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SEVEN~警視庁特務課~  作者: 桂木 京
第8話:東京の最も長い1日

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反撃

懸命の聞き込み捜査が続く中、深夜の静寂を切り裂くように、特務課の無線が激しく交錯する。


「#都庁ジャックの情報量が爆発してる……! 僕はSNSの投稿をリアルタイムで精査しながら、デマを排除して有力なものを報告する。ついでに発信元の特定も進めるよ!」


悠真の指がキーボードを叩く音が、焦燥感を煽る。


その時だった。


「……奥多摩での目撃情報が」


志乃が、消え入りそうな声で呟いた。


「日付、時刻が当時のNシステムのデータと一致しました……」


志乃の表情には、深い苦渋が滲んでいた。

情報を精査し、真実に近づくことが、同時に一人の女性の絶望的な最期を確定させていく。

その残酷な矛盾に彼女は耐えていた。


「奥多摩の……どこ?」


司の問いに、志乃は一呼吸置いて答えた。


「……御岳山(みたけさん)です」


その場所の名が出た瞬間、メンバーの間に重苦しい沈黙が流れた。

行方不明者の生存を信じたい者にとって、それはあまりに非情な報せだった。


「車両の足取りは?」


「はい……国道から御嶽山方面へ向かうルート上のNシステムで、ナンバーが一致。その先、山を越えた側の検知ポイントには現れていません。……車両は、山の中で一定時間停止していたと考えられます」


「国道から山頂付近までは一本道か……」


「……はい」


捜索の経験が豊富な彼らには、犯人の車が深夜に山林へと向かう意味が痛いほど理解できていた。


「志乃さんの情報だ、間違いねぇんだろうが……。今回ばかりは、勘違いであってくれと願っちまうぜ」


虎太郎が、自身の無力さを噛み締めるように拳を握りしめる。


「私も……何度も、何度もナンバーを見直しました。でも、一致してしまったんです……」


志乃の声が震える。それは『勘違いであってほしい』という願いを、冷徹な数字が打ち砕いた証だった。


「……ここで立ち止まっていても事態は好転しないわ。虎太郎くん、今すぐ御嶽山へ急行して。志乃さんは現地の所轄に連絡、虎太郎くんのバックアップを要請」


司の冷徹な、しかし確実な指示が飛ぶ。


「了解……!」


「了解しました……」


二人の返信と重なるように、悠真が叫んだ。


「ねぇ、SNSの方にも決定的な情報が来てる! 共有するよ!」


『間違いない、こいつらだ。ガソリンスタンドでボロボロの女の子を乗せた車を給油してるのを見た』


『一番右の奴、中学の同級生だ。今は確か土建屋をやってるはず』


『真ん中の奴、登山が趣味でSNSにそれ系の投稿をしまくってる。現場に詳しいはずだ』


匿名性の盾に隠れた群衆の「正義」が、凄まじいスピードで人質たちの素性を暴き、外堀を埋めていく。


「このスピード感は……よろしくないね。世論が暴走する前に、僕たちが真実を掴み、アクションを起こさないと。捜査が混乱するどころか、私刑(リンチ)が始まりかねないよ」


北条は大山新の姿を追い求め、暗い都庁の廊下をさらに深く進んでいく。

真実が明らかになるにつれ、Fの描いた「復讐のシナリオ」が、完膚なきまでに完成に近づいていた。


次々と暴かれていく3人の素性、そして雨あられと寄せられる目撃証言。

情報のエキスパートである悠真の顔からは、いつもの余裕が消えていた。


「このままだと、現場に野次馬が出始めるのも時間の問題だよ。投稿者たちは『自分だけの特ダネ』を求めて、規制線の外どころか中まで入り込もうとする。そうなったら、証拠も何もかも滅茶苦茶になる……!」


「虎太郎くん、現場までどのくらい?」


司の鋭い問いに、フルスロットルのエンジン音が応える。


「同じ都内だ、飛ばせば30分かからねぇ! 車じゃ入れねぇ細い道も、俺の愛車なら深いところまで突っ込める。今、奥多摩の入口に入ったぜ。急ぐ!」


虎太郎の駆るバイクが、深夜の青梅街道を火の玉のように駆け抜けていく。 一方、都庁内部を独り進む北条の足が、ふと止まった。


「……ちょっと待って。まずいよ、これは……」


「どうした、北条さん!?」


「……人質たちの様子がおかしい。何かを……訴えているね」


北条は、テレビ局が配信している展望台のライブ映像を凝視した。

音声は絞られているが、3人の若者たちが、必死の形相でFに向かって何かを叫んでいる。


「命乞い……かしら?」


あさみが呟くが、北条は首を横に振った。


「いや、それだけじゃない。彼らは何か、自分たちの『切り札』をさらけ出そうとしている。……あまり軽はずみな行動を取られてしまうと、視聴者の狂信的な正義感を無駄に煽ることになる」


