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──晩秋・ネガイ────

夜は長く、闇は濃い。



吐く息さえ月明かりに白く滲んで、世界をひとつの帳で包み込む。


辺りを覆うのは葛。


どこまでも伸び、枝も石も覆い尽くし、掴んだものを決して離さない。


その姿はまるで、僕の心そのものだった。


静かに見えて、内側は燃えている。


やさしい光を装いながら、逃がさぬように締めつける執着。


その奥で、僕は声を重ねる。


ひとつ、またひとつ。


夜の深さに合わせて、音を編み、想いを織り込み、

君の肌に、髪に、瞳に、絡ませるように。


何度でも、何処までも。


君を縛るように、逃がさぬように。


鳴くことが呼吸であり、願いであり、呪いのように自分をも締め付けていく。


それでも構わない、君さえここに居てくれるなら。



君が振り返る。


月の光がその頬をなぞり、瞳に冷たい光を宿しながらも、その奥にぬくもりを隠しきれずにいる。


その視線は、逃げ場をなくすほどに真っ直ぐで、僕の胸を締めつける。


そして、その唇から、かすれた声が零れ落ちた。



「……あなた、本当に私を離さないのね」



胸の奥が熱く震えた。


そうだ、離すものか。


君の鼓動も、吐息も、視線さえも、

柔らかな手首も、夜風にほどけかけた髪さえも、

すべて僕だけのものにする。


その奥で密やかに渦巻くものは、欲望ではなく、君を絡め取らずにはいられない“願い”そのものだった。



夜露が落ち、冷えた大地が湿りを増す。


空は静まり返り、月はただ白々と光を放つ。


その景色のなかで、僕の声は絶えない。


どれほど時が過ぎようと、どれほど夜が深くなろうと、

僕は鳴き続ける。


願いを、呪いを、恋の執着を、

この胸の奥から世界へ放ち続ける。



やがて人は知るだろう。


この夜を満たした音が、コオロギの声だったことを。


けれど僕にとっては、ただの虫の音ではない。


君を逃がさぬために、縛り続けた、

絡みつく恋の“願い”そのものなのだ。


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