表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SEVEN~警視庁特務課~  作者: 桂木 京
第8話:東京の最も長い1日

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

107/114

想定内の『予想外』

一方、北条は解放された人質三人の背後を、影のように追っていた。


(ここまで探しても、大山さんは居なかった。だとしたら、考えられる可能性はただ一つ。油断した人質たちが「自由」を感じる、出口までの道筋だ!)


上層階へと向かっていた自身の推測を、北条は即座に修正した。


(彼は、五年もの間、静かに娘の帰りを信じ続けてきた忍耐強い人だ。短絡的な正面突破など選ぶはずがない。僕の読みが甘かった……!)


北条は自らの失策を苦く噛み締める。

大山新という男が抱える、静かすぎる怒りの深さを読み違えていた。


(絶望の淵で娘の死を知らされ、それでも今この瞬間まで姿を見せない大山さん。彼が、あいつらと対峙した時、何が起こる……?)


長年育て続けた「希望」を無惨に踏みにじられ、残ったのは黒く澱んだ「殺意」のみ。

北条は大山がどの地点で三人と接触するのか、神経を研ぎ澄ませて周囲を走査する。


三人は非常階段を駆け下り、二階の広いホールへと躍り出た。


(馬鹿な。正面玄関以外はすべて犯人グループが押さえている。戻らざるを得ないはずだ。そこを……狙う気か!)


北条が三人の引き返す軌跡を予測した、その時だった。


「娘を……返せッ!!」


空間を切り裂くような慟哭と共に、一人の男が躍り出た。


「大山さん!?」


北条は狼狽え、視線を走らせる。

そこにはメンテナンス業者用の、普段は人目に触れない点検口が無残に開け放たれていた。


「くっ、盲点だった! 大山さん、やめるんだ! あなたまで血に染まる必要はない!」


北条は必死に地を蹴った。

だが、その距離は、絶望に突き動かされた父親の執念に半歩届かなかった。


大山の振り下ろした千枚通しが、銀色の軌跡を描き、逃げ惑う男の一人をとらえる。


「ぎぃ、あぁぁぁ!!」


無慈悲な一撃が男の太腿を貫いた。

男は噴き出す鮮血と共に床を転げ回り、無様に悲鳴を上げる。


「なんてことを……!」


北条はすぐさま大山に取り押さえにかかる。

しかし、大山の身体からは、普段の物静かな印象からは想像もつかないような、獣じみた怪力が噴き出していた。

北条は激しく振り払われる。


「返せ! 娘を返せぇぇーー!!」


千枚通しを奪い取ろうにも、大山の握力は鋼鉄のように固く、手から離れない。


(くっ……虎なら一瞬で組み伏せられるんだろうけど……僕の筋力じゃ厳しいな!)


負傷者が出た。

状況は「救出」から「惨劇」へと変貌しつつある。

北条の端正な顔に、珍しく焦りの色が濃く滲んだ。


北条を振り払い、凄まじい執念で男たちへと一歩ずつ迫る大山。

その姿はもはや温厚な都庁職員ではなく、地獄から這い出した修羅のようだった。


「大山さん、落ち着くんだ! 今、感情に任せて彼らを傷つけても、あなたのためにならない!」


「みさきが……娘が帰ってこないなら、もう私に失うものなどない! それなら、いっそこの三人の息の根を止めてやる……! 娘がどれほど苦しみ、絶望したか、その命をもって味わうがいい……!」


食いしばった歯が欠け、口端からは紅い血が滴り落ちる。

それでも大山は、三人の罪人に向かっていった。


「ひぃぃ……やめろ! 来るな!」


「許してくれ、金ならいくらでも払うから!」


口々に無様な命乞いを繰り返す男たち。

しかし、大山の歩みは止まらない。


「お前たちも、嫌がるみさきを辱めたんだろう! 『やめて』というあの子を……!」


「頼む! なんでも言うことを聞くから……!」


男の一人が放ったその言葉に、不意に大山の動きが止まった。


「なんでも……?」


「ああ! なんでも言ってくれ! それで罪滅ぼしになるなら!」


「わかった……」


大山の身体から、ふっと力が抜ける。

北条はそれを見て、ようやく理性が戻ったのかと一瞬の安堵を覚えた。

しかし――。


「じゃあ、あの世で三人、みさきに土下座して謝ってくれ」


冷酷な宣告と共に、大山は再び獣となって躍り出た。

二度、三度と鋭い千枚通しが空を切り、銀色の閃光が走る。


「ぎゃあああ!!」


「やめて! 痛い、痛いぃぃ!!」


急所を狙い振り下ろされる刃。

それを防ごうとした男の腕を、掌を、容赦なく鋼鉄の針が貫いていく。

血飛沫がホールを汚し、男たちの悲鳴が反響した。


(これじゃあ、時間の問題だ……!)


言葉での制止はもはや不可能。

そう直感した北条は、大山の懐に深く踏み込むと、全体重を乗せた背負い投げで彼を床に沈め、そのまま完璧な関節技で拘束した。


「大山さん、落ち着いて! あなたまで殺人に手を染める必要はない! みさきさんは、そんな血塗られた結末を望んではいないはずだ!!」


耳元で諭すように、北条は魂を込めて叫んだ。

その慟哭に近い声が届いたのか、大山の身体から、ついに完全に力が抜けた。


「……あの日……」


沈黙が数秒、ホールを支配した。

大山は溢れる涙を拭おうともせず、床を見つめたまま当時の記憶を絞り出した。


「あの日は……私の誕生日だったんです。みさきは『夕食は豪華なものを作るね』と言って、買い物に出かけて……そのまま……。怖かっただろう、辛かっただろう……!」


ついにその場に突っ伏し、男泣きに声を上げて泣き崩れる大山。

一方、九死に一生を得た三人の男たちは、醜く安堵の息を漏らした。


「う、うぅ……助かった……!」


「刑事さん、早く、救急車を……!」


「早く帰りたいよ……!」


そんな三人に、北条は氷点下の眼差しを向けた。


「救急車は必要ない。これから君たちには警視庁に来てもらう。……全員、逮捕だ」


「そ、そんな……」


「君たちのやったことは、決して許されることではない。絶対に逃がさないよ。残りの人生をすべて使ってでも、償ってもらう」


項垂れる男たちを見下ろしながら、北条の胸の内には黒い怒りが渦巻いていた。


(こんなやるせない気持ちは久しぶりだ。……許さないよ、F……!)


人の親の心を弄び、悲劇をエンターテインメントに仕立て上げた悪魔。

こんな下らないゲームは、今この瞬間、僕が即刻終わらせてやる。


北条は通信機のスイッチを入れ、冷徹なプロの顔に戻った。


「司さん、突入の準備を。……ターゲットをF、そして狙撃手に絞る。これより、特務課の反撃を開始する」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