表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SEVEN~警視庁特務課~  作者: 桂木 京
第8話:東京の最も長い1日

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

101/107

ゲーム

「おいおいおい……マジかよ……」


司令室でモニターを凝視していた虎太郎が、拳を血が滲むほど固く握りしめた。

日が落ち、闇に沈み始めた新宿。

その中心にそびえ立つ東京都庁の、窓という窓に重厚な防音・防弾シャッターが下ろされたのだ。


「これじゃあ、中の様子が全く見えない……」


都庁周辺のカメラを駆使し、わずかな隙間から中の動きを追っていた悠真の手が止まる。

どのレンズを通しても、映し出されるのは無機質な鉄の壁だけだった。


「……人質の数も、実行犯の正確な配置も掴めないわね」


司が苦い表情で唇を噛む。

応援を呼び、力でこじ開ける強行突破か。

それともネゴシエーターを手配し、言葉で一歩ずつ外堀を埋めていくか。

たった一つの判断ミスが、数千人の命を奈落へ突き落とす。


(こんな時、北条さんなら……!)


司は、あの鉄の檻の中に独り消えていった相棒の身を案じ、祈るように目を閉じた。


「司令、入電です! 都庁内部、Fからです!」


志乃の叫びと同時に、司は迷わずヘッドセットを装着した。


「……特務課・新堂です」


『おやおや、腕の見せ所ですよ。若き司令官殿』


「F……!」


スピーカー越しでも伝わる、Fの底冷えするような声。


『ただ立て籠るのも芸がありませんし、前回の銀行では「待つだけ」の愚を学びました。ですので今回は、退屈しのぎに幾つか「ゲーム」を用意しましたよ』


「ふざけたことを……! ゲームですって?」


『映像は生きていますよね? 展望台を御覧なさい』


Fの言葉に、メンバー全員の視線がメインモニターに吸い寄せられた。


「展望台に、灯りがついてる……」


都庁展望台。

シャッターが唯一下ろされていない、地上202メートルのガラス張りの空間。そこだけが夜の闇の中に浮かび上がり、一列に並んだ人影を鮮明に映し出した。


「あれは……!」


『ええ、人質です』


「おいおい……周りを囲んでるのは、お前の仲間かよ……!」


一列に並んだ人質は5名。

その後ろには、彫像のように動かない、機関銃を構えた武装兵が5人。


『展望台に上がるのは、いわば「処刑順位」の高い人質です。小さな悪事から大きな背信まで、捕まらなければいいと高を括り、他者を踏みにじってきた愚か者たち。彼ら一人ひとりに、専属の「処刑人」をつけることにいたしました』


「……人質を殺すというの?」


『まぁ、貴方がたの「ゲーム」の進め方次第……ですけどね』


司は、言葉を失ったまま展望台の映像を見つめた。


「悠真、ズーム! 限界まで寄って!」


「……やってる! ギリギリまでデジタルズームをかけるよ!」


悠真の操作により、粗い粒子の中に人質たちの表情が浮かび上がった。

両手を後ろ手に縛られ、恐怖に顔を歪ませた男女。


「この5人が、人質の全てなの?」


『いいえ。「まずは」その5人、というだけです。処刑した数に応じて、順次在庫を補充していきますよ。……出来れば、この展望台が「肉塊」で埋め尽くされないよう、皆さんには精一杯、頑張っていただきたいものですね……』


Fは、一滴の感情も交えず、喉の奥でくっくと笑った。



「では、ゲームの内容を説明しましょう」


Fが、まるで舞台の幕を上げる座長のように楽しげに告げる。


「この都庁を訪れる前、私はいくつかの『犯罪の種』を見つけました。いずれも、ここに並んでいる人質たちに深く関係するものです。警察の皆さんには、猶予として2時間を与えましょう。その間に事件の真相を暴き、解決していただきたい。もし、2時間以内に解決できなければ……」


