課も同じだった。
「新堂ぉ! お前は今日は連絡係だ。事態が動いたらすぐに無線を飛ばせ。いいな!」
熊田が、部下の女刑事に野太い声で命じる。
しかし、彼女は一歩も引かなかった。
「私も行きます。私だって鬼神会の幹部を検挙しています。この期に及んで物怖じしていては四課の恥です!」
新堂と呼ばれたその女刑事は、冷たく、そして鋭い瞳で熊田を見据える。
その凛とした佇まいは、まさに『氷の新堂』という二つ名に相応しいものだった。
「……へぇ、あの子が噂の彼女かい。すっごい美人じゃないの~」
「からかわないでください。……しかし、捜査方針を早急に確立させなければ、我々が後手に回りかねない。見極めが難しい案件ですね」
灰島は冷静に分析するが、その視線は一瞬だけ新堂の方へと向けられ、すぐにビルへと戻された。
「そうだねぇ。じゃあ、鬼神会の捜索は四課に任せて、僕たちはビルに立て籠もっている犯人の対応を頑張ろう。……灰島くん、彼女さんが気になるなら四課のサポートに入っても構わないよ?」
「……いえ、俺は北条さんと一緒に行きます。公私混同なんてしていられませんから」
「……大したプロ意識だ。いいよ、行こう」
こうして、北条と灰島の二人は、緊張の糸が張り詰めたビルの入口へと足を進めた。
「何だお前たちは! 止まれ!」
入口を固めていた二人の大柄な男が、威嚇するように立ち塞がる。
「警察だ。要求通り交渉に来てやったぞ」
灰島が落ち着いたトーンで応じる。
「交番勤務のペーぺーじゃねぇだろうな!」
男たちは灰島の顔を品定めするように睨みつける。
どうやら、彼らは交渉役の「格」を極端に気にしている様子だった。
「確かに新人ではあるが、俺は捜査一課の刑事だ。不足はないと思うが」
「もっと上の奴を出せ! お前じゃ話にならねぇ!」
男たちが声を荒らげ、灰島を追い返そうとしたその時。
一歩前に出た北条が、ひらひらと手を振って犯人たちに笑いかけた。
「まぁまぁ。警察の中でも捜査一課ってのはエキスパートの集まりなんだ。その辺の交番勤務よりは、話がスムーズに進むと思うけどなぁ」
「テメェ、何者だ?」
「あー、ごめんごめん。僕は警視庁捜査一課の北条というものだよ。まぁ、この若者よりはベテランだね。良かったら、僕が交渉の席に着こうか?」
「……捜査一課の、北条?」
その名前が出た瞬間、ビルの上階から様子を伺っていた男たちが顔を見合わせ、何やらひそひそと協議を始めた。
「北条さんが名前を出した途端……様子が変わりましたね」
「もしかして、昔逮捕した人でもいたのかな。有名税ってやつだね、困ったもんだ」
北条は灰島に冗談を言い、リラックスした様子で相手の出方を待つ。
数分後。上階から降りてきた男が、吐き捨てるように言った。
「……あんたとお前……二人とも中に入れ。来い」
犯人グループは、北条と灰島をビル内に招き入れるという結論を下した。
これが、すべてが狂い始める、地獄への招待状になるとも知らずに――。




