第26話_咲の数字マジック
「……これは、ちょっと“おかしい”ですね」
商店街再生事業の収支報告書を広げた咲は、眼鏡の奥で静かに目を細めた。書類の一部に、彼女の“冷たい視線”が突き刺さる。
夜の会議室にいたのは、咲、拓実、えま、薫、そして市役所の経理担当者。誰もが微妙に顔色を変え始めていた。
「この“祭り準備費”という科目、支出日が“準備開始前”になってます。さらに、単価と数量の整合性が取れません。ここ、見てください」
咲は蛍光ペンで四角く囲んだ欄を示した。
「備品購入費が、契約業者の相場より二割高い。“バルーンアート一式・二十万円”? しかも納品書はFAXのコピーで印影がにじんでる」
えまが顔をこわばらせた。
「その業者……市長の親戚筋だったはず。去年も同じような――」
「やるなら、きちんとやってください」
咲の口調は冷静だったが、空気は一気に凍りついた。
「拓実さん、このままじゃ、“予算偽装”と見なされかねません。せっかくのプロジェクトが台無しになります」
拓実は深く息を吐いた。
「咲、この件、俺に任せてくれ」
「ですが、法的には――」
「わかってる。だからこそ、“数字での正義”と“現場の知恵”の両方を使うんだ」
数日後、拓実は市長室にて、咲がまとめた『収支是正案』を手に説明を始めた。
「このままでは、市民の信頼を損なうだけです。だから提案します――業者選定の透明化、市民公開監査、そして“再発防止誓約書”の提出を」
市長は渋い顔をしたが、横で資料を手にする咲の鋭い視線に、一瞬たじろいだ。
「……君たちの言い分は、正しい。正しいが、事を荒立てると、議会が騒ぐ」
「騒ぎますかね? “公金の不適正使用”よりも、“それを是正した市長”の方が、票を集めると私は思います」
咲のひと言に、えまが小さく噴き出した。
「さすが、数字の魔法使い……」
「いえ、“冷たい目”で見てるだけです。甘い数字には、虫が湧く」
後日、商店街の掲示板にひっそりと新しい文言が加えられた。
【財務報告の公開化:皆様の信頼に応えます】
咲はそれを見つめながら、心の中でつぶやいた。
(私は正義感のためにやってるんじゃない。ただ、いい加減な数字が嫌いなだけだ)
その晩、彼女の事務所では、愛猫の“シマ”が書類の上で丸くなっていた。モフモフの癒しと冷徹な目――咲は今日も、数字という魔法を使い続けていた。




