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SEVEN~警視庁特務課~  作者: 桂木 京
第8話:東京の最も長い1日

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真実

刻一刻と、無慈悲に時間だけが過ぎ去っていく。

今回の事件は、これまでの「人質の過去を暴く」という単発のパズルとは次元が違っていた。


表向きは解決済みの連続暴行事件。

だが、Fが提示した『闇』という言葉の通り、警察が幕を引いた場所のさらに奥に、底なしの深淵が口を開けていた。


「着いたよ、福祉保健局」


北条は、目的のフロアに降り立つ。

犯人グループの配置は意外なほど偏っていた。

彼らの主な警備対象は展望台と執務室、そして出入口。

各局エリアが並ぶ中層階には、監視の目は届いていない。


「失礼するよ。大山さんはいるかな?」


極限の緊張感に沈黙していた局内。

そこに響く北条の場違いなほど穏やかな声に、数人の職員が顔を上げた。


「大山部長でしたら、すぐそこに……あれ? 部長? 大山部長ーー!!」


職員が指差したデスク。

しかし、主を失った椅子は空虚に佇んでいるだけだった。


「……ちょっと、大山 新(おおやま あらた)さんのデスクを見せてもらってもいいかな?」


「……あ、あなたは?」


「おっと、これは失礼。警視庁特務課の北条という者です。この都庁を少しでも早く解放したくてね、勝手に潜入してしまったんだ。内密に頼むよ」


パニック寸前の職員たちに対し、北条は余裕のある笑みを浮かべ、警察手帳を提示する。

その洗練された立ち振る舞いに、職員たちは毒気を抜かれたように頷いた。


「どうぞ……こちらです」


「済まないね。失礼するよ」


北条は大山のデスクの前に立ち、調査を始める。

多くの刑事が現場を荒らしながら証拠を探す中、北条は指先一つで世界を再構築するように、丁寧に、元の配置を崩さぬよう物を調べていく。


「……ん?」


北条の指が、ある写真立てで止まった。


「あぁ、それは娘さんの写真だそうです。5年前に家出をしてしまったそうですが、理由が分からないと嘆いておられました……。一日でも早く会いたい、と」


「そうですか……」


北条は写真立てを慈しむように手に取り、少し位置をずらした。

その下のスペースに、不自然に潜り込ませてあった一枚のメモを彼は見逃さなかった。


「このメモは?」


「あぁ、それは……スーツを着た老紳士が大山部長へとお持ちになったものです。そう言えば、それを受け取ってから部長、なんだか上の空で……」


北条がそのメモをそっと開き、内容に目を落とした瞬間。

眼鏡の奥の瞳が、鋭く凍りついた。


「……悠真くん、司ちゃん。みんな、聞いてくれ。当時の事件の捜査を一点に絞る。ターゲットは大山みさきさんの失踪、これだけに集中してくれ」


北条の確信。

展望台で怯える三人の男たちは、間違いなく大山みさきという女性の「失踪」ではなく「死」に関わっている。

そしてFは、その結末を全て知った上で、この残酷な舞台を整えたのだ。


その根拠は、北条の指先に残されたメモに記されていた。


『あなたの探し物は、本日見つかることでしょう。3人の愚かな若者たちがヒントです。御愁傷様』


「……Fの狙いは、真実を暴いて人質を救うことじゃない。真実を暴くことで、大山部長に……『父親』に復讐させることだ」


北条の呟きが、静かな局内に重く響いた。



「ごめんね忙しいところ。これで僕は失礼するよ」


福祉保健局の事務室を後にした北条は、迷いのない足取りで展望台へと続く回廊を急ぐ。

目的は一つ。

絶望の底に叩き落とされた大山部長を、彼が取り返しのつかない一線を越える前に保護することだ。


「みんな、大山みさきさんの捜査は……暴行事件の枠にとらわれず、『死体遺棄事件』として動いてくれ。いや、むしろそちらが本命だ。みさきさんは……亡くなっている可能性が極めて高い」


無線機を握りしめる北条の拳に、青白い筋が浮かぶ。


「了解……当時の犯行車両、および付近のNシステム(自動車ナンバー自動読取装置)の全ログを再照会します」


「僕は当時の防犯カメラから、田村たちが『自供しなかった空白の時間』の足取りを洗い直す」


志乃と悠真の返答に、特務課の空気は一気に氷点下まで冷え込んだ。

暴行事件として片付けられた裏側に、隠蔽された殺人があった――警察組織がそれを見落としていたという事実は、彼らにとってもあまりに重い。


「……どのみち、まだ見つかってねぇんだろ? だったら、ちゃんと会わせてやろうぜ。あの親父さんにさ」


虎太郎の、ぶっきらぼうだが熱い一言。

それが燻っていたメンバーの闘志に火をつけた。


「……そうだね。僕は、お父さんの保護を最優先する。彼が早まった真似を……」


『早まった真似をしないように――』


そう告げようとした北条の言葉を塗り潰すように、都庁内に一斉放送のハウリングが鳴り響いた。


「この放送は、テレビ局とも繋がっております。現在、防災センターの回線を直接電波に乗せている。つまり、この都庁内で今から起こる全ての出来事は、全国民の目の前で上映されるということです」


