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45歳、静かな観察者は商店街を救う――地域再生コンサルタント拓実の逆転劇  作者: 乾為天女


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第29話 世代を超える対話

 日向坂市役所の中庭には、蒸し暑さをはねのけるように、張り詰めた空気が漂っていた。拓実は、円形に設置されたテーブルの中央に座り、資料の山を前に黙って若者たちの視線を受け止めていた。

  向かいには、市内の高校に通う生徒たちが七人。その中央に立つのは、代表の少女・三宅初音。背筋を伸ばし、清澄な声で話し始めた。

 「私たちは、今回の外資系リゾート開発に対して、もっと時間をかけて検討すべきだと考えています。今のまま進めば、私たちが大切にしてきた場所が、ただの観光資源に変えられてしまう」

  初音の手元には、ネット上で三千人を超える署名が集まった用紙が整然と束ねられていた。自分たちで作った特設ページに、市民のコメントを記し、それを地元メディアにも送ったという。

  その真摯さに、拓実は言葉を選ぶ必要を感じていた。相手は未熟でも、思いは本物だ。

 「――君たちの声は、確かに届いている。だが一方で、市には市の事情もある」

  静かに語り始めた拓実の声は、いつもより少し低かった。

 「リゾート計画によって生まれる雇用や税収。それらが市の持続的な発展に寄与する面もある。だが、それは“失っていいもの”の上に成り立つべきではない」

  初音がわずかに目を見張る。拓実は、彼女たちの目の奥にある“怒りではなく、寂しさ”を見逃さなかった。

 「私もかつて、外の世界から来て、街を数字でしか見ていなかった。だが今は違う。この街には、人の営みがある。暮らしの積み重ねがある」

  ひと呼吸置き、拓実は右手で一枚のフローチャートを掲げた。

 「これは、今回市が提示した開発案に、君たちの要望を重ねたものだ。新たな提案として、“ユース・パートナー制度”を取り入れたい」

 「……ユース・パートナー制度?」と初音。

 「若者が政策に直接参加できる仕組みだ。市の会議に傍聴者としてだけでなく、討議者として関与できるようにする。君たちの署名と提言を、継続的な議論の土台にすることが目的だ」

  場がどよめいた。後方で控えていた市の職員たちも、どこか戸惑いを隠せない表情で顔を見合わせる。

 「若者の声は、未来の声だ。私たち中年が“今”を守るために動くなら、君たちは“未来”を生み出す義務がある」

  拓実の静かながらも重みのある言葉に、初音は拳を握った。

 「……ありがとうございます。でも、これは“貸し”にされたくありません」

 「借りたと思っていい。返すのは、次の世代へだ」

  そこで一瞬、場が柔らかく笑いに包まれた。拓実の真骨頂は、こうした“重みを温もりに変える”一言にある。

  その後、拓実はえまと薫を呼び、制度設計の具体案を練るための臨時チームを編成した。海翔が若者代表の橋渡し役となり、咲が会議記録と合意文書を整理する。

  そして、日向坂市議会の臨時会で――拓実は議場の片隅から、初音たちが登壇する様子を静かに見守った。

  手の中には、あの古びた万年筆。若き日の自分が都市銀行の新人時代に買ったものだった。

  “この街は、守る価値がある”

  拓実の胸に灯った静かな確信は、決して声高に語られるものではなかったが、確かにそこにあった。



 夕刻、仮設マーケットの一角にある移動カフェの裏手。ヘイデンが持ち込んだキャンプ用コンロの火を囲んで、拓実たちは少人数で今日の報告会をしていた。

 「いやあ、あの子たち、よくやったなあ。あんなに堂々と議場に立つなんて、俺、あの年じゃ無理だったよ」

  海翔がマグカップ片手に笑うと、薫が「あなた今も堂々とは程遠いけどね」とそっけなく返す。

 「いや、あれは真似できない」と咲も静かに頷いた。「ああいうのって、やらされてるプレゼンと違う。……ちゃんと、自分の言葉だった」

  焚き火の火がパチパチと爆ぜる。その音が会話の合間に入り込み、言葉よりも多くを語っていた。

 「拓実さんの案、かなり思い切ってましたね」とえまが静かに口を開く。

 「うん。思い切りすぎたかもしれないな。議会で否決されたらどうしようかと思ったが、初音たちの言葉がそれ以上だった」

  拓実は、炎の向こうに若かりし自分の面影を探していた。失敗もした、叱られもした、だがあの頃、自分には――この世界を良くする力が少しはあるんじゃないかと思っていた。

  そして今、そんな夢想を託せる誰かが現れた気がした。

  ふと、焚き火の向こうから、小さな声が聞こえてくる。

 「……拓実さん」

  現れたのは、初音だった。Tシャツにパーカー、リュック姿のまま、少し息を切らしていた。

 「会議、終わってから走ってきました」

 「そうか。よく来たな」

 「一つ、聞いてもいいですか」

 「うん」

 「……拓実さんは、なんでこの街にこだわるんですか。もっと、自分のために生きたくなること、ありませんでしたか?」

  焚き火の炎が風に揺れる。沈黙がしばらく続いた。

 「あるさ」

  拓実の答えは、静かだった。

 「何度もそう思った。“もう、自分の人生だけ考えて生きよう”って。でも……結局、人って、誰かの中に自分の居場所を見つけるんだ。俺はこの街で、それをもらったから」

  初音は目を伏せ、ゆっくりと頷いた。

 「……私も、この街を“守りたい”だけじゃないんです。好きになりたいんです。もっと、ちゃんと」

 「なら、君の立場で、それをやればいい。誰かの後ろじゃなく、前に立って」

  火を囲む中で、静かな決意が一つ芽吹いた。

  この街は変わりつつある。過去と未来をつなぐ“人”の力で――。

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