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45歳、静かな観察者は商店街を救う――地域再生コンサルタント拓実の逆転劇  作者: 乾為天女


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第31話_拓実の影

 ミーティングルームの窓辺に、薄い光が差し込んでいた。夏の盛りを越えた日向坂市では、朝の空気にわずかな涼気が混じり始めていたが、会議室の中は張り詰めた空気に包まれていた。

  えまがホワイトボードの前に立ち、固い声で口を開いた。

 「……以上が、今後三ヶ月間のプロジェクト推進体制です。拓実さんの休養に伴い、各業務の責任者を交代しました」

  席に並ぶ顔ぶれは見慣れた仲間たち。だが、その中に当の拓実の姿はなかった。

  ――二日前。拓実が倒れたのは、いつものように遅くまで資料に目を通していた夜のことだった。脱水と過労による軽い意識喪失。命に別状はなかったが、医師の指示で一ヶ月の完全休養が告げられた。

  「俺が抜けるなんて、今じゃないんだがな……」

  病室のベッドに横たわりながら、拓実は静かにそう漏らした。

  だが、その言葉に誰より先に首を振ったのはえまだった。

 「むしろ“今”だからです。今、私たちがどこまでできるか、試すべきなんです」

  えまの言葉に拓実はわずかに目を細め、そして小さく笑った。

 「……理屈は立派だが、心配だな」

 「心配させないように、やります」

  その決意を胸に、えまは今、ホワイトボードを背に立っている。

  「設営関係はイマニと海翔が現場をまとめ、会計は咲が引き継ぎます。資料と外部調整は薫さんと私が分担。遼平さんには職人ネットワークの中継をお願いします」

  ざわ……という微かな空気の揺れ。咲が手帳に素早く書き込み、イマニが無言でうなずく。遼平は少し表情を曇らせたが、やがて小さく「了解」とつぶやいた。

  そのとき、ヘイデンが手を挙げた。

 「で、我々はこの状況に名前をつける必要があると思う。たとえば“拓実レス危機”とか」

 「その名前、広めないでください」

  えまが即座に突っ込んだが、ヘイデンは涼しい顔で笑っていた。

  「けどさ、拓実がいないというのは事実だろ? でも俺らの中に、アイツのやり方が浸透してるのも事実だ。だったら、どこまでやれるか試してみようぜ」

  その言葉に、海翔が「うん」と声をあげる。

 「俺、今までで一番ワクワクしてるかも。拓実さんって、何でも自分で抱えてやっちゃうけど……今回は、こっちに回ってきたって感じだよな」

  「その通りだ」とえまが頷いた。

 「この一ヶ月、私たちがどう動くかで、次のステージが決まります。拓実さんの戻る場所を、しっかり整えましょう」

  誰も反論はなかった。ただ静かに、しかし着実に空気が変わっていった。

  その日の夕刻。

  病院の窓際で、拓実はえまから受け取った手帳をめくっていた。中には、プロジェクトの進行表と役割分担、予備プラン、そしてえま直筆のメモ。

  《あなたの背中を、今、皆が見て動いています》

  拓実はふと笑みをこぼし、手帳を閉じた。

  窓の外、街には少しずつ灯りがともりはじめていた。

  自分が築いたものを、今、他者が動かしている。

  それを見守るしかないというのは、思いのほか――悪くない。

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