表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45歳、静かな観察者は商店街を救う――地域再生コンサルタント拓実の逆転劇  作者: 乾為天女


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/40

第21話_巨大リゾートの触手

 日向坂市役所の朝の空気は、いつになくざわついていた。週明けの会議室には、えまを含む財政課の職員たちが揃っていたが、誰も口を開こうとはしなかった。机の上には一枚の封筒。市長直轄で進められていた“都市外周部開発計画”に関する機密文書である。

  「リゾート施設……か。とうとう来たな」

  拓実は、えまがそっと差し出した資料を開きながら呟いた。

  都市郊外、森林と古い棚田を抱える静かな丘陵地に、外資系の巨大観光複合施設を誘致するという話が進行していた。それは市にとって税収・雇用・観光資源、すべてにとって“夢のような話”とされていた。

  しかし、拓実の目は書面の行間を追っていた。

  「不動産取引の流れ、土地収用予定図……この図面、古いな。現況と一致してない。ここ、確か……」

  彼が指を置いた場所には、小さな赤丸が印刷されていた。

  「“山守神社”です。地元の祭りの発祥地でもあり、地形の守り神とされてきた土地です」

  えまの声にはかすかな緊張が混じっていた。

  「なるほど。そこを潰して施設を建てるわけか」

  「経済的にはプラスです。でも、文化的には……大きな損失になるかもしれません」

  拓実は静かに頷いた。「この話、表に出たら市民は二分されるな。で、市長はどっちなんだ?」

  「“判断材料が足りない”と言って、今のところ沈黙しています。私たちに一任されました」

  「つまり――火種だけ置いて、責任は放り投げたわけだ」

  その晩、拓実はかつての仲間たちを集めた。咲、遼平、薫、海翔、ヘイデン、そしてイマニ。皆が一堂に会するのは、祭り以来だった。

  「都市の顔をどうするかって話だ。今回も、表と裏を見て、決める必要がある。正義の味方ごっこじゃ済まないぞ」

  拓実の言葉に、咲が一つ質問した。

  「つまり……何を調べればいい?」

  「俺は“経済と文化のバランス”を洗い出したい。えま、リゾート会社の契約内容、過去の実績、自治体との関係、追ってくれ。薫は事業計画の実務的な穴。遼平は地元業者への影響。咲、数字の魔法で隠されたリスク。ヘイデンはあの連中の“気配”を読むんだ。そして、イマニ。現地の住民と話して、“何が失われるのか”を掘り起こしてくれ」

  全員が頷く。その表情に、かつてと違って迷いはなかった。

  拓実は微笑んだ。

  「俺たちは、この街を守る“静かな観察者”だ」

  その夜、月明かりの下。リゾート予定地に続く山道を、イマニがゆっくりと登っていった。



 イマニの足取りは力強かった。元建設作業員の彼女は、山道の傾斜などものともしない。背中には市街地の地図、手には住民リストが挟まったクリップボード。彼女の任務は明確だった――この土地の“声”を聞くこと。

  山の中腹に建つ、風雨に晒された平屋の家。その縁側に腰を下ろす老婆に、イマニは丁寧に頭を下げた。

  「こんばんは。市役所から来ました。イマニといいます。山守神社の周辺について、少しお話をうかがいたくて」

  老婆はしばし無言でイマニを見つめたあと、ぽつりと呟いた。

  「この山はな、ただの土地じゃないんじゃよ」

  その言葉に、イマニはメモを止めて顔を上げた。

  「どういう意味ですか?」

  「“神の静けさ”というものが、ある。大昔からこの辺りでは、年に一度“音を止める日”がある。太鼓も、鈴も、喋り声も封じて、この山に感謝をするんじゃ。それが終わると、必ずどこかの田に恵みの雨が降るんじゃよ」

  イマニはそれを伝説と一蹴せず、胸の内で静かに受け止めた。

  そして、翌朝。

  市役所の一室。拓実たちが持ち寄った情報は多岐にわたった。咲が取り出した帳簿には、過去三年間の決算データと照合したリゾート会社の“不自然な資金移動”が記されていた。

  「これ、粉飾の可能性あるわよ。広告費として処理された資金が、複数のペーパーカンパニーに流れてる」

  薫は契約条文を指差す。

  「施設完成後5年以内に“利用率60%未満が続いた場合”、一方的に撤退可能。撤退時の土地は“無償譲渡”」

  「つまり、最初だけ観光客を呼び込んで……後は“売り抜ける”前提ってことか」

  拓実が唸る。

  ヘイデンが微笑む。

  「奴らの“歩き方”が違うんだよ。視線が地元の人間に向いていない。“カネの匂い”だけ嗅ぎ回ってるようだった」

  拓実は腕を組んで頷いた。

  「つまり、これは“街づくり”じゃない。街を“切り売り”する話だ。市長に再度交渉を持ちかける。その前に、俺たちの対抗プランを仕上げるぞ。リゾート施設よりも、市民の声を活かした未来の青写真を描こう」

  沈黙が落ちたあと、遼平がぼそっと言った。

  「その“未来の青写真”ってのは……ちゃんと“紙”で仕上げるんだよな?」

  全員が笑った。

  拓実の目は静かに、しかし確かに熱を帯びていた。

  「“観察”の時間は終わった。今度は、“選ばれる街”として動こう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