第25話_海翔のステージ
「うわ、これ……ゼロがひとつ多いんじゃ……」
商店街の一角、仮設カフェのカウンターで、海翔はリゾート企業から届いた契約書を手に顔をしかめた。
「三ヶ月限定のコラボカフェ。場所は駅前。運営は君に一任。ただし……全ロゴ・メニュー・価格はうちの指示に従うこと」
拓実が背後から読み上げると、海翔は深く眉をひそめた。
「えっ……あの、好きにやれるって話だったんじゃ……」
「自由に、はね。でも、何を“自由”と感じるかは立場で変わる」
「そりゃ、金もらって働けって言われたら、断る理由ないかもしんないけどさ……」
拓実は静かに首を振った。
「お前はいつも、“今が良ければ”って言ってたろう? ならその“今”が、誰かに操作されてるって気づかないといけない」
海翔はカウンターに肘をついて黙り込んだ。
「だってさ……こんなチャンス、もう二度とないかもしれない。俺みたいな“半端な若者”に声かけてくれるだけ、ありがたいって思っちゃうし……」
「“今”に全力を尽くすのは、お前のいいとこだ。でも、“今の延長線上”に何を残すかまで考えられるようになったら、たぶんお前は誰よりも強くなる」
拓実はコーヒーを一口すすった。
「俺が断れって言ったら、断るか?」
「いや……それは、俺が決める」
海翔はゆっくりと契約書を畳んだ。
その日の夜、商店街の掲示板に手書きのポスターが貼り出された。
【週末限定・地元食材と“笑顔”のカフェステージ開催!】
出演:店主・海翔と、もふもふアルト(ただし寝てるかも)
週末、商店街に即席のステージが設置され、木製の仮設カウンターとキャンドルライトが設けられた。
海翔はリゾート企業のコラボ話を断り、自分たちのやり方で“小さな舞台”を選んだのだった。
「儲けは少ないけど、顔が見える範囲でやるのが、やっぱ俺の性分っす」
海翔がラテを渡すと、受け取った女性客が微笑んだ。
「なんか、こういうのがいいよね。観光地っていうより、帰ってきたくなる場所」
その言葉を聞いて、海翔は初めて、本気で胸を張れた気がした。
――その夜、灯のともる商店街の空の下、海翔のステージは笑顔と湯気とモフモフでいっぱいだった。




