第27話_ヘイデンの察し
「……表情筋が動いてないね。あの人、すでに決めてる」
市役所会議室の片隅で、ヘイデンがコーヒーカップを指先でくるりと回しながらつぶやいた。
向かいには拓実とえま、咲が座っていた。目の前には、外資リゾート企業〈マクリーン・ホスピタリティ〉の幹部二人。市との共同出資案を協議中だが、どうにも反応が鈍い。
「察するに、あれは“譲歩のフリをして譲らない”タイプです。演技は完璧。でも、目の奥だけが笑ってない。私の祖母が言ってました――“人を信じたいなら、目を見るのが一番だ”って」
ヘイデンの言葉に、拓実が小さく頷いた。
「じゃあ、どうする。詰め寄るか?」
「いえ、それは逆効果ですね。こちらが焦っていると見られたら、“弱い札”と思われます。今必要なのは、“捨て札を見せる”ことです」
「捨て札?」
「はい。“譲ってもいい条件”をあえて提示しておくと、相手は“ここで譲歩を引き出した”と勘違いする。そして、“本命”はその裏側に仕込むんです」
えまが息をのんだ。
「まさか……それ、銀行の交渉テクでもありましたよね?」
「ええ。豪州でもよく使いました。あと、大事なのは“無駄話”です。ちょっと笑える話をして、緊張を緩めましょう」
――30分後。
拓実がわざとらしく、談笑モードに切り替えた。
「いやぁ、実はね、こっちの印刷屋の三代目が、“A3より大きい紙は地図”って本気で思ってたんですよ」
外資幹部の一人が吹き出し、もう一人の頬もわずかに緩む。その瞬間を逃さず、ヘイデンが資料を指し示した。
「この“施設名義の地元法人化”――これ、調整できます。ただし、“地域職員比率60%超”の雇用条件も飲んでいただければ」
絶妙なタイミングと緩んだ空気。外資幹部は数秒沈黙し、手元のペンをカチカチと鳴らした。
「……Interesting. That could be acceptable.(興味深い。受け入れられるかもしれない)」
交渉の流れが、明らかに変わった。
夜。商店街のカフェで、ヘイデンが片肘をついていた。
「人の表情を読むのは、カフェでも同じさ。どんなに取り繕っても、カップを持つ手の緊張感で、すべてわかる」
「だから君、たまに怖いよな……」と苦笑する拓実の隣で、イマニがポンと彼の背中を叩いた。
「よし、次は私が大木の前に立つ番だな!」
“察する者”のヘイデンが風を読み、“立ち上がる者”たちが次の一手へ進み始めた。




