回想②
「僕はまだ、8年前は捜査一課にいてね……」
北条が静かに語り始める。
その声は、遠い記憶の底にある埃を払うかのように、慎重で重みがあった。
当時、警視庁の象徴とも言えた高橋(後の警視監)が捜査一課の現場を退き、幹部へと昇格したのが9年前のことだ。
その高橋が、自らの後継として北条に一人の若者を引き合わせた。
「北条、俺の代わりに組んでほしい奴がいる。まだ新人だが、才能だけはある。こいつを横に置いて、刑事のいろはを叩き込んでやってくれねぇか」
高橋が連れてきたのは、長髪を無造作に束ねた、冷徹なまでに端正な顔立ちの若者だった。
都会的な空気を纏い、その瞳には新人特有の気負いも、恐怖もなかった。
「灰島 一誠です」
灰島と名乗るその青年は、当時の「伝説のバディ」の一角である北条を前にしても、眉ひとつ動かさずに堂々と名乗った。
その姿を見て、現捜査一課長の稲取が横から口を出す。
「お前……新入りなら普通、北条さんに会えたらもっと興奮とかねーのかよ」
稲取もまた、当時は北条と背中を預け合う一課の精鋭だった。
そんな彼が面白がって灰島を冷やかすが、灰島の返答は氷のように冷たかった。
「……別に。刑事は芸能人じゃない。追いかけるのは刑事じゃなくて、悪人。そうでしょう?」
その真っ直ぐで、迷いのない視線。
北条は瞬時に理解した。高橋がなぜ、この劇薬のような青年を自分に預けたのか。
「……正論だね。全くその通りさ。追うべきは犯人だ。稲取くん、こりゃ一本取られたね」
北条は軽やかに笑い、稲取をからかうことで、一触即発になりかねない場の緊張感を霧散させた。
「灰島くん、これからよろしく。僕のことは先輩なんて思わなくていい。効率的に、美しく事件を片付けていこうじゃないか」
「了解です。願ってもない提案です。俺、無駄に体力使いたくないんで」
北条と灰島が交わした握手。
その傍らで、稲取が不満げに「……生意気な奴」と吐き捨てたのが、すべての始まりだった。
捜査一課内での灰島の第一印象は決して芳しいものではなかった。
だが、彼はその前評判を、実力という圧倒的な結果で塗り替えてみせた。
天才的な頭脳と直感を持つ北条に対し、灰島は恐るべき分析力と、迷いのない行動力で完璧なアシストをこなした。
「あいつ、北条さんのあの飛躍した推理に完璧についていってやがる……」
「射撃のセンスも異常だ。警察学校では首席だったらしいぜ」
警察は、結果がすべての世界だ。
灰島一誠は、文字通り実力だけで自らの居場所を勝ち取っていった。
やがて一課内には、不動の序列が完成した。
伝説の北条。
マムシの稲取。
そして、若き天才・灰島。
この三人の名は「捜査一課の鉄壁」として、警視庁のみならず日本全土に知れ渡っていくことになる。
「……それが、僕たちの黄金時代だった。少なくとも、あの日が来るまではね」
北条は一度言葉を切り、モニターに映る「死んだはずの男」を悲しげに見つめた。