放送の主導権をFが握っている以上、迂闊な介入はできない。

この「劇場」で起こる一挙手一投足が、都庁内に囚われた数百人の命に直結しているのだ。


「頼む……余計なことだけはしないでくれよ……」


北条の祈りも虚しく、スピーカーからFの艶然とした声が響き渡った。


『皆さん、大スクープです。なんとこの3人の青年たちは、ただの暴行魔ではありませんでした。彼らは自らが犯した――警察すら見逃した「真の罪」を、今この場で打ち明け、懺悔したいと申し出てきました。私はその勇気を称え、告白の場を与えようと思います』


「……なんですって?」


「……ちっ! 泥棒に追い銭かよ!」


司と辰川が、苦虫を噛み潰したような顔でモニターを睨む。

人質自らが、警察の失態を全国放送で告白する。

これこそが、Fが描いた最大の「警察への侮辱」だった。


「……私と辰川さんは司令室に戻るわ。現場の指揮権を完全に掌握する。虎太郎くんはそのまま御嶽山へ! あさみは狙撃手の死角を見落とさないで。ここから先は、ただの立て籠もり事件じゃない。……全面戦争よ」


司の瞳に、特務課を率いるリーダーとしての熾烈な光が宿る。


「古橋隊長に至急連絡を。各課応援体制を整え、都庁周辺を完全に封鎖。野次馬もメディアも、これ以上は一歩も中に入れさせない。……もう、お遊びは終わりよ」


司の冷徹な号令。

5年前の闇、SNSの暴走、そして目の前のテロリスト。

すべてを叩き潰すため、特務課の牙が再び剥かれた。


「俺たちは逮捕されて、有罪にもなった。でも……あれが全部じゃないんだよ!」


すがるように叫ぶ人質の、あまりにも往生際の悪い叫び。

その絶望的な醜態に、共犯の二人も堰を切ったように言葉を漏らし始めた。


「……仕方なかったんだ、あんなに暴れるから」


「少し痛めつければ大人しくなる、そう思って……」


展望台の床にへたり込み、土下座をするようにして語られる「懺悔」。

だが、その言葉の端々には、被害者への謝罪ではなく、己の保身と卑怯な言い訳がこびりついていた。


(やめろ……。それ以上、多くの人の前で彼女の尊厳を汚すな……!)