Fの声に合わせるかのように、展望台の処刑人が、人質のひとりの後頭部に無機質な機関銃の銃口を突きつけた。


「……バン! ……というわけです」


「待てよ……ってことは、その人質たちは何かしらの罪を犯しているってことか?」


虎太郎が、嫌悪感を剥き出しにして問い返す。


「その通り。主には都庁職員ですが、都内で見つけた目ぼしい軽犯罪者には、あらかじめこちらから『招待状』を送っておきましたよ。全員確認が取れましたから、いずれ何番目かの人質として、あの舞台に立つことになるでしょう」


「テメェら……一体、何が狙いだ」


「貴方がた警察の『力』を測りたいのですよ。我々『神の国』にとって、警察は排除すべき驚異なのか、あるいは単なる五月蠅い(うるさい)羽虫なのか。もし後者であれば、早々に踏み潰した方が我々にとっては得ですからね」


「つまり……警察を試している、というわけね」 司の瞳に、静かだが苛烈な怒りが滲む。


「こんな奴の身勝手な論理で、人質を死なせるわけにはいかない。……皆、準備して。ゲームに乗るわよ」


「交渉成立、ということでよろしいですね? ……では、早速準備を始めましょう」


Fの合図とともに、展望台に並んだ人質たちへ、夜の闇を裂くような強力なスポットライトが浴びせられる。


「まず、こちらの男性。……おやおや、随分と『お若い方』がお好きなようだ。しかし、ご自身もお若い。さて、一体おいくつの方に相手をしてもらったのでしょうね……?」


ライトが移動し、次の標的を照らし出す。


「こちらの方は……いけませんね、職場の公金に手を出しては。お隣の方は……ご近所の独居老人宅に、何やら『用』があったようで。これは、感心しませんね」


暴かれる醜い『罪』の数々。

スポットライトの下で、人質たちは顔を土気色に変え、ガタガタと震えながら項垂れ(うなだれ)る。


「こちらの方は……困りました。趣味とはいえ、爆弾を自作しては……。もし怪我人が出たら、どう責任を取るつもりだったんです?」


そこまで言い終えると、Fは満足げに大きく深呼吸をした。


「やはり、一度の相手はこのくらいにしましょう。人質は4人ずつにします。……まぁ、夜はまだまだ長い。存分に楽しもうじゃありませんか」


その言葉を合図に、5人のうち最後尾にいた人質が、工作員の手によって強引に下の階へと引きずり下ろされた。


「それぞれの人質には、携帯電話を持たせてあります。通話できるのは一度きり。自白するも良し、嘘をついて逃げ切るも良し。話す内容は、彼らの自由です」


「こいつ……命を使って遊んでやがる……!」


虎太郎が、怒りのあまりデスクの端を叩きつける。


「犯罪を隠し通せば、物理的に死ぬ。しかし、命を助ければ、社会的に死ぬ。……さぁ、究極の選択ですね、皆さん」


受話器の向こうで、Fの不気味なクスクスという笑い声が、司令室の空気を冷たく撫でた。



「とにかく、相手がいかに遊んでいようと、付き合わなければ人質の命が危ない。まずは全力で捜査に当たるわよ!」


「了解!」


「オッケー!」


「ちっ……仕方がねぇな……!」


「私も現場に出るわ。……なるほど、それで『4人』というわけね。相手は我々の人員構成まで把握している……。いいわ、望むところよ。志乃さん、悠真、二人はバックアップをお願い。あなたたちの検索能力なら、どんな些細な罪の尻尾でも掴めるはずよ」


「了解!」


「任せなよ、司令!」


司の鋭い指示が飛び、特務課の面々が弾かれたように司令室を飛び出していく。


「私は各課へ応援要請を出し、情報網を広げます。展望台からの着信があった場合は即座に共有しますから、皆さん、無線機は絶対に外さないでください!」


志乃はすでに、マルチモニターのコンソールを叩きながら、警視庁内の各部署へ優先ラインを繋ぎ始めていた。


「僕はSNSの裏垢からメールの履歴まで、人質のプライバシーを根こそぎ洗い出すよ。まずは『名前』の特定からだ! 個人データが分かり次第、現場の最寄りにいるメンバーへ即座にパケット送信する!」


