第24話_薫、実務を越える
再開発関連会議の帰り道。日向坂市の市役所前、夏の夕暮れに染まる空の下で、薫は拓実と歩いていた。
「……つまり、相手の弱点を突けってことですか?」
「突け、じゃない。気づいてもらうんだよ、“穴”があると。指摘じゃなくて、提示する。君ならできるだろ、実務家だからな」
拓実はポケットからメモを一枚取り出した。そこには〈リゾート企業・運営スキーム〉と書かれ、矢印と図形が複雑に交差していた。
「これが、あの外資の基本オペレーションか……」
薫はすぐにメモを覗き込んだ。食い入るような視線に、拓実も黙る。
「中央指令型ですね。決裁が遅くて、現場裁量が小さい。現地に融通が利かない構造」
「……見抜いたか」
「これ、地元連携を仮装してるけど、中身は全部“直営型”です。つまり……外注化・地元活用のように見せかけて、実際は“現地消費型の観光モデル”」
「よく分かったな」
薫は小さく鼻を鳴らした。
「会計資料に全部書いてあります。“固定費の圧縮”と“ブランド統一”。でもそれ、ローカル経済を弱体化させるリスクが高い」
その場でスマートフォンを取り出し、指先で何枚かの資料をスクロールさせた。
「リゾートの外注先候補企業、過去3件とも、2年以内に現地事業をたたんで撤退しています。撤退理由は“採算性不足”と“風土の違い”……本当は、本社判断での戦略撤退でしょう」
拓実は満足げに頷いた。
「つまり“持たない経営”を現地に押し付けてるだけか」
「ならこちらも、“持つ地元”の強みを見せるべきです」
薫の瞳はまっすぐだった。
その翌日、薫はリゾート企業の説明会に出席した。現地事業責任者が壇上に立ち、流暢な日本語で“地域との共生”を強調していた。
「……当社は、地元の文化と伝統を尊重し、永続的なパートナーシップを――」
「具体的には、どういった連携計画ですか?」
薫の声が、場の空気を切った。
「えっ?」
「具体的な数値と計画スケジュールをお願いします。協業範囲、地元企業への支払い条件、契約の持続可能性。一般論は不要です」
責任者の笑顔が、わずかに引きつった。
「い、いえ、まだ検討中で……」
「検討中、では“共生”とは言えません。自治体はリゾート様に優遇措置を出そうとしています。それに見合う“義務”の明示が必要です」
会場はざわめき、傍聴席から拍手が漏れた。
終了後、控室に戻った薫は、アルトのぬいぐるみのような実物を膝に抱えながら、静かに笑った。
「……ちょっと言い過ぎたかな」
「いや、言うべきことを言った。お前は、もう“実務家”を超えてる」
拓実の声が後ろから響いた。
「やるべきことは、誰よりも分かってるんだな、君は」
「ううん、分かってるから怖い。でも、私、逃げませんよ」
アルトが「もふぅ」と短く鳴いて、薫の膝で体を丸めた。
「この子たちの町、守らないとね」