大山を探し、展望台の防音扉のすぐ近くまで辿り着いた北条。

館内放送のスピーカーから聞こえる身勝手な供述に、北条の眼鏡の奥の瞳がかつてないほど鋭く燃える。


『それは……。被害女性を「殺害した」ということですか?』


Fの、まるで死神が答えを誘導するような、甘く冷酷な問いかけ。


「……殺したわけじゃない、死んだんだ……動かなく、なっただけで……」


「大人しくしてれば、お互いに『楽しんで』終わりだったのに……!」


どこまでも被害者を嘲弄するような三人の姿に、無線機の向こうでメンバーたちの感情が爆発した。


「……サイテー」


あさみの、感情を削ぎ落とした氷の声。


「解放された瞬間に即逮捕よ。地の果てまで追い詰めて、二度と日の光を拝ませない。……一課に応援要請済み。彼らの逃げ場なんて、もうこの世界のどこにもないわ」


司の冷徹な宣告が響く。


『……それで? 殺した彼女を、そのあとどうしたんですか?』


「俺がよく登山に行く、御嶽山に……埋めた。何度も様子を見に来れるように、目印を自分たちで決めて……」


「虎太郎くん!」


「もう着くぜ!……ちくしょう、ふざけやがって……!」


奥歯を噛み締める虎太郎の脳裏に、これまで救ってきた命の重みがよぎる。 生きて、無事に親父さんに会わせる。

その一心でバイクを飛ばしてきた彼の願いは、あまりにも残酷な形で打ち砕かれた。


「絶対に助けてやる、そう思ってたのによ……!」


虎太郎は御嶽山の深い山道へとバイクを滑り込ませる。


『国道から一本道。車が進めなくなるところまで無理矢理進んで、突き当たりの斜面から落とした。そのあと下に下りて、すぐ近くの木の下に……』


語られるのは、死体遺棄の凄惨な工程。

それが今、日本中のテレビ画面を通じて、そして都庁の中にいる「父親」の耳に直接届けられている。


「……鑑識を送ってくれ。大至急だ」


虎太郎の声は怒りで震えていた。


「もう向かわせているわ。あなたが出発した直後にね」


司は常に最悪を想定していた。

だが、今回ばかりはその予測が外れてほしかったと、心の底から願っていた。


「北条さん……お願い、大山さんを。このままじゃ、彼が……!」


北条は、展望台への通路の影で、ついに一人の男の背中を見つけた。

大山新。

彼は、娘をゴミのように扱った男たちの声を、誰よりも近い場所で聞いていた。

その手には、震えながらも固く握られた、鋭い工具が握りしめられている。


北条は息を潜め、一歩、父親の背後へと足を踏み出した。


「もう……このまま無理にでも乗り込んで、あいつら全員ブッ飛ばしてやろうかしら……!」


一方、単独で先行していたあさみは、夜の闇にそびえ立つ都庁ビルの真下に立っていた。

見上げる巨塔は、無数の犠牲者と罪人の声を飲み込んだ墓標のように冷たく静まり返っている。


「ねえ司さん、いいでしょ? 突入できそうなルート、もう5ヶ所は見つけたけど」


あさみの苛立ちは、すでに沸点を超えていた。

潜入経路を探りながら無線越しに聞いていた、人質たちのあまりにも醜悪な「告白」。

Fへの激しい怒りと、三人の卑劣漢への殺意に近い感情が、彼女の心の中で渦巻いている。


「5ヶ所……。確かにそう見えるかもしれないけれど、あさみ、油断しないで。相手にはあの『狙撃手』がいる。それに、Fのことよ。あえて侵入を許し、袋の鼠にする罠の可能性も高いわ」


「そんなの、心配しすぎだよ!」


「もしものことを考えたらキリがない。でもね、私はメンバーを誰一人として失いたくないの。確実な方法で、この事件を終わらせる。それが私の責任よ」


司の言葉には、鉄のような硬い意志と、仲間への深い愛情が込められていた。


「まあ、ここは司ちゃんの気持ちを汲んでおこうよ。僕たちは確実に、そして『スタイリッシュ』に事件を解決できればそれでいい」


北条が、軽妙ながらも重みのある声で助け船を出した。


「……分かったわよ。司さんの判断を待つわ」


「……ありがとう、あさみ」


「中の様子は、動ける範囲で僕も探っておく。……まあ、大山さんの保護が最優先だけどね」


北条、あさみ、司。

現場と司令塔が呼吸を合わせ、都庁制圧のカウントダウンが始まった。


「俺は、突入が始まったら即座に動く。爆弾が仕掛けてあるなら、俺が全部黙らせてやるよ。あいにく格闘や銃撃戦は専門外だ。安全が確保され次第、都庁に入る」


辰川は、爆弾処理キットを最終確認し、静かに闘志を燃やす。


「私と悠真くんは、引き続き情報の整理と共有を。Fの隙を逃しません」


「もうね、僕の持てる全てのスキルを使って、都庁の隅々まで覗き尽くしてやるよ!」


志乃と悠真、オペレーター組も全力のバックアップを誓う。


しかし、その決意に冷や水を浴びせるような報せが届いた。


「……見つかったぜ。あいつらの言った通りの場所だ。今、鑑識が調べてる……」


御嶽山の深い闇の中から、虎太郎の掠れた声が響く。

足元に横たわるのは、5年もの間、冷たい土の中で父親を待ち続けていた白骨死体。


「……俺も、山を下りたら合流する。やれることは何でもやるぜ。絶対に……許さねぇ。あそこにいる三人のクズも、それを弄んで楽しんでるFも……全員だ!!」


虎太郎の怒りは、悲しみを超えて静かな殺気へと変わっていた。


「虎……待ってるよ。あさみちゃん、今の『ゲーム』が一段落して、人質が解放されたら……都知事執務室の真下に来れるかい? 引き継ぎたいことが、あるんだ」


「あたし? ……了解」


あさみは、不意に指名されたことに驚きつつも、北条の声の奥にある「覚悟」を感じ取り、短く応じた。


都庁の深部で大山部長を見守る北条。

外壁を這い上がる準備を整えるあさみ。

遺体という「真実」を背負って戻る虎太郎。


バラバラだったパズルが、ついに一枚の絵を完成させようとしていた。

それは、Fという悪魔が望む「破滅」か、それとも特務課が導く「正義」か。


物語は、運命の最終局面へと加速する。

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