悠真の指先が、流麗な旋律を奏でるようにキーボードの上を滑る。


「さすが……うちのオペレーター陣は仕事が早いわね。これなら駐車場へ着くまでに、最初の一人の身辺整理は終わりそうよ」


「あぁ……。今回の事件は特務課の総力戦だ。やってやろうじゃねぇか!」


志乃と悠真を残し、現場組の四人は夜の新宿へと駆け出していった。


――――――――――


「……そういえば」


各課への調整を終え、人質たちの『小さな罪』のアーカイブを掘り起こし始めていた志乃が、ふと指を止めた。


「どうしたの、志乃ちゃん?」


「ええ……さっき私、みんなに『無線機を外すな』って言ったけど……」


志乃は、自分の口から出た言葉を反芻するように、部屋の隅にある機材ラックへ視線を投げた。


「無線機……今、司令室には一台も残っていないわよね?」


「当たり前じゃんか。みんな持って出たし、志乃ちゃんと僕の分もデスクにある……あ」


「うん……」


二人の視線が、普段無線機が並んでいる充電スタンドに注がれる。

そこには七台分の充電スロットがある。

有事の際、即座に対応できるよう、本来なら全員が手元に置くか身につけるかしているはずのもの。

そして今、そのスロットは――全て(から)だった。


「北条さん……無線機、持っていったの?」


「……おそらくね。あのアドプロ(現場調整)の鬼が、通信手段を捨てて行くはずがない」


志乃は震える手でヘッドセットを直すと、回線を北条の個人周波数だけに絞り、極限まで秘匿性を高める調整を施した。


「北条さん……聞こえますか? 北条さん……」


「…………」


返事はない。

やはり敵の目の前で無線を使うのは無理があったのか。

志乃が諦めかけた、その時だった。


『お待たせ。いやぁ、さすが志乃ちゃん。君なら、僕の「忘れ物」に必ず気づいてくれると信じていたよ』


ノイズの向こうから、聞き慣れた、低くて余裕に満ちた北条の声が響いた。


「北条さん! 今、都庁に……!?」


志乃は溢れそうになる声を必死に抑え、マイクを口元に寄せた。


『あぁ。今は都知事の執務室さ。残念ながら、Fと同室だ。幸い、彼は今自分の「イベント」とやらに夢中で、僕のこの小さな独り言には気づいていないみたいだけどね』


受話器の向こうで、北条がやれやれと肩をすくめる気配が伝わってくる。


『それにしても。どうして僕が無線機を持っていると確信したんだい?』


「……もし相手方に寝返るなら、居場所を特定されるリスクがある無線機など、真っ先に捨てるはずです。それに、電波の専門家である悠真くんがいる前で、そんな中途半端なミスを犯すほど、あなたは愚かじゃない」


『はは、よく分析できている。オペレーターにしておくのが勿体ないな』


「そして何より……虎太郎くんです」


『……虎が?』


「バディであるあなたが寝返ると聞いて、一番熱くなって暴れるはずの彼が、誰よりも冷静でした。あなたは、彼にだけは何らかの手段で『真実』を伝えていた。……そうでしょう?」


志乃は、あの凍りついた司令室で、虎太郎だけが淀みのない瞳をしていたことを見逃していなかった。


『……本当に、よく見ているね。君はきっといい奥さんになるよ』


「お褒めにあずかり光栄です。ですが北条さん、どうしてこんな真似を? 私たちにまで隠す必要なんて……」


『……敵を欺くには、まず味方から。Fは心理操作の天才だ。警察内部の空気が揺らげば、彼はそれを見逃さない。それに……』


北条の声が、一瞬だけ鋭利な冷たさを帯びる。


『香川くんという先例があった以上、署内の安全が完全に担保されているとは限らなかった。もし僕の意図が漏れていれば、君たちまで一網打尽にされていたかもしれないからね。……結果として、署内はクリーンだと証明された。僕を一人で都庁へ向かわせたことで、敵の標的を僕一点に絞らせることもできたしね』


