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SEVEN~警視庁特務課~  作者: 桂木 京
第8話:東京の最も長い1日

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102/110

奔走

一方、現場に散ったメンバーたちは、悠真から送られてくる高精度の情報をもとに、夜の街を疾走していた。


「顔写真で照合したけど、全員前科はなし。クリーンな顔して裏で買春、横領、空き巣に爆弾かぁ……。さて、どこまで深く潜れるかな」


悠真の指が、キーボードの上で踊る。

彼はかつて世界を騒がせた元天才ハッカーだ。

悪意こそなかったものの、その技術を危惧した司によって書類送検され、現在は「司令室以外でのハッキング禁止」という厳しい条件のもと、特務課の「裏の目」として活動している。


志乃が「表」の組織力を束ね、悠真が「裏」のデジタル領域を支配する。

この双方向からのアプローチこそが、特務課の圧倒的な検挙率を支える屋台骨であった。


「よーし、じゃあ俺は空き巣から片付けるわ」


「あたしは買春。子供を食い物にする奴は絶対に許さない!」


「私は横領を洗うわ。組織の膿は早めに掻き出さないとね」


「……爆弾は俺の専門分野だ。サクッと拝んでくるぜ」


虎太郎、あさみ、司、そして辰川。

四人はそれぞれの強みと直感に従い、ターゲットを分担した。


「りょーかい。それぞれのスマホに有力情報を随時流し込むから、応援が必要ならすぐ言って。志乃さんが手配してくれるから」


「最も近くにいる捜査員をリアルタイムで割り振ります。皆さん、位置情報が途切れないよう、無線機の電源管理には細心の注意を!」


特務課の真骨頂は、この「阿吽の呼吸」にある。

長々とした会議など不要。

志乃と悠真という双璧が情報を精査し、現場のプロが即座に動く。

少数精鋭、わずか7人のチームが巨大な警視庁の中で異彩を放つ理由はここにあった。


「それにしてもFの野郎……どこまでも人を食った真似しやがって!」


虎太郎がアクセルを踏み込みながら吐き捨てる。


「これはまだ、小手調べの『肩慣らし』なんでしょうね。展望台に次々と送られる人質、暴かれる個人の闇……Fは私たちが必死に泥を掬う姿を、特等席で眺めて楽しんでいるのよ」


司の声には、静かな怒りが冷徹なプロの意識と共に宿っていた。


「マジでムカつくんだけど! どんだけ人質の中に犯罪者が混じってるってのよ」


「まぁ、ここで吠えても始まらねえ。今は野郎の提示する『罪』を暴くことが、あいつらの命を救う唯一の道だ」


「……理不尽だけど、やるしかないわね」


やるせなさを抱えながらも、彼らの動きに一切の停滞はなかった。

悠真から送られてくるデータは、事件の核心を驚くべき精度で突いている。


「これだけ分かりやすいナビがあれば、あとは現行犯を押さえるだけだ。空き巣のアジト、まさかこんな廃ビルだったとはな……。あと1分で着くぜ!」


「買春グループの溜まり場、特定! 潜入準備完了よ」


「私は横領容疑者の元職場に到着。裏帳簿のありかを突き止めるわ」


「爆弾魔の自宅前だ。……火遊びの時間は終わりだぜ」


四人はほぼ同時に、それぞれの「現場」へと辿り着いた。

Fが仕掛けた悪意の種が、今まさに特務課の手によって摘み取られようとしていた。



「どうですか北条さん。我々が用意した、この最高のステージは」


「……うーん、素晴らしすぎて反吐が出るね。悪趣味極まりないよ」


都知事執務室。

重苦しい沈黙の中に、Fの艶然とした声が響く。

一色知事は椅子に縛り付けられたまま蒼白な顔で俯き、北条は相変わらず飄々とした態度でシルバーのスーツケースを傍らに置いていた。


周囲を固めていた武装集団の多くは、人質たちの「管理」のために部屋を出ていき、今この部屋に残っているのはFと、もう一人。

全身を黒いタクティカルウェアで包み、顔を完全に隠した一人の男だけだ。


「……彼は君の『右腕』かな? 他の仲間を外に出してでも側に置いておきたい……よほどの人物ということだよね?」


北条の鋭い視線が、微動だにしないその男を射抜く。


「右腕など……恐れ多い。彼は私よりも『役職が上』なのですから」


「役職……?」


Fより上の存在。

それは、裏組織『神の国』において、テロの実行犯という枠を超えた中枢幹部であることを意味していた。


「彼のことは私も詳しくは知りません。知っているのは、彼の異名……。そう、『狙撃手(スナイパー)』。それだけです。私にとってはこれ以上ない用心棒ですよ。そして……」


Fは芝居がかった手つきで執務室の重いカーテンを開け放ち、夜の新宿を見下ろした。


「……愚かな警察諸君に対する、絶対的な抑止力でもある」


「……!」


北条の表情が初めて凍りついた。

視界の先、都庁屋上のヘリポートを目指し、一機の警視庁ヘリが急速に高度を下げて近づいていた。


(……志乃ちゃん!)