声の主は、F。その声には、観客を得た狂信者のような悦びが混じっている。


「……どんどん事態を大きくしていくのが狙い、か。悪趣味極まりないね」


北条は苦々しく吐き捨て、廊下を駆ける速度を上げる。

一斉放送になれば、Fが大山の耳に「真実」という名の毒を流し込むのは時間の問題だ。


「これまで警察の方々といくつかの『遊戯』を楽しんできましたが、せっかくの生中継です。より大々的に、より刺激的に楽しもうではありませんか。あ、そうそう、上空からの突入は考えない方がいい。私はこの都庁を粉々に吹き飛ばす爆弾の起爆スイッチを預かっている。……ルール違反を犯した瞬間、ここは一瞬でドカン!ですよ」


Fの不気味な笑い声がスピーカー越しに震える。


「我々の要求は当初から変わりません。『収監されている死刑囚、全員の即時釈放』。これが大前提です。交渉が長引く場合も、私の指はこのスイッチを押すことになるでしょう」


あくまで警察、そして画面越しの視聴者に対して絶対的なマウントを取ろうとするF。


(あの起爆スイッチ……本物か、それともブラフか?)


北条の脳裏を疑念がよぎる。

その真偽一つで、特務課の、そして警察全体の戦略が根底から覆る。


「辰さん!」


司令室の司が鋭く呼ぶ。


「……映像越しじゃ不鮮明で断言できねぇが、配置された起爆薬の形状、そして奴が持っている送信機の型……。少なくとも、精巧に作られたプロの仕事だ。偽物だと断定できる材料は今のところ一つもねぇ。つまり……本物である可能性の方が極めて高い、ってことだ」


爆弾処理のスペシャリストである辰川が、小さく舌打ちをした。

その音は、これまでにないほど重く、苦い響きを持っていた。


「番組の視聴率が……!」


悠真の焦燥を含んだ声が無線に飛び込む。


「23.5%……これって、スポーツの国際大会並みの数字だよ! 日本中がこのチャンネルに釘付けになってる……!」


「まったく、平日深夜にご苦労なこった。それだけ人の不幸は蜜の味ってわけか」


「……それを見越して、Fは視聴者を煽っているのでしょう。無関係な一般人を『正義の審判』に仕立て上げ、我々を包囲している。目に見えない数千万人の視線が、私たちの首を絞めているのよ」


辰川の毒づきに、司が冷徹な分析を重ねる。

特務課は今、犯人グループだけでなく「世論」という実体のない怪物とも戦う羽目になっていた。


「当時の車両情報、不審者の目撃証言、近隣住民の供述……全てまとめました!」


志乃が共有したデータがメンバーの端末に展開される。


「……精査が難しいわね。どこまでが真実で、どこからが記憶の混濁なのか……」


情報の海を前にあさみが眉を潜める。

犯人の人相も年齢も、目撃者によってバラバラだ。

混乱は極致に達していた。


「落ち着いて……。展望台にいる3人の男、そしてみさきさんの容姿。その両方に合致する核心的な証言だけを抽出するんだ。供述者を特定し、今すぐダイレクトに裏を取ろう」


暗闇の回廊を歩む北条が、凪いだ声でメンバーに指針を示す。その時だった。


『では、この3人の若者の「ジャッジ」に、皆さんも加わっていただきましょうか。ハッシュタグ「都庁ジャック」。これで皆さんの声を聞こうではありませんか』


スピーカーから流れるFの声明。それは、SNSという名の狂気への招待状だった。


「まずい……ネットで拡散、特定なんて始まったら……!」


「ああ、正義の味方のつもりで捜査を攪乱する奴らが必ず現れる。急がねぇと!」


好奇心と歪んだ正義感に突き動かされた群衆は、時として暴徒と化す。

無実の人間を晒し上げ、情報のゴミ山を築き上げる。

その被害は、往々にして取り返しのつかない傷跡を残すのだ。


『さて、ここまで警察を煽るのも申し訳ない。ここで私からヒントを差し上げましょう――我々は、この事件の真実すべてを知っている』


Fの挑発的な視線が人質を射抜くと、3人の男たちは生ける屍のように顔を白く染めた。


『探し物は都内にあります。しかし、人里離れたとある場所。都心部は捜査から除外した方が良さそうですね……』


「なめやがって……手の内を晒して、こちらの動きをコントロールするつもりか!」


虎太郎が歯噛みする。

しかし、北条は一瞬の迷いもなく言葉を返した。


「冷静に行こう。熱くなって奴のヒントを無視するのは二流のすることだ。こちらが足で稼いだ情報と、奴の言葉を照らし合わせ、最も確率の高いルートを導き出す。たとえ、それが奴の手のひらの上だったとしてもね」


「北条さん……!」


「気持ちは分かるけれど、プライドよりも事件解決、そして『真実』を掘り起こすことが最優先だよ……!」


北条は通信を一度切ると、目の前の扉――展望台へと続く重い扉を見つめた。 その先には、絶望した父親と、過去を隠蔽した罪人、そして微笑む悪魔が待っている。


「……さぁ、種明かしの時間だ」

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