「そこまで考えて……。ご自分を餌にしてまで、私たちを守ろうとしたのですか」


志乃は、北条が背負おうとしている覚悟の重さに息を呑んだ。


『あぁ、それと志乃ちゃん。……悠真もそこにいるね?』


「……バレてたか。最初から全部聞いてたよ、北条さん」


ヘッドセットの横から、悠真が少し複雑そうな、でもどこか安心したような声で割り込む。

北条は短く、満足げに鼻を鳴らした。


『二人にお願いだ。しばらく、僕が無線機を持っていることは、他のメンバーには内緒にしておいて欲しいんだ』


「え……? 虎太郎くんだけでなく、司さんやあさみさんにも、ですか?」


『あぁ。彼らには、純粋な「怒り」と「焦燥」で動いてもらう必要がある。その熱量こそが、Fの計算を狂わせる唯一のノイズになるんだ。……いいかな?』


北条の言葉は、信頼を超えた「命令」に近かった。

志乃は唇を噛み、悠真と顔を見合わせる。



「……わかりました。北条さんの意図、しかと承りました」


「助かるよ、志乃ちゃん」


北条の真意を飲み込み、志乃は決意した。

たとえ仲間であっても、北条が「裏切り者」を演じ通すことがこの戦いの勝利に直結するのであれば、彼女はその共犯者になる。


「北条さんが敵を油断させるために懐へ飛び込んだことは理解できました。しかし、裏を返せば私たちは、現場において北条さんという最大の『力』を頼れなくなった。これは組織として大きな損失です」


『……面目ない。苦労をかけるね』


「いいえ。あなたが自ら人質となることで、Fの注意を『北条』という脅威一点に釘付けにした。それはこちらにとっても絶好の好機です」


志乃は冷静に人質たちの前科や交友関係を精査しながら、同時に別のモニターで警視庁全課へ怒涛の勢いで指示を飛ばしていく。


「Fは、おそらく香川さんや桜川さんからこちらの戦力を聞き出していたのでしょうね。人質をあえて5人から4人に減らしたのは、特務課の現場要員がギリギリ対処できる数に合わせた意地悪い計算です。でも……」


志乃の鋭い視線が、都庁の無機質な外壁を射抜く。


「Fは、ひとつ致命的な誤算をしました。……警察は、『特務課』だけではないということです」


志乃の指揮に応えるように、司令室のスピーカーから各部署の怒号のような返答が次々と鳴り響く。


『捜査一課、了解だぁ! 全員に無線を持たせて都内全域に展開させた。洗いたい場所があれば即座に指示をくれ! お前らが着く前にある程度のネタは割り出してやるぜ!』


『SIT了解。本隊を都庁周辺の死角に再配置する。防犯カメラの盲点が判明次第、連絡を。そこを突破口として風穴を開ける』


『少年事件課、了解。若者が集まりそうなポイントをピックアップした。生活安全課と連携し、ネットの書き込み一つ逃さず拾い上げる。少年・少女が絡むヤマなら、こっちに任せておけ!』


部署の垣根を越え、巨大な警察機構が一つの生き物のように、新宿の夜へと牙を剥く。


『……Fは、もう一つ誤算をしたようだね』


ふいに、北条が無線越しに穏やかな声で言った。


「もう一つ、ですか?」


『あぁ。彼は、絶対に敵に回してはいけない人物を甘く見てしまった。……志乃ちゃん、君のことだよ』


「え……。私なんて、そんな……」


不意の称賛に、志乃は頬を赤らめて謙遜する。


『僕がFなら、僕よりも先に君の動きを止める策を講じるね。確かに経験値では僕に分があるかもしれない。でも、この特務課において、そして今のこの盤面において最も重要な心臓部は、僕でも司ちゃんでもない。君なんだよ、志乃ちゃん』


「……滅相もありません」


『特務課の鼓動であり、警視庁の重心。本当に、君がいてくれて良かった。さあ……油断しきった紳士殿に、手痛い一泡を吹かせてあげようじゃないか』


「……了解です!」


志乃の瞳から迷いが消え、プロフェッショナルな光が宿る。

東京都内を舞台にした、史上最大の「逆転捜査」が今、静かに、しかし苛烈に幕を開けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