北条は、Fに悟られぬよう極限まで声を殺し、喉元に仕込んだマイクへ無線を飛ばす。


「……都庁上空のヘリに通達! 至急離脱させろ。執務室内に超一流の狙撃手だ。エンジンの吸気口かローターを狙われたら一撃で墜ちる。早く……!」


地上で北条の声を拾った志乃が、即座に無線をジャックしてヘリへ退避命令を飛ばす。

北条の読み通り、男がライフルに手をかける寸前で、ヘリは不自然なほど急旋回し、都庁の影へと消えていった。


(ナイスだ……志乃ちゃん)


胸を撫で下ろす北条。

だが、その安堵を見逃すほどFは甘くなかった。


「北条さん……あなた、スマートフォンを持っていませんか?」


(……ちっ)


Fが窓の外を見つめたまま、静かに問いかける。

ヘリの不自然な回避行動。

そこに「外部との接触」を嗅ぎ取ったのだ。


「スマホ? そりゃ持ってるよ。今時、丸腰で闊歩する人なんて絶滅危惧種でしょ?」


北条はやれやれと肩をすくめ、懐から私物のスマートフォンを取り出して差し出した。

Fがその画面を覗き込む。

そこには――悠真が遠隔操作で表示させた『特務課』への発信履歴と、現在進行形の「通話中」の文字。


(……やるね、悠真くん)


Fが疑念を抱いたコンマ数秒の間で、悠真は北条の端末をハッキングし、あえて「筒抜け」であるかのように偽装したのだ。

北条が「無線機」を隠し持っているという事実から目を逸らさせるために。


「まったく……勝手な真似をされては困ります。貴方は賢すぎる。貴方の自由な行動一つで、こちらの緻密な作戦が汚されてしまう。だからこそ……こうして貴方を『囲った』のですよ」


「やっぱりね。最初から僕を仲間に引き入れようなんて気はなかったというわけだ」


「……簡単に口車に乗る方ではないでしょう? 貴方は。そもそも『上』からの指示に、貴方を仲間に加えるという項目など存在しませんでしたよ」


Fが、暗がりのなかで三日月のような不気味な笑みを浮かべる。


「あったのは――北条、あの男をその場所に『足止めしておけ』という指示だけでしたから」


その言葉に、北条の脳裏に嫌な予感が走る。

自分をこの部屋に閉じ込めることが、Fにとっての「目的」ではなく、単なる「手段」だとしたら。


『神の国』の真の狙いは、都庁ジャックのその先にある。


「まーーったく、君も悪だよねぇ。表の顔が分からなくなるくらいの悪党だ……。まぁ、仕方ない、僕のスマホは君に預けるよ。大事に使ってよ〜。まだ機種変更してから2か月しか経ってないんだから。壊したら修理代、請求するからね」


北条は軽口を叩きながら、Fに自分のスマートフォンを差し出した。

Fがそれを受け取り、中身を検分し始めるのを横目に、北条は密かに安堵する。

喉元に仕込まれた超小型無線機の存在には、まだ気づかれていない。


(これは僕たちの切り札だからね……。そう簡単に手の内は見せないよ)


その時、Fの手元にある携帯電話が低く唸りを上げた。


『……おや? もしもし』


「警視庁特務課・皆川志乃です。指令も捜査に出ておりますので、これからは私が貴方の相手をさせていただきます」


『あぁ……特務課の「心臓」、天才オペレーターさんではありませんか』


「……茶化さないでください」


Fの慇懃無礼な挑発を、志乃は氷のような冷徹さで聞き流す。

その隙を突き、一色が音もなく北条の側に歩み寄った。


「……今、彼と話をしているのは?」


「あぁ、うちの優秀な仲間の一人ですよ。きっと吉報をもたらしてくれたんでしょう。……まぁ、僕にとっては想定内ですけどね」


北条が余裕の笑みを向けると、一色は縋るような、それでいて震える声で問いかけた。


「貴方は……どうしてこの状況で絶望しないのですか? 完全に占拠され、四方を武装集団に囲まれているこの状況で……」


「そんな貴方だって、気丈に振る舞っていらっしゃる。その理由を、僕こそ伺いたいですねぇ……」


「私は……この国の、東京の警察という組織を信じている。警察は決して、悪を野放しにはしない。そう信じているから、きっと私たちを解放してくれるはずだと……」


一色の言葉とは裏腹に、その手は小刻みに震えていた。

北条はそっとその手を包み込み、力強く握った。


「……僕も同じですよ。警察を……仲間たちを信じている。それにね……」


北条がFに視線を戻す。

受話器を握るFの眉間が、一瞬だけピクリと動いた。

完璧なポーカーフェイスを誇る男が、明らかな動揺を見せたのだ。


「……悪人に一方的にやられて終わりなんて状況、うちの連中が納得するはずないんですよ。そろそろ始まりますよ、知事。反撃の時間が」


北条の瞳に、鋭い狩人の光が宿る。


『事件を……解決した、ですって? まだゲーム開始から一時間も経っていませんが……?』


「ええ。ですが、全て解決しました。これから特務課の無線を貴方の回線にも共有します。……皆さん、お疲れ様です。経過報告をお願いします」


志乃が司令室のシステムを操作し、現場の声をFの耳元へ叩きつける。


『虎太郎だ! 人質の一人は空き巣グループの主犯格で確定。アジトに乗り込んだら、芋蔓式に共犯の奴らも出てきやがったぜ! 「ちょっと長めの説得」をしたら、あっさり全部吐きやがった。これから応援を呼んで全員しょっぴく!』


『新堂よ。横領事件の裏帳簿、隠し資産の口座リストを全て押収。改ざんされたメインフレームのデータも悠真が復元したわ。容疑者を確保、これから本庁へ連行するわよ』


『こちらあさみ! もうマジでムカつく! 女を商品だと思ってるこのゴミ溜め、根こそぎ解体してやったわ。買春グループ、全員逮捕! 逃げ道なんて最初からなかったのよ!』


『……辰川だ。爆弾は見つけた。まぁ、俺に言わせりゃ小さな花火程度だが……。時限装置を解除した。これで誰も死なねえよ』


捜査に出ていた四人は、それぞれの「現場」から完璧な勝利を報告してきた。都庁の外で、特務課の誇る牙が、Fの用意した悪意を粉砕した瞬間だった。



「困りましたね……このペースで進められては、用意していた人質が皆、解放されてしまいます……」


穏やかな口調を崩さないものの、Fの眉間には隠しきれない苛立ちの影が差していた。


「では、最初の4人は約束通り解放すると致しましょう。正面玄関から送り出します。……その後のことは、警察の皆様にお任せすると致しましょうか」


Fが展望台の「処刑人」たちに短く合図を送る。

人質たちは震えながらも拘束を解かれ、エレベーターへと誘導されていった。


「これ……本当に解放されるのかな? 何か罠があるんじゃ……」


「悠真くん、警戒は解かないで。……都庁正面に配置している各班、解放される人質に即座に任意同行をかけてください。彼らには、先ほど暴かれた犯罪への加担の疑いがあります。一人も逃してはなりません」


志乃の声は、慈悲と冷徹さが同居していた。

正面玄関、地下通路、駐車場出口。

あらゆる逃走経路の先には、彼女の手配した捜査員たちが網を張っている。


「本当に……志乃さんにかかると、犯罪者が気の毒に思えてくるよ。蛇に睨まれた蛙、どころの騒ぎじゃない。物理的にも社会的にも、逃げ場がゼロだもんね……」


隣でモニターを見守る悠真が、戦慄を隠せずに苦笑いを浮かべた。


やがて正面玄関のシャッターがわずかに開き、4人の男女が夜の新宿へと放り出された。

彼らは逃走する素振りすら見せず、糸の切れた人形のようにフラフラと歩き、待ち構えていた捜査員たちに抵抗なく身を委ね、パトカーへと連行されていく。


「抵抗……しなかったね」


「都庁内での死への恐怖と、一生隠し通すつもりだった『闇』を衆目に晒された絶望。その二重の衝撃で、気力すら根こそぎ奪われてしまったのでしょうね……」


志乃は、モニターに映るパトカーの赤色灯を寂しげに見つめた。


「命が助かっても、待っているのは法による裁き。人質に選ばれた瞬間、彼らの平穏な人生は終わっていたのよ……」


「さぁ、感傷に浸るのはそのくらいにしましょう。次の『ゲーム』に参りましょうか。こちらの人質は……」


Fの残酷な声が響き、新たな人質たちが展望台へと引きずり出される。


「ちくしょう……キリがねぇな。野郎、一体何人ストックしてやがる!」


「突破口を見つけるまでは、後手に回らざるを得ないわ。悔しいけれど、命を奪わせるよりはマシよ」


「本当にそうか……? 助けたところで、あいつらも犯罪者だぜ」


「それでも、あんな形で命を弄んでいい理由には絶対にならないわ!」


司の断固とした言葉。

Fは楽しげに、次の人質たちが抱える『罪』のヒントを、謎解きのように並べ立てていく。


「……志乃さん!」


「調査、開始します!」


「僕も裏から潜るよ。今度はもっと深く掘ってやる!」


志乃と悠真が、再び光の速さで情報の大海へと漕ぎ出す。


「特務課一同に告ぐ。我々はFのくだらない余興で犠牲者を出すわけにはいかない。徹底的に、完膚なきまでに叩き潰すわよ!」


司の激文が無線を通じて現場へ届く。


「了解!」


「くっそー! やってやるよ、とことんね!」


「りょーかい、司令!」


「はいよ……あまり年寄りをこき使わないでくれよ、全く」


特務課の刃たちは再び火花を散らし、夜の帳が降りた都内へと、それぞれの獲物を求めて散っていった。

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